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第一幕 千歳の世界
1.丁度いい距離感の素晴らしさ
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セックスのあと、アイツが吸う煙草の香りがあたしは好きだ。
事を終えてベッドに寝そべりながら、銘柄も知らない匂いにちょっとうっとりする。
「おい、水飲むか」
「うん。ちょうだい」
アイツ、こと玲の言葉に素直にうなずく。コンビニで買った水を注いでくれたから、コップに入ったそれを一気に飲み干す。美味い。一汗かいた後の水分って本当に美味い。
「お前、裸で腰に手を当てるなよ」
「うるさいな。アンタだって裸でしょうが。ほら、タオル」
お互いに、ベッドの下に散らばっていたバスタオルを投げ合う。
「電子煙草にしないの? そろそろ禁煙になるよ、どこも」
「仕事では吸わないからな。やめようと思えばすぐにやめられる」
恋人の前では? と聞きそうになって口をつぐんだ。いかんいかん、互いのプライベートには踏みこまない、それがあたしと玲のルールだ。それを言い出したのはあたしの方なのだから、余計守らなくてどうする。
「少し、仕事する。覗くなよ」
「わかった。アイス食べていい?」
「好きにしろ」
小さな机に向かい、ノートパソコンを操作しはじめた玲は素っ気ない。いつものことだから気にしないけど。楕円形の眼鏡をかけるのは仕事のときの癖なのだろうか。それとも、目が悪いのか。あたしは知らない。
南国テイストの室内を裸足で歩き、冷蔵庫を開けてチョコ味のアイスを取り出した。タオルを体に巻きつけて、ベッドの縁に腰かけつつちまちま食べる。美味しい。
あたしと玲は、世間でいうセフレの関係だ。玲の行きつけだというバー、そこに友人と入って声をかけられた、それがはじまり。今から一年くらい前の出来事だったように思う。
玲は、傍目から見てもモテるだろうなー、という容姿をしている。所作もそうだ。
少しくせっ毛だけど艶のある短い黒髪、つり上がった黒目。鍛えている体。はじめて会ったときはスーツを着ていて、身長の高さとあいまって、本当にいい男に見えた。
でも、あたしは恋とか愛とかだのに懐疑的で――いやまあ、そりゃ過去にこっぴどく振られたのが原因なんですけどね、二股もされたし浮気もされたし――声をかけてきた玲と、玲の友人に警戒していた。最初は。その夜、ごく自然にホテルに誘われるまでは。
玲は猫を被っていた。紳士的な態度、堅苦しい敬語なんかは女を釣るための餌だったわけだ。
普通なら「それでもいいの」か「最低」の分岐点になるところだが、このあたし、芹川千歳を舐めないでほしい。
セックスはよりよいスポーツであるべし。そう告げたあたしに、玲が唖然としたのを今でもよく覚えている。それから不敵に笑ってみせたのも。
最初の夜、ホテルに入ってあたしはまず、二人のルールを決めようと告げた。
一、互いのプライバシーを侵害しないこと
二、愛してるなど余計なことをささやかないこと
三、お互いに気持ちよくなるセックスをすること
四、避妊・絶対
要は、自らセフレになりましょう宣言をしたわけだ。だってあたし、ご無沙汰だったもん。でもでも、女だって発散したいんです。気持ちよくセックスしたいんです!
そんな四つの条件を、玲はすんなり呑んだ。それから相性を確かめるために一発、やった。体の相性は抜群でびっくりしたくらいだ。愛撫も丁寧だし、AVみたいに乱暴にしないところがますますあたしは気に入った。
それから定期的に連絡をとり続け――今夜もまた、こうして体を重ねたというわけだ。
だから、ほとんど互いのことは知らない。名前と歳、職業くらいか、わかってるのは。
玲、こと石黒玲は二十七歳。IT企業とやらに務めている。あたしは今年二十四歳、アパレル店員。あと知っていることといえば、飲み物や食べ物の好み。だからって別に毎回食事しに行くわけじゃないんですけどね。
恋とか愛なんて、面倒くさくってどうしようもない。色恋沙汰で泣くのなんて馬鹿らしいし、時間の無駄だ。その点セフレは割り切っていていい。特に体の相性が抜群というのなら。
「クソ、データが抜け落ちてるか」
「ご愁傷様ー」
「人の気も知らないでお前な……黙ってアイス食べてろ」
「残念、全部食べちゃいました」
「もう一度するか? そろそろ終わる」
「するする。したい」
玲はたくましい体に見合ったモノと、女を蕩かせるテクニックの持ち主だ。あたしも元彼たちに好かれたくて、セックスのテクを健気に磨いていた過去がある。今は玲以外に使ってないけど。
テレビのバラエティを見ていたあたしの横で、玲がパソコンを片づけた。そのままベッドを軋ませて、あたしの肩を抱いてくる。
少し冷たい玲の手に導かれるように、あたしは彼とキスを交わす。チョコの味と少し苦い、煙草の味がした。
舌を絡め、吸い合い、水音を立てるたびに、あたしの体の中心から熱が上がる。
「くすぐったい」
唐突に耳を舐められ、あたしは軽く笑う。玲も笑う。
「そういうところは全部、性感帯なんだとさ」
なるほど、と思った瞬間、首筋に舌が這い、ぞくぞくする感覚に体が震えた。タオルを剥ぎ取られ、まだ膨らんでいない胸の蕾を指先で弄くられる。
「ん。それ……いい」
「わかってる」
そう、玲はあたしの体のことなら誰よりも知っている。もしかすると、あたし自身よりも。
優しくのしかかってくる玲の胸板、そこに手を当ててあたしは笑う。そのまま、指先で玲の胸の突起を撫でた。感じたとき、少ししかめっ面になるところが可愛い。
「あ……」
お返しとばかりに、乳首を食べる勢いで舐められた。吸われ、転がされていくうちに神経が集中し、何も考えられなくなってくる。真っ白になっていく瞬間、そこへ落ちていく刹那的な時間が好きだ。
それ以外、今は何もいらない。
事を終えてベッドに寝そべりながら、銘柄も知らない匂いにちょっとうっとりする。
「おい、水飲むか」
「うん。ちょうだい」
アイツ、こと玲の言葉に素直にうなずく。コンビニで買った水を注いでくれたから、コップに入ったそれを一気に飲み干す。美味い。一汗かいた後の水分って本当に美味い。
「お前、裸で腰に手を当てるなよ」
「うるさいな。アンタだって裸でしょうが。ほら、タオル」
お互いに、ベッドの下に散らばっていたバスタオルを投げ合う。
「電子煙草にしないの? そろそろ禁煙になるよ、どこも」
「仕事では吸わないからな。やめようと思えばすぐにやめられる」
恋人の前では? と聞きそうになって口をつぐんだ。いかんいかん、互いのプライベートには踏みこまない、それがあたしと玲のルールだ。それを言い出したのはあたしの方なのだから、余計守らなくてどうする。
「少し、仕事する。覗くなよ」
「わかった。アイス食べていい?」
「好きにしろ」
小さな机に向かい、ノートパソコンを操作しはじめた玲は素っ気ない。いつものことだから気にしないけど。楕円形の眼鏡をかけるのは仕事のときの癖なのだろうか。それとも、目が悪いのか。あたしは知らない。
南国テイストの室内を裸足で歩き、冷蔵庫を開けてチョコ味のアイスを取り出した。タオルを体に巻きつけて、ベッドの縁に腰かけつつちまちま食べる。美味しい。
あたしと玲は、世間でいうセフレの関係だ。玲の行きつけだというバー、そこに友人と入って声をかけられた、それがはじまり。今から一年くらい前の出来事だったように思う。
玲は、傍目から見てもモテるだろうなー、という容姿をしている。所作もそうだ。
少しくせっ毛だけど艶のある短い黒髪、つり上がった黒目。鍛えている体。はじめて会ったときはスーツを着ていて、身長の高さとあいまって、本当にいい男に見えた。
でも、あたしは恋とか愛とかだのに懐疑的で――いやまあ、そりゃ過去にこっぴどく振られたのが原因なんですけどね、二股もされたし浮気もされたし――声をかけてきた玲と、玲の友人に警戒していた。最初は。その夜、ごく自然にホテルに誘われるまでは。
玲は猫を被っていた。紳士的な態度、堅苦しい敬語なんかは女を釣るための餌だったわけだ。
普通なら「それでもいいの」か「最低」の分岐点になるところだが、このあたし、芹川千歳を舐めないでほしい。
セックスはよりよいスポーツであるべし。そう告げたあたしに、玲が唖然としたのを今でもよく覚えている。それから不敵に笑ってみせたのも。
最初の夜、ホテルに入ってあたしはまず、二人のルールを決めようと告げた。
一、互いのプライバシーを侵害しないこと
二、愛してるなど余計なことをささやかないこと
三、お互いに気持ちよくなるセックスをすること
四、避妊・絶対
要は、自らセフレになりましょう宣言をしたわけだ。だってあたし、ご無沙汰だったもん。でもでも、女だって発散したいんです。気持ちよくセックスしたいんです!
そんな四つの条件を、玲はすんなり呑んだ。それから相性を確かめるために一発、やった。体の相性は抜群でびっくりしたくらいだ。愛撫も丁寧だし、AVみたいに乱暴にしないところがますますあたしは気に入った。
それから定期的に連絡をとり続け――今夜もまた、こうして体を重ねたというわけだ。
だから、ほとんど互いのことは知らない。名前と歳、職業くらいか、わかってるのは。
玲、こと石黒玲は二十七歳。IT企業とやらに務めている。あたしは今年二十四歳、アパレル店員。あと知っていることといえば、飲み物や食べ物の好み。だからって別に毎回食事しに行くわけじゃないんですけどね。
恋とか愛なんて、面倒くさくってどうしようもない。色恋沙汰で泣くのなんて馬鹿らしいし、時間の無駄だ。その点セフレは割り切っていていい。特に体の相性が抜群というのなら。
「クソ、データが抜け落ちてるか」
「ご愁傷様ー」
「人の気も知らないでお前な……黙ってアイス食べてろ」
「残念、全部食べちゃいました」
「もう一度するか? そろそろ終わる」
「するする。したい」
玲はたくましい体に見合ったモノと、女を蕩かせるテクニックの持ち主だ。あたしも元彼たちに好かれたくて、セックスのテクを健気に磨いていた過去がある。今は玲以外に使ってないけど。
テレビのバラエティを見ていたあたしの横で、玲がパソコンを片づけた。そのままベッドを軋ませて、あたしの肩を抱いてくる。
少し冷たい玲の手に導かれるように、あたしは彼とキスを交わす。チョコの味と少し苦い、煙草の味がした。
舌を絡め、吸い合い、水音を立てるたびに、あたしの体の中心から熱が上がる。
「くすぐったい」
唐突に耳を舐められ、あたしは軽く笑う。玲も笑う。
「そういうところは全部、性感帯なんだとさ」
なるほど、と思った瞬間、首筋に舌が這い、ぞくぞくする感覚に体が震えた。タオルを剥ぎ取られ、まだ膨らんでいない胸の蕾を指先で弄くられる。
「ん。それ……いい」
「わかってる」
そう、玲はあたしの体のことなら誰よりも知っている。もしかすると、あたし自身よりも。
優しくのしかかってくる玲の胸板、そこに手を当ててあたしは笑う。そのまま、指先で玲の胸の突起を撫でた。感じたとき、少ししかめっ面になるところが可愛い。
「あ……」
お返しとばかりに、乳首を食べる勢いで舐められた。吸われ、転がされていくうちに神経が集中し、何も考えられなくなってくる。真っ白になっていく瞬間、そこへ落ちていく刹那的な時間が好きだ。
それ以外、今は何もいらない。
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