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5.恋は女を強くする

5-2.蕩けるような時間を

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「さ、雪生ゆきなくん。遠慮せず入って」
「はい。お邪魔しますね」

 日時は変わり、火曜日の夜。雪生は、美土里みどりのマンションにいた。車の一件があるからと、美土里が一時的避難を提案してくれたからである。危害を加えることまではしないと思うが、心配だからという彼の言葉に甘えることになったのだ。

 氷雨ひさめにはある程度の事情を話しておいた。美土里と付き合っているということを中心に。車の件はそれに関することだが、濁しつつも。弟はどこか納得したようで、しかし認めはしていないのだろう。不機嫌極まりなかった。

「荷物はこっちの部屋に置いておくよ。他に入り用のものがあったら、遠慮なく言って」
「ありがとうございます、美土里さん。しばらくお世話になりますね」

 空の部屋に置かれたスーツケースは美土里から借りたもので、一週間ほどの荷物を詰めこんである。美土里が作った秘伝のアロマも、ペンダントももちろん持ってきた。

「もうこんな時間か。遅いけど夕飯にする? ピザを頼もうと思ってるけど」
「あ、そうですね……私も少しお腹が空きました」

 日曜から今日まで、雪生と美土里は浅川あさかわたちを休ませ、事務に明け暮れていた。順調に仕事は捗り、明日は店ごと休日だ。

「とりあえず座って待ってて。はい、お水」
「すみません、本当。何から何まで」

 ミネラルウォーターをお揃いのコップで出され、静かに味わいながらも顔が赤くなっているのを自覚していた。

(お泊まりするのなんて久しぶりだから、少し恥ずかしいな)

 美土里はピザの注文をしている。シーフードのピザが美土里のお気に入りだった。パエリアも頼む声が聞こえ、通話が終わる。

「お酒、何か飲む?」
「弱いものでしたら、お付き合いします」
「わかった、今のうちに作るよ」

 美土里は簡単なものならカクテルも作れる。出されたのは、黒いカクテルだった。炭酸飲料のジュースとラムを混ぜたものらしい。一口飲むと、爽やかで甘い後味が気に入った。

 美土里も雪生の横に座り、赤ワインを飲み始めた。

 他愛のない話に花を咲かせているうちに、ピザとパエリアが届く。やはりシーフードでパエリアも豪華だった。ここのデリバリーは手製で人気があるらしい。

「美味しいですね、ピザもパエリアも」
「うん。お気に入りなんだ。雪生くんも気に入ってくれて嬉しいよ」

 美味しいご飯に、ジュースみたいなお酒も自然と進む。また美土里が同じものを作ってくれて、それを素直に飲む。体が熱い。ふわふわとした感覚が全身を包んでいる。

「美土里さん、ジャケット、脱いでいいですか?」
「雪生くん。今、自分で脱ぐか僕に脱がされるの、どっちがいい?」
「……自分で脱ぎます」

 どちらがいいか考えて、まだ微かに残る理性が前者を選ばせた。

「残念。ついでにシャワーも浴びてきていいよ」

 なんとなく落ちこんだ顔を美土里が作るものだから、こっちまで寂しくなった。

「……一緒に、入りますか?」

 シャツの袖を引っ張ってそう言うと、美土里はあからさまに破顔する。立ち上がった美土里に体を一気に持ち上げられて、雪生は小さな悲鳴を上げた。そのまま大きなバスルームまで運ばれてしまう。

 服を優しく脱がされ、淫らな嬌声を響かせるまであっという間だった。

 風呂場で達した後も場所を変え、ベッドを激しく軋ませて、熱い熱を共有する時間が過ぎた。雪生は快楽の余韻を残し、少し夢心地になる。

「マッサージ、手だけでも練習させてってお店で言ったのに」
「ごめん、久しぶりに二人きりになったから。これでも我慢した方なんだよ」
「それは私も同じですけど……」
「雪生くんの体力次第だけど、今から練習するかい? アロマもオイルもあるし」

 ガウンを羽織り、ベッドから立ち上がる美土里にはまだ余裕がありそうで、ちょっとだけむっとした。自分はあんなに快感に溺れたというのに、何かずるいと、そう思って。

 雪生も負けじと怠い腰を動かし、ガウンを着た。美土里がオイルとアロマの瓶を持ってくるのを見て、気を引き締め直す。

「さて、じゃあお手並み拝見しようか」
「よろしくお願いします」

 ベッドの上に座った美土里が、手を出してくる。雪生はボトルを受け取り、アロマとオイルが混ざった液体を両手で温め、静かに美土里の手のひらを揉みはじめた。

(美土里さんの手、あったかい。この手、好きだな)

 自然と微笑みが浮かんだ。大切に、慈しみの思いをこめて、少し強めに揉みほぐす。

「大分上手くなったね、雪生くん。今日は格別だと思うよ」
「本当ですか? 原さんのおかげかもしれません」
「僕が相手だからじゃないの? 原くんが敵とは厄介だなあ」
「み、美土里さんの手だから、っていうこともあります……」

 消え入るような声音でささやけば、美土里が相好を崩した。

「その感情は大事だね。大事な相手に気持ちよくなってもらいたい、その心構えが大切。惜しいな。雪生くんのマッサージ、女性とはいえ他の誰かにさせるのは」
「もう。お店のためですよ。早く全身をできるようになりたいです」
「それはまだだね。体に触れたりすることには、僕で随分慣れたかもしれないけど」
「そうですね。まだ、やり方とかほとんど頭に入ってませんし」

 言いつつ、もう片方の手も指先までしっかりとほぐしていく。

「そう言えば最近、原くんは随分機嫌いいみたいだけど、何かあったのかい」

 美土里の問いに手が止まる。慌ててマッサージを続けながら、話そうかで迷った。

「女同士の秘密かな?」
「そういうわけじゃあありませんけど……その、原さん、好きな人と上手くいってるみたいで」
「あの女傑が恋……? ごめん、想像できない」
「美土里さん、原さんに失礼です。原さんだってれっきとした女性なんですから」
「確かに失言だった。忘れて。相手は誰なんだい?」
「浅川さんです」
「ああ、浅川ね。あさか……え?」

 ぽかんとした表情を美土里が作るものだから、くすりと小さく笑ってしまう。

「待って、浅川ってあれ? 僕の秘書で無口で無骨な浅川?」
「そうです。浅川さんから聞いていないんですか? 私が言ったって内緒ですよ。連絡先、交換したりしてるそうです」
「……聞いてない。なんだあのむっつり。確かにプライベートには首突っこまないけど、僕は」

 大きなため息をつく美土里に微笑みながら、原の様子を思い出す。浅川から連絡が来たりしたときの彼女は可愛らしく、店でもこっそり、二人の進展を教えてくれていた。その姿は本当に初々しくて、見ているこちらもより応援したくなるほどだ。

「あの朴念仁がね……まあ別に、社内恋愛禁止してないからいいけどさ」
「原さんが機嫌いいのは、そのためですよ……はい、終わりです。どうでしょう?」
「うん、いい力の入れ具合だったよ。後はツボを覚えれば、手の方は完璧じゃないかな」
「ありがとうございます。よかった……」
「じゃあ、次は僕の番かな。雪生くん、マッサージさせて」
「……美土里さん、変なマッサージしません?」
「なんでバレるかな」
「さっきから胸にばかり視線が……きゃっ」

 うつむこうとした瞬間、美土里がのしかかってくる。そのまま耳に息を吹きかけられて、思わず体が跳ねた。

「み、美土里さん、くすぐったいです……」
「感じる部分ってくすぐったいんだよ。知ってる?」

 耳朶を食まれ、オイルを拭いていない手で肌を弄られる。あ、と吐息が漏れた。美土里は雪生へ上乗りになりつつ、ガウンをいささか乱暴に剥がし、裸体へオイルを垂らしていく。ただそれだけなのに、敏感になっていた雪生の体は素直に反応した。

「今日はずっと君を抱くよ……雪生」

 その言葉に真っ赤になりながら、雪生はそれでもうなずいた。愛する男に抱かれる悦びを、身も心も求めている。ガウンを脱ぎ捨てる美土里の体に見惚れつつ、口付けを待った。

 蕩けるような甘い愛のささやき。頭がおかしくなるくらいの快楽。その二つを共有できることが何より幸せだと思いながら、淫らなマッサージに理性が崩れていく。

 夜が更けて、午前を回っても享楽は続いた。それこそ本当に、雪生が気絶するまで。
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