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終幕
祝福された歌姫※
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コルとの事件があった夜から、約一ヶ月後。
ポラートとの和解も無事議会で可決され、すぐに外交官たちが動いた。国境付近にそれぞれ配属されていた兵士たちも戻り、民たちは笑顔で真夏を迎えることができた。
ベルカスターの民が笑顔を取り戻したのは、それだけが理由ではない。王であるエンファニオが、即位一年過ぎにして、伯爵令嬢のシュトリカと婚姻の儀を上げたからである。
民は最初、王妃となる女性が反主流派であるカイルヴェンの娘、ということもあってか、いささか不安に思っていたらしい。だが、婚姻の儀の行進で馬車から微笑むシュトリカとそれを抱きしめるエンファニオの姿を見て、二人の睦まじさに安堵したという。
何よりシュトリカが、フェレネに仕えていた巫女の子だということがわかると、一気に軍神ゾーレと処女神フェレネの神話を愛する民衆から、絶大な支持を得た。エンファニオをゾーレに、シュトリカをフェレネに見立てたのである。
当初は貴族の一部から、驚きとカイルヴェンへの反発によって、心ない噂が流されたこともあった。だが、半月ほどしてそれらの流言も止んだ。
ひとえにシュトリカが素朴で、清廉な淑女であったからだろう――エンファニオはそう考えている。サミーやディーンが認めた、という部分も大きい。彼らは社交界でも有名だ。二人と庶民たちの後ろ盾もあり、シュトリカは無事、王妃の地位を獲得した。
先代の王、すなわちエンファニオの父と、元王妃である母からの評判も、すこぶるよかった。息子は女性に興味がない、とばかり二人は考えていたらしいし、母に至っては娘がほしかったという理由から、シュトリカを溺愛している始末だ。
「全く母上は。君を独り占めにしてばかりじゃないか」
仕事も一段落した昼間。真夏の陽光が入り込む談話室でシュトリカと茶を共にしながら、不満に似たため息を漏らせば、彼女は困ったように微笑んだ。
「でも、お義母様は色々教えて下さいますし」
「それもいいけれど、私との時間をもっと大切にしてほしいよ、シュトリカ」
「わたしは王妃として、もっとふさわしくならないと……」
「母上の口実だろうね、それは。どんなことを教えてもらっているのかな」
茶を飲みながら尋ねれば、なぜかシュトリカの頬が赤らむ。母が何か、いらないことを吹き込んだな、と直感でエンファニオは思った。
「私にも言えないことかな?」
「ち、違います。その……勉強とか、作法とか……社交界での振る舞いのことです」
「ではなぜ、君は恥ずかしがっているんだろうね」
「そ、それは……」
シュトリカもまた、ごまかすように口を噤み、茶を飲む。
「それよりエンファニオ様。今日はお仕事、終わりですか?」
「……ディーンがよく働いてくれるから、終わったよ。今日は一日、君と過ごせる」
パッとシュトリカの顔が華やぐ。だが、その頬はやはり赤い。エンファニオは話題を切り替えられたことを不審に思いつつ、笑顔の明るさから目が離せなかった。
シュトリカは、遠くを見るような目を作ることもなくなったし、何よりよく微笑む。笑顔はまるで開いた花のようで、そんな顔を見せてくれることが嬉しい。
「じゃあ、お庭の温室に行けますね。お花、一緒に見たいです」
「それもいいけれど」
隣に座るシュトリカを引き寄せ、耳元でささやいた。
「今から君を抱きたい」
率直に言うと、シュトリカが体を縮ませ、真っ赤な顔のままうつむいた。
初夜はほとんどアーベに主導権を握らせてしまったし、それからというものの、政務に追われ、シュトリカを可愛がっていない。そろそろ欲の限界が近かった。
「こ、ここで……でしょうか……」
「なら、抱いてもいい、ということかな?」
「……意地悪です……」
恥ずかしがりつつも、拒否しないシュトリカの額に唇を落とし、エンファニオは立ち上がる。手を差し出すと、シュトリカが素直に己の手を握ってきた。
「君には見せてなかったけれど、ちょっと特別な部屋がある。そこで君を抱くから」
「し、寝室じゃないんですか?」
「寝室ではさんざんアーベに抱かれただろう。私だって趣向を凝らしたい」
笑って、シュトリカと共に談話室を出る。彼女は抵抗する素振りを見せなかった。
手を握ったまま、通路を行く。王宮の三階に目当ての部屋はある。三階には全く人気のないことを疑問に思ってだろう、シュトリカが小首を傾げた。
「ここまで来たこと、ないです……人、いませんね」
「王族専用の部屋だから。王と王妃、それから一部のもの以外は立ち入り禁止なんだ」
両開きの扉を開け、シュトリカを部屋へと入れた。それから己も中へ入る。
そこは、鏡の間だった。四方の壁全てが鏡張りになっており、中央には天蓋のない寝台が設置されている。漆喰の棚には滋養薬や媚薬までも用意された、王妃を身籠もらせるための部屋だ。
「え、あの、ここ……」
「今日はここで過ごすよ。覚悟して」
背後からシュトリカを抱きしめた。呆然としているシュトリカは、身動ぎすらしない。
「エンファニオ様……ん、っ」
夏用により薄く作られているドレスの上から、胸を揉む。柔らかく、揉みごたえのある双丘は、手によくなじんだ。
「こ、こんなところ……で、恥ずかしいです……」
「ここなら君の姿が全部、見える。ドレス、脱がせるよ」
「あ、だ、だめ……」
何度抱いても、恥じらいを見せるシュトリカが愛おしい。口付けを頭にしながら、複雑な着衣を床に落とし、肌着だけの姿にさせる。小さな体躯の彼女を抱き上げると、そのまま寝台へと運んだ。
押し倒すようにのしかかれば、寝台の軋みが広い部屋に響く。
「可愛いシュトリカ。私だけの花。愛しているよ、誰よりも君だけを」
愛の言葉をささやき、体を小さくするシュトリカと唇を重ねた。頬を両手で挟み、ゆっくりと舌で口腔内を犯していく。鼻で息をするシュトリカも、それに応えるかのように、ためらいながらも舌を絡めてきた。
熱い口付けを交わしつつ、シュトリカの肌着の裾から手を入れ、腰のくびれをなぞる。一気に着衣を捲り上げ、乳房を露わにさせると、先の蕾を何度も指で爪弾いた。
「あん、ッ……」
悶えるシュトリカの乳頭を弄くり、唇を首筋にずらした。音を立てて吸い上げる。アーベがつけた赤痣をかき消すように。そのまま肌着全体を剥ぎ取った。唇で愛撫を続けながら、己も衣を脱いでいく。
すっかり全裸になったシュトリカが、恥ずかしげに横を向いた。
「あ……」
「気付いたかい? ここでは、どこを向いても私たちの姿が丸見えなんだよ」
鏡に映るのは、裸体となった二人の姿だ。エンファニオは、体を縮ませるシュトリカの肌へ執拗へ口付けを落とし、舌で舐め上げていく。その都度、ぴくぴくと過剰に反応する彼女が可愛らしく思えてならない。
「ん、ん……ああ……っ」
体を跳ねさせるシュトリカを、もっと味わいたい。乳暈ごと強く、舌で乳首を舐めながら吸い上げる。立ち上がった両方の胸先を口と指で嬲れば、シュトリカが甘い声を上げた。
「ああ……ん、吸っちゃ、だめ、です……」
「どこも甘いね。こっちはどうかな」
和毛を掻き分け、秘部へ指を伸ばすと、そこはすでに濡れていた。小さな愛芯を二本の指で擦り上げた瞬間、シュトリカが背筋をのけ反らせる。
「ああっ。だめ、そこ、ぉっ」
「確かめさせて。ここはきっと、もっと甘いはずだから」
閉じようとする足を強引に開いて持ち上げ、秘路の上にある蜜芽へとしゃぶりつく。ぷくりと膨らんだ雌玉は、隘路から溢れてくる蜜でやはり、どこよりも甘く感じた。
「んあっ……! それ……ああ、いやっ……来ちゃう、のっ」
悲鳴を上げるシュトリカに構わず、音を立てて媚肉全体を吸い上げる。蜜壺に指を突き入れ、水音をわざと響かせながら、きつい奥と花芯を責め立てた。
「や、やぁ、来るっ、来る、の……ぉっ!」
びくん、と己の頭を足で挟んで、シュトリカは全身をおののかせた。どうやら一度、絶頂に達したらしい。その証拠に、蜜路から愛液がしとどに溢れ出てくるのを感じる。
「可愛いね、シュトリカ。でもまだまだ善くしてあげるから」
唇についた愛蜜を舐めて顔を上げると、シュトリカが気怠げな、でも何かを訴えるような瞳でこちらを見ていることに気付いた。
「……エンファニオ様ばかり、ずるいです……わ、わたしだって、エンファニオ様を……その……」
「……その?」
「き、気持ちよく……させたい、です。……ご奉仕、したいです」
驚くエンファニオの前で、シュトリカが気恥ずかしそうに身を起こす。そのまま覆い被さってきたものだから、軽く、押し倒されるように倒れた。シュトリカはそのまま、少し固くなった肉棒へ、こわごわと手を伸ばしてくる。
「シュトリカ、誰からそんなこと……アーベにかい?」
「い、いえ……お、お義母様が、男の人はこれも……悦ぶからって」
シュトリカの小さな手が、肉槍を擦り上げていくたび、なんとも言えない喜悦と快楽が全身を駆け巡った。真っ赤な顔で赤黒い屹立を見つめるシュトリカは、それからゆっくり、愛らしい舌と口で亀頭を舐め上げてくる。思いもしなかった悦楽に、思わず吐息が漏れる。
手での奉仕は確かにしていた。己ではなくアーベに。だが、それでも口淫の記憶はない。健気さに胸を打たれ、同時に独占欲と支配欲に満たされた。
「気持ち、いいですか……?」
「とてもいいよ、シュトリカ。はじめて口でしてくれたね……、つっ……」
鏡を見た。清楚で、純粋な彼女が必死に奇怪な肉竿を口に含み、中でしごいてくる様子が生々しく映っている。頭を上下させるたび、シュトリカの胸が揺れていた。手と口との奉仕はまだ拙いながらも、見ているだけで興奮できる。
可憐な歌を発する口で、己の雄茎を一杯に頬張るシュトリカの姿に、背徳感が背筋を震わせた。苦しげな顔、内股を摺り合わせる仕草、どれもが征服欲を満たして止まない。
「シュトリカ……そろそろ君と一つになりたいけれど、いいかな」
「ん……」
すっかり怒張と化した屹立から、唇が離れた。シュトリカは小さくうなずく。
もっと淫らに。彼女の悶え乱れる姿が見たい――そんな思いで上半身を起こし、今度はこちらからシュトリカを押し倒した。
「足を広げて、鏡を見るんだ。今から君の中に入る姿を、よくその目に焼きつけて」
「で、でも……恥ずかしい、です……」
「やらないとご褒美はあげないよ。それとも、こうするだけで足りるのかな?」
「ふあっ……」
立った膝の隙間から、蜜口に指を伸ばして媚肉を擦る。咥えただけで感じていたのか、やはりそこは濡れている。焦らすように雌芯をくすぐれば、シュトリカが子供のように頭を振った。
軽い刺激だけでは達せないのだろう、シュトリカの足が自然と開いていく。だが、もう己も限界に近かった。足を肩に載せると、怒張の先で愛液に塗れた蜜壺の入り口を嬲る。
「見るんだ、シュトリカ。ほら、ゆっくり君の中に入っていく」
「あん……っ」
シーツを握り、シュトリカが横を向いた。その瞬間を見計らい、一気に腰を突き出す。
「あ、ああ――っ!」
濡れそぼった蜜壺は、易々と剛直を受け入れた。入れただけで絶頂したのか、隘路がより狭く収斂し、媚肉が肉棒を奥へ、奥へと誘っていく。凄まじい締めつけだ。ぎゅうぎゅうになった肉輪の蠕動を愉しみながら、シュトリカの半身を無理やり起き上がらせた。
「や、あっ、奥っ……だめ、だめぇっ」
「ああ、とてもいい。下から突き上げられるのも好きなんだろう?」
自重でより深く繋がった中、子宮口の近くを突く。すっかりほぐれ、こなれたそこを穿つたび、中が締まって最高の快感をもたらしてくる。
「好き……好き、です……っ。それ、ぇ、いいのっ……」
「正直な体だね。可愛い。もっと淫らに求めてごらん」
「ひ、あ、んあっ。もっと、もっと、して、下さいっ……!」
喘ぐシュトリカの体を抱きしめ、腰を夢中で動かした。小さな悲鳴を上げるシュトリカも背中に手を回し、与えられる快楽にだろう、全身を震わせる。
「ああっ、そこいいのっ。来ちゃう、またわたし、来ちゃうのっ!」
一度夢中になると、シュトリカはより淫らになることをエンファニオは知っている。悦楽という責め苦でシュトリカを翻弄していたが、数分の間突き続けていれば、どうしようもない射精感が背筋を駆け上ってくる。
「シュトリカ……一度、出すよ。一緒に行こう。何回でも、君の中に出すから」
「来て、エンファニオ様ぁっ。出して、子種、一杯っ……注いでぇ……!」
「く……ぅっ」
「あ――! あ、ひあ、ああ……っ!」
シュトリカの甘美な悲鳴に導かれ、より締めつけがひどくなった蜜路の奥、子宮へと、たっぷりと欲の果てをぶちまけた。
だが、欲を出したばかりだというのにまだ、足りない。身も心も、未だシュトリカを求めている。全身をわななかせ、絶頂の余韻に浸る彼女を寝台へと倒す。
(おい、一度交代しろ)
頭の中で突然アーベの声がした。エンファニオは小さく笑い、シュトリカへのしかかる。
「今日は私の番だ。君は初夜どころか、ずっとシュトリカを独り占めにしてたのだから」
「エンファニオ様……?」
「なんでもないよ、シュトリカ。さあ、続きをしよう。まだ眠らせないからね」
「……はい……もっと、抱いて下さい……」
花がほころんだかのように微笑むシュトリカと、繋がったまま再び唇を重ねる。
シュトリカの嬌声が部屋中に響くのに、そう時間はかからなかった。
※ ※ ※
アーベは荒々しく自分を抱き、エンファニオは焦らすように自分を抱いてくる――その違いをシュトリカは全身で感じて受け止めていた。どちらも情熱的で、愛情深くあることに代わりはない。それが嬉しくて、幸せでならなかった。
二人と長く、交互に交わった後、エンファニオへ戻った夫に抱きしめられながら充足感に吐息を漏らす。
鏡の間の奥にあるバルコニー、閉ざされたそこから見えるのは満天の星空だ。
「すまないシュトリカ。少し、無理をさせたね。どうしても君を抱きたくて」
「いいんです。その……わ、わたしも抱かれたかったから……」
胸に頭を預けて答えれば、エンファニオは笑みを深め、額に口付けを落としてくれる。
休みを交えていたとはいえ、丸半日、エンファニオとアーベに体を貪られていた。寝食も忘れながら。途中、シュトリカが激しさに気絶した際にだろう、軽食と水差しの載ったワゴンがいつの間にか用意されていた。着替えもだ。サミーが持ってきてくれたらしい。
エンファニオが水を口移しで飲ませてくれて、喉が潤う。優しい唇の感触に、法悦の余韻に浸った体は甘い痺れを覚えた。
「子供ができたらいいね。できなくても、君を独り占めにできるならそれでいいけれど」
薄い寝間着を纏うエンファニオの言葉に、自分の腹を寝間着の上から静かに押さえる。
「双子だったら嬉しいです……お二人に似た双子だったら、余計に」
「私は女の子もほしいよ。君に似た、優しい女の子がね」
短い髪を梳いてくれる手つきは柔らかく、ちょっと気になって尋ねてみた。
「あの、わたし、髪を伸ばした方がいいでしょうか?」
「どうして? ありのままの君でいいのに」
「でも……ご令嬢の皆さんは、誰も長くて奇麗な髪です」
「気にすることなんてないよ。出会ったとき、そのままの君であり続けてほしい。この髪が私は好きだしね。それに君の影響か、民の間では短い髪も最近は流行っているらしい」
髪を一房持ち、そこにエンファニオが口付けしてくるものだから、ちょっと安堵した。短い髪には少しの劣等感があったのだ。義母との茶会でも皆、長い髪をきらめかせていたし、まだ婚姻したばかりのときはからかわれたことを覚えている。
「エンファニオ様がいいなら……このままにしますね」
「私はね、シュトリカ。君がどんな姿になっても愛せる。髪の長さなんて関係ないよ」
「わ、わたしもです……エンファニオ様は、どうして前髪をそのままに?」
未だ右頬を覆う前髪に触れてみた。青い髪はさらさらしていて心地よいが、彼岸花の紋様はもうなくなっている。なのに、切らない理由がわからなかった。
「君と出会えた証しに、このままにしておこうと思って。それとも切った方がいいかな?」
「いえ……わたしもそうですけど、やっぱり髪の長さなんて、関係ないです。どんな髪でも、姿でも、お二人は私の大切な旦那様ですから」
言って半身を起こし、エンファニオの左頬へ唇を軽く当てた。エンファニオは嬉しそうな笑みを浮かべ、シーツを落として自分の手を握ってくる。
「バルコニーから星を見よう。流星が今の時期は見られるはずだよ」
うなずき、寝台から二人で降りた。そのままバルコニーへと向かう。鍵を開けたエンファニオと共に外に出ると、宵の晴天に瞬く星々が頭上にあった。
流れ星は、青い鳥の魂なのだと神話には残されている。願いを叶えてくれるという話も。
エンファニオの言う通り、よく目をこらせば、尾を引いて流れていく白い輝きがある。
「何を願おうか。ずっと一緒にいられること、は当然だから除くとして」
「幸せに……わたしたちも、皆さんも幸せになること、でしょうか」
「そうだね。すっかり立派な王妃の顔をしているよ、シュトリカ」
「そ、そんな……まだ全然です……」
二人、空を眺めて星に願いを託す。光る星々を抱きしめられながら見つめていれば、夜空に見慣れた鳥――ペクが自由に飛んでいるのを発見した。楽しげに空を舞うペクの様子に、エンファニオと顔を見合わせて笑った。
流星群に視線を戻し、心から自分たちと皆の幸せを願う。
自分が花枯らしではなかったら――ふと、そんなことを思って切なくなった。
忌まれる歌姫でなければ、エンファニオやアーベとこうなることは叶わなかっただろう。歌こそが自分とエンファニオ、そしてアーベを結びつけたのだから。
けれどもう、花枯らしの力はなく、フェレネの奇跡も消えた。歌うのは自分の意志だ。命じられるのでも強要されるのでもなく、ただ歌いたいと心から思える。
「何か、歌っていいですか?」
「怖くはないかい?」
「はい。もう、大丈夫です」
「いいよ、シュトリカ。君の歌声は私たちの心を和ませてくれる。ぜひ聞かせてほしい」
何を歌おう、一瞬悩んですぐに、曲が頭の中に浮かんだ。春の祭り、そこで披露した歌。エンファニオが聞いてくれていたという、はじまりの優しい歌を。
誰よりも愛しい夫の胸に寄り添いながら、静かに唇を開いた。
柔らかな旋律と穏やかな句、それをエンファニオたちに捧げるように、高らかに歌いはじめる。もう、悲しい歌や怖い歌を歌う必要なんてない、その言葉を思い出して。心のまま、喜びの歌を紡ぐことができる。
エンファニオはその歌を聞いて、出会いを思い出してくれたのだろう。強くきつく、体を抱きしめてくれた。
呪いでも祝福でもない、ただ愛するもののため普通に歌えることが、幸せだった。
二人を愛し抜き、自分も愛されること。それこそがきっと、自分に与えられた新たな祝福なのだと思いながら、シュトリカは歌う。
歌声が宵闇に響き、その旋律に導かれるように星はより多く、流れた。
【完】
ポラートとの和解も無事議会で可決され、すぐに外交官たちが動いた。国境付近にそれぞれ配属されていた兵士たちも戻り、民たちは笑顔で真夏を迎えることができた。
ベルカスターの民が笑顔を取り戻したのは、それだけが理由ではない。王であるエンファニオが、即位一年過ぎにして、伯爵令嬢のシュトリカと婚姻の儀を上げたからである。
民は最初、王妃となる女性が反主流派であるカイルヴェンの娘、ということもあってか、いささか不安に思っていたらしい。だが、婚姻の儀の行進で馬車から微笑むシュトリカとそれを抱きしめるエンファニオの姿を見て、二人の睦まじさに安堵したという。
何よりシュトリカが、フェレネに仕えていた巫女の子だということがわかると、一気に軍神ゾーレと処女神フェレネの神話を愛する民衆から、絶大な支持を得た。エンファニオをゾーレに、シュトリカをフェレネに見立てたのである。
当初は貴族の一部から、驚きとカイルヴェンへの反発によって、心ない噂が流されたこともあった。だが、半月ほどしてそれらの流言も止んだ。
ひとえにシュトリカが素朴で、清廉な淑女であったからだろう――エンファニオはそう考えている。サミーやディーンが認めた、という部分も大きい。彼らは社交界でも有名だ。二人と庶民たちの後ろ盾もあり、シュトリカは無事、王妃の地位を獲得した。
先代の王、すなわちエンファニオの父と、元王妃である母からの評判も、すこぶるよかった。息子は女性に興味がない、とばかり二人は考えていたらしいし、母に至っては娘がほしかったという理由から、シュトリカを溺愛している始末だ。
「全く母上は。君を独り占めにしてばかりじゃないか」
仕事も一段落した昼間。真夏の陽光が入り込む談話室でシュトリカと茶を共にしながら、不満に似たため息を漏らせば、彼女は困ったように微笑んだ。
「でも、お義母様は色々教えて下さいますし」
「それもいいけれど、私との時間をもっと大切にしてほしいよ、シュトリカ」
「わたしは王妃として、もっとふさわしくならないと……」
「母上の口実だろうね、それは。どんなことを教えてもらっているのかな」
茶を飲みながら尋ねれば、なぜかシュトリカの頬が赤らむ。母が何か、いらないことを吹き込んだな、と直感でエンファニオは思った。
「私にも言えないことかな?」
「ち、違います。その……勉強とか、作法とか……社交界での振る舞いのことです」
「ではなぜ、君は恥ずかしがっているんだろうね」
「そ、それは……」
シュトリカもまた、ごまかすように口を噤み、茶を飲む。
「それよりエンファニオ様。今日はお仕事、終わりですか?」
「……ディーンがよく働いてくれるから、終わったよ。今日は一日、君と過ごせる」
パッとシュトリカの顔が華やぐ。だが、その頬はやはり赤い。エンファニオは話題を切り替えられたことを不審に思いつつ、笑顔の明るさから目が離せなかった。
シュトリカは、遠くを見るような目を作ることもなくなったし、何よりよく微笑む。笑顔はまるで開いた花のようで、そんな顔を見せてくれることが嬉しい。
「じゃあ、お庭の温室に行けますね。お花、一緒に見たいです」
「それもいいけれど」
隣に座るシュトリカを引き寄せ、耳元でささやいた。
「今から君を抱きたい」
率直に言うと、シュトリカが体を縮ませ、真っ赤な顔のままうつむいた。
初夜はほとんどアーベに主導権を握らせてしまったし、それからというものの、政務に追われ、シュトリカを可愛がっていない。そろそろ欲の限界が近かった。
「こ、ここで……でしょうか……」
「なら、抱いてもいい、ということかな?」
「……意地悪です……」
恥ずかしがりつつも、拒否しないシュトリカの額に唇を落とし、エンファニオは立ち上がる。手を差し出すと、シュトリカが素直に己の手を握ってきた。
「君には見せてなかったけれど、ちょっと特別な部屋がある。そこで君を抱くから」
「し、寝室じゃないんですか?」
「寝室ではさんざんアーベに抱かれただろう。私だって趣向を凝らしたい」
笑って、シュトリカと共に談話室を出る。彼女は抵抗する素振りを見せなかった。
手を握ったまま、通路を行く。王宮の三階に目当ての部屋はある。三階には全く人気のないことを疑問に思ってだろう、シュトリカが小首を傾げた。
「ここまで来たこと、ないです……人、いませんね」
「王族専用の部屋だから。王と王妃、それから一部のもの以外は立ち入り禁止なんだ」
両開きの扉を開け、シュトリカを部屋へと入れた。それから己も中へ入る。
そこは、鏡の間だった。四方の壁全てが鏡張りになっており、中央には天蓋のない寝台が設置されている。漆喰の棚には滋養薬や媚薬までも用意された、王妃を身籠もらせるための部屋だ。
「え、あの、ここ……」
「今日はここで過ごすよ。覚悟して」
背後からシュトリカを抱きしめた。呆然としているシュトリカは、身動ぎすらしない。
「エンファニオ様……ん、っ」
夏用により薄く作られているドレスの上から、胸を揉む。柔らかく、揉みごたえのある双丘は、手によくなじんだ。
「こ、こんなところ……で、恥ずかしいです……」
「ここなら君の姿が全部、見える。ドレス、脱がせるよ」
「あ、だ、だめ……」
何度抱いても、恥じらいを見せるシュトリカが愛おしい。口付けを頭にしながら、複雑な着衣を床に落とし、肌着だけの姿にさせる。小さな体躯の彼女を抱き上げると、そのまま寝台へと運んだ。
押し倒すようにのしかかれば、寝台の軋みが広い部屋に響く。
「可愛いシュトリカ。私だけの花。愛しているよ、誰よりも君だけを」
愛の言葉をささやき、体を小さくするシュトリカと唇を重ねた。頬を両手で挟み、ゆっくりと舌で口腔内を犯していく。鼻で息をするシュトリカも、それに応えるかのように、ためらいながらも舌を絡めてきた。
熱い口付けを交わしつつ、シュトリカの肌着の裾から手を入れ、腰のくびれをなぞる。一気に着衣を捲り上げ、乳房を露わにさせると、先の蕾を何度も指で爪弾いた。
「あん、ッ……」
悶えるシュトリカの乳頭を弄くり、唇を首筋にずらした。音を立てて吸い上げる。アーベがつけた赤痣をかき消すように。そのまま肌着全体を剥ぎ取った。唇で愛撫を続けながら、己も衣を脱いでいく。
すっかり全裸になったシュトリカが、恥ずかしげに横を向いた。
「あ……」
「気付いたかい? ここでは、どこを向いても私たちの姿が丸見えなんだよ」
鏡に映るのは、裸体となった二人の姿だ。エンファニオは、体を縮ませるシュトリカの肌へ執拗へ口付けを落とし、舌で舐め上げていく。その都度、ぴくぴくと過剰に反応する彼女が可愛らしく思えてならない。
「ん、ん……ああ……っ」
体を跳ねさせるシュトリカを、もっと味わいたい。乳暈ごと強く、舌で乳首を舐めながら吸い上げる。立ち上がった両方の胸先を口と指で嬲れば、シュトリカが甘い声を上げた。
「ああ……ん、吸っちゃ、だめ、です……」
「どこも甘いね。こっちはどうかな」
和毛を掻き分け、秘部へ指を伸ばすと、そこはすでに濡れていた。小さな愛芯を二本の指で擦り上げた瞬間、シュトリカが背筋をのけ反らせる。
「ああっ。だめ、そこ、ぉっ」
「確かめさせて。ここはきっと、もっと甘いはずだから」
閉じようとする足を強引に開いて持ち上げ、秘路の上にある蜜芽へとしゃぶりつく。ぷくりと膨らんだ雌玉は、隘路から溢れてくる蜜でやはり、どこよりも甘く感じた。
「んあっ……! それ……ああ、いやっ……来ちゃう、のっ」
悲鳴を上げるシュトリカに構わず、音を立てて媚肉全体を吸い上げる。蜜壺に指を突き入れ、水音をわざと響かせながら、きつい奥と花芯を責め立てた。
「や、やぁ、来るっ、来る、の……ぉっ!」
びくん、と己の頭を足で挟んで、シュトリカは全身をおののかせた。どうやら一度、絶頂に達したらしい。その証拠に、蜜路から愛液がしとどに溢れ出てくるのを感じる。
「可愛いね、シュトリカ。でもまだまだ善くしてあげるから」
唇についた愛蜜を舐めて顔を上げると、シュトリカが気怠げな、でも何かを訴えるような瞳でこちらを見ていることに気付いた。
「……エンファニオ様ばかり、ずるいです……わ、わたしだって、エンファニオ様を……その……」
「……その?」
「き、気持ちよく……させたい、です。……ご奉仕、したいです」
驚くエンファニオの前で、シュトリカが気恥ずかしそうに身を起こす。そのまま覆い被さってきたものだから、軽く、押し倒されるように倒れた。シュトリカはそのまま、少し固くなった肉棒へ、こわごわと手を伸ばしてくる。
「シュトリカ、誰からそんなこと……アーベにかい?」
「い、いえ……お、お義母様が、男の人はこれも……悦ぶからって」
シュトリカの小さな手が、肉槍を擦り上げていくたび、なんとも言えない喜悦と快楽が全身を駆け巡った。真っ赤な顔で赤黒い屹立を見つめるシュトリカは、それからゆっくり、愛らしい舌と口で亀頭を舐め上げてくる。思いもしなかった悦楽に、思わず吐息が漏れる。
手での奉仕は確かにしていた。己ではなくアーベに。だが、それでも口淫の記憶はない。健気さに胸を打たれ、同時に独占欲と支配欲に満たされた。
「気持ち、いいですか……?」
「とてもいいよ、シュトリカ。はじめて口でしてくれたね……、つっ……」
鏡を見た。清楚で、純粋な彼女が必死に奇怪な肉竿を口に含み、中でしごいてくる様子が生々しく映っている。頭を上下させるたび、シュトリカの胸が揺れていた。手と口との奉仕はまだ拙いながらも、見ているだけで興奮できる。
可憐な歌を発する口で、己の雄茎を一杯に頬張るシュトリカの姿に、背徳感が背筋を震わせた。苦しげな顔、内股を摺り合わせる仕草、どれもが征服欲を満たして止まない。
「シュトリカ……そろそろ君と一つになりたいけれど、いいかな」
「ん……」
すっかり怒張と化した屹立から、唇が離れた。シュトリカは小さくうなずく。
もっと淫らに。彼女の悶え乱れる姿が見たい――そんな思いで上半身を起こし、今度はこちらからシュトリカを押し倒した。
「足を広げて、鏡を見るんだ。今から君の中に入る姿を、よくその目に焼きつけて」
「で、でも……恥ずかしい、です……」
「やらないとご褒美はあげないよ。それとも、こうするだけで足りるのかな?」
「ふあっ……」
立った膝の隙間から、蜜口に指を伸ばして媚肉を擦る。咥えただけで感じていたのか、やはりそこは濡れている。焦らすように雌芯をくすぐれば、シュトリカが子供のように頭を振った。
軽い刺激だけでは達せないのだろう、シュトリカの足が自然と開いていく。だが、もう己も限界に近かった。足を肩に載せると、怒張の先で愛液に塗れた蜜壺の入り口を嬲る。
「見るんだ、シュトリカ。ほら、ゆっくり君の中に入っていく」
「あん……っ」
シーツを握り、シュトリカが横を向いた。その瞬間を見計らい、一気に腰を突き出す。
「あ、ああ――っ!」
濡れそぼった蜜壺は、易々と剛直を受け入れた。入れただけで絶頂したのか、隘路がより狭く収斂し、媚肉が肉棒を奥へ、奥へと誘っていく。凄まじい締めつけだ。ぎゅうぎゅうになった肉輪の蠕動を愉しみながら、シュトリカの半身を無理やり起き上がらせた。
「や、あっ、奥っ……だめ、だめぇっ」
「ああ、とてもいい。下から突き上げられるのも好きなんだろう?」
自重でより深く繋がった中、子宮口の近くを突く。すっかりほぐれ、こなれたそこを穿つたび、中が締まって最高の快感をもたらしてくる。
「好き……好き、です……っ。それ、ぇ、いいのっ……」
「正直な体だね。可愛い。もっと淫らに求めてごらん」
「ひ、あ、んあっ。もっと、もっと、して、下さいっ……!」
喘ぐシュトリカの体を抱きしめ、腰を夢中で動かした。小さな悲鳴を上げるシュトリカも背中に手を回し、与えられる快楽にだろう、全身を震わせる。
「ああっ、そこいいのっ。来ちゃう、またわたし、来ちゃうのっ!」
一度夢中になると、シュトリカはより淫らになることをエンファニオは知っている。悦楽という責め苦でシュトリカを翻弄していたが、数分の間突き続けていれば、どうしようもない射精感が背筋を駆け上ってくる。
「シュトリカ……一度、出すよ。一緒に行こう。何回でも、君の中に出すから」
「来て、エンファニオ様ぁっ。出して、子種、一杯っ……注いでぇ……!」
「く……ぅっ」
「あ――! あ、ひあ、ああ……っ!」
シュトリカの甘美な悲鳴に導かれ、より締めつけがひどくなった蜜路の奥、子宮へと、たっぷりと欲の果てをぶちまけた。
だが、欲を出したばかりだというのにまだ、足りない。身も心も、未だシュトリカを求めている。全身をわななかせ、絶頂の余韻に浸る彼女を寝台へと倒す。
(おい、一度交代しろ)
頭の中で突然アーベの声がした。エンファニオは小さく笑い、シュトリカへのしかかる。
「今日は私の番だ。君は初夜どころか、ずっとシュトリカを独り占めにしてたのだから」
「エンファニオ様……?」
「なんでもないよ、シュトリカ。さあ、続きをしよう。まだ眠らせないからね」
「……はい……もっと、抱いて下さい……」
花がほころんだかのように微笑むシュトリカと、繋がったまま再び唇を重ねる。
シュトリカの嬌声が部屋中に響くのに、そう時間はかからなかった。
※ ※ ※
アーベは荒々しく自分を抱き、エンファニオは焦らすように自分を抱いてくる――その違いをシュトリカは全身で感じて受け止めていた。どちらも情熱的で、愛情深くあることに代わりはない。それが嬉しくて、幸せでならなかった。
二人と長く、交互に交わった後、エンファニオへ戻った夫に抱きしめられながら充足感に吐息を漏らす。
鏡の間の奥にあるバルコニー、閉ざされたそこから見えるのは満天の星空だ。
「すまないシュトリカ。少し、無理をさせたね。どうしても君を抱きたくて」
「いいんです。その……わ、わたしも抱かれたかったから……」
胸に頭を預けて答えれば、エンファニオは笑みを深め、額に口付けを落としてくれる。
休みを交えていたとはいえ、丸半日、エンファニオとアーベに体を貪られていた。寝食も忘れながら。途中、シュトリカが激しさに気絶した際にだろう、軽食と水差しの載ったワゴンがいつの間にか用意されていた。着替えもだ。サミーが持ってきてくれたらしい。
エンファニオが水を口移しで飲ませてくれて、喉が潤う。優しい唇の感触に、法悦の余韻に浸った体は甘い痺れを覚えた。
「子供ができたらいいね。できなくても、君を独り占めにできるならそれでいいけれど」
薄い寝間着を纏うエンファニオの言葉に、自分の腹を寝間着の上から静かに押さえる。
「双子だったら嬉しいです……お二人に似た双子だったら、余計に」
「私は女の子もほしいよ。君に似た、優しい女の子がね」
短い髪を梳いてくれる手つきは柔らかく、ちょっと気になって尋ねてみた。
「あの、わたし、髪を伸ばした方がいいでしょうか?」
「どうして? ありのままの君でいいのに」
「でも……ご令嬢の皆さんは、誰も長くて奇麗な髪です」
「気にすることなんてないよ。出会ったとき、そのままの君であり続けてほしい。この髪が私は好きだしね。それに君の影響か、民の間では短い髪も最近は流行っているらしい」
髪を一房持ち、そこにエンファニオが口付けしてくるものだから、ちょっと安堵した。短い髪には少しの劣等感があったのだ。義母との茶会でも皆、長い髪をきらめかせていたし、まだ婚姻したばかりのときはからかわれたことを覚えている。
「エンファニオ様がいいなら……このままにしますね」
「私はね、シュトリカ。君がどんな姿になっても愛せる。髪の長さなんて関係ないよ」
「わ、わたしもです……エンファニオ様は、どうして前髪をそのままに?」
未だ右頬を覆う前髪に触れてみた。青い髪はさらさらしていて心地よいが、彼岸花の紋様はもうなくなっている。なのに、切らない理由がわからなかった。
「君と出会えた証しに、このままにしておこうと思って。それとも切った方がいいかな?」
「いえ……わたしもそうですけど、やっぱり髪の長さなんて、関係ないです。どんな髪でも、姿でも、お二人は私の大切な旦那様ですから」
言って半身を起こし、エンファニオの左頬へ唇を軽く当てた。エンファニオは嬉しそうな笑みを浮かべ、シーツを落として自分の手を握ってくる。
「バルコニーから星を見よう。流星が今の時期は見られるはずだよ」
うなずき、寝台から二人で降りた。そのままバルコニーへと向かう。鍵を開けたエンファニオと共に外に出ると、宵の晴天に瞬く星々が頭上にあった。
流れ星は、青い鳥の魂なのだと神話には残されている。願いを叶えてくれるという話も。
エンファニオの言う通り、よく目をこらせば、尾を引いて流れていく白い輝きがある。
「何を願おうか。ずっと一緒にいられること、は当然だから除くとして」
「幸せに……わたしたちも、皆さんも幸せになること、でしょうか」
「そうだね。すっかり立派な王妃の顔をしているよ、シュトリカ」
「そ、そんな……まだ全然です……」
二人、空を眺めて星に願いを託す。光る星々を抱きしめられながら見つめていれば、夜空に見慣れた鳥――ペクが自由に飛んでいるのを発見した。楽しげに空を舞うペクの様子に、エンファニオと顔を見合わせて笑った。
流星群に視線を戻し、心から自分たちと皆の幸せを願う。
自分が花枯らしではなかったら――ふと、そんなことを思って切なくなった。
忌まれる歌姫でなければ、エンファニオやアーベとこうなることは叶わなかっただろう。歌こそが自分とエンファニオ、そしてアーベを結びつけたのだから。
けれどもう、花枯らしの力はなく、フェレネの奇跡も消えた。歌うのは自分の意志だ。命じられるのでも強要されるのでもなく、ただ歌いたいと心から思える。
「何か、歌っていいですか?」
「怖くはないかい?」
「はい。もう、大丈夫です」
「いいよ、シュトリカ。君の歌声は私たちの心を和ませてくれる。ぜひ聞かせてほしい」
何を歌おう、一瞬悩んですぐに、曲が頭の中に浮かんだ。春の祭り、そこで披露した歌。エンファニオが聞いてくれていたという、はじまりの優しい歌を。
誰よりも愛しい夫の胸に寄り添いながら、静かに唇を開いた。
柔らかな旋律と穏やかな句、それをエンファニオたちに捧げるように、高らかに歌いはじめる。もう、悲しい歌や怖い歌を歌う必要なんてない、その言葉を思い出して。心のまま、喜びの歌を紡ぐことができる。
エンファニオはその歌を聞いて、出会いを思い出してくれたのだろう。強くきつく、体を抱きしめてくれた。
呪いでも祝福でもない、ただ愛するもののため普通に歌えることが、幸せだった。
二人を愛し抜き、自分も愛されること。それこそがきっと、自分に与えられた新たな祝福なのだと思いながら、シュトリカは歌う。
歌声が宵闇に響き、その旋律に導かれるように星はより多く、流れた。
【完】
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irisitejp様、素敵な感想をありがとうございました!本当このヒーローズ、独占欲も性欲も丸出しでどうしようもないです笑 ゆっくり二人…いや、三人のこれからを見守って下されば嬉しいです!
エンファニオもアーべも表現方法は違えど溺愛と執着度合いは同じですね。呪いによって顕在化した奥底の本質がアーべなのでしょうか。決して違う人間ではなく違う人格なのだとすれば、シュトリカが戸惑いつつもアーべを受け入れておるのが納得できるかな…それにしても、有能で優しく穏やかで素敵な男性の苛烈なまでの溺愛と執着って…すごいご褒美ですね。しかも二面性…読んでいてドキドキしてしまいます!
irisitejp様
この度は嬉しい感想をありがとうございます!
エンファニオとアーベ、二人を書き分けるのに大変苦労した記憶がありますが、ドキドキすると言われてありがたい限りです。
執着で甘々、ときに苛烈な二人とヒロインの話もそろそろ佳境です。
少しでも楽しんで頂けたならこれ以上嬉しいことはありません!