上 下
1 / 26
プロローグ

雪生の夢

しおりを挟む
 雪生ゆきなは今日も、淫らな夢を見る。

 場所は決まって簡易なダブルサイズのベッドの上で、周囲には何もない。かといって暗すぎず、見下ろせば自分の裸体がありありとわかる程度には明るかった。微かに香る甘い樹木のような香りが広がり、思考を支配していく。

(また……この夢……)

 夢の中でもしっかりと自我はあり、これは明晰夢の一つなのだろうか、見るたびに疑問に思う。

 微かに身じろぎすると長い黒髪が揺れ、隠れていた乳房があらわになる。少し大きめの乳房は、自分にとって恥ずかしいものの象徴で、手で覆い隠そうとしても金縛りにかかったかのように体は自由になってくれない。

 羞恥のこもったため息をつく。この後の顛末はもう、わかっている。何度も繰り返し見ている夢だから。

 身動きできぬ雪生の前で、光が凝り固まり、一人の男の姿になる。自分に覆い被さるかのような体勢を取って姿を現したのは、誰でもなく――

広宮ひろみや、社長)

 オールバックの金髪に、優しい緑色の双眸。微笑んだ柔らかな顔立ちは端正といっても差し支えない。いつもはベストやスラックスに隠れているであろう引き締まった裸体、大きな胸板を見て、羞恥のあまりに泣きそうになった。

(雪生くん)

 甘いアルトの声音で名を呼ばれ、思わず体が震える。これは夢。しかも悪夢に近いものだ。

 広宮は、彼はいつも雪生のことを苗字の『みやこ』と呼ぶ。下の名前で呼ばれたことなど、一度たりともない。だからこれは、勝手極まりない夢の中だけの出来事なのだと思い知らされる。

 それだけではない。広宮は自分を『金で買った』相手だ。正確に言うと亡くなった父の工業店、潰れた店が抱えていた借金や、従業員への給料などを肩代わりしてくれた。

 父との関係はわからなかったが、その代償は、自分。どうやら両親に、早く結婚しろとせっつかれた広宮は、雪生を仮初めの婚約者として目をつけたらしい。二十三歳で恋人もいない雪生は、言われた条件をのむしかなかった。

 広宮はお香の老舗の長男だ。会社も経営しているという、立派な地位がある。ちっぽけな工業店の娘だった自分とは雲泥の差。そんな広宮がなぜ自分を婚約者として選んだのか、それすらわからない。

 しかし、全てを受け入れたのは、高校生の弟を守るためだ。弟の氷雨ひさめには、ちゃんと大学を出て幸せになってほしい。その一心で、偽りの婚約者という地位を受け入れた。

(弟の、氷雨のためだもの。でも……)

 耐えているとはいえ、この夢は、とても恥ずかしい。異性との付き合いをしたことがない雪生にとって、恥じらいを捨てるには生々しすぎる悪夢だ。

 体中にキスをされ、リアルな感覚に思わず涙が零れる。望んじゃいない、しかも夢の中でこんな経験をするだなんて、どうかしているとしか考えられない。

 自分の体に触れる広宮の手つきは、どこまでも優しい。だからこそ余計惨めになる。こんな夢を見ている自分が、卑劣なように感じて。胸がただただ軋む。

(名前を呼んで、雪生くん。僕の名前を)

 快感に流されまいと唇を噛みしめ、耐えた。切なげな広宮の瞳に自分の顔が映っているのを見ながら、この夢を終わらせるため、鍵となる言葉を紡ぐ。

(……美土里みどり、さん)

 ためらいながら名前を呼ぶと、広宮――美土里はどこか安堵した様子で唇を重ねてきた。

 夢と現の境目で、幾度こうして彼の名前を呼んだだろう。複雑な思いに悩む自分を責めたてるように、美土里が熱を帯びた体のあちこちを弄ってくる。雪生はただ、恥ずかしい声を漏らすことしかできない。

 嫌なのか、そうじゃないのか、もう自分でもわからなかった。悪夢だと思う一方、快楽という濁流に呑みこまれそうになる。

 この夢の終わりは、広宮の名前を呼び、雪生が精根尽きたときだ。こんなのはおかしい、そう思っても、それまでは眠りにつくことができない。

 重なる手の温もり、唇を交わし合う感触。現実で感じたことがない感触に震えながら、ただ悪夢が過ぎ去るのを待つ。

 本当に悪夢なのか、それすら快楽に溺れる自分には、理解できないのだけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...