上 下
32 / 32
終幕

繰り返しがはじまる

しおりを挟む
 ……月が薄まる頃。幾度も法悦に達したトゥトゥナが、気を失ってから。

 シュテインは白む空を窓から見つつ、健やかに眠るトゥトゥナの頭を撫でていた。

 正直に言えばまだ交わりたかったが、今日はこれくらいでいいだろう。この世界ではいくらでも機会がある。彼女を愛する時間は。

 その胸に、前世で与えた銀のペンダントがあることに胸を撫で下ろす。

「……どうやらここが正しい世界みたいだね」

 小さく呟くが、トゥトゥナは目覚めない。白い肩が微かに上下している。大分疲れたはずだ。純潔を失ってもなお体を交え、最後の方では狂ったように達していたのだから。

 その淫らさ、愛らしさは何物にも代えがたい。媚肉もシュテインのものに馴染んできており、これからの楽しみに笑みが自然と零れた。

 シュテインはなるべく静かにベッドから下り、もう一つのベッドからシーツを剥ぎ取る。軽く体に巻いて、居間の方へと歩みを進めた。

 自分の荷物が椅子の近くに置かれている。その中を改めた。

 本や衣類、医学に関する小物の奥、小瓶がある。中身は処女をも狂わすあの媚薬だ。

 これを使ってもよかった。だが、痛みを刻みつけたいという思いが先に出たのだ。

「痛みも快楽も、生きているという証し。全くそのとおりだよ」

 小さく笑う。ここの世界のトゥトゥナは、しっかり自分のことを覚えている。銀のペンダントに漏らした言葉、腹の傷、どれもがシュテインが求めていたトゥトゥナだ。

 畳まれた衣服の上にある、銀のペンダント。自分がつけていたものを開け、中を見た。

 そこには小さな、三日月の粘土細工が収められている。

 指の薄皮を荷物の中にあった短刀で切り、浮かんだ血を細工に押し付けると仄かに赤く、月が輝く。それを見ながら一人、肩を揺らして笑った。

「今あるこの世界を繰り返しましょう、イナ」

 トゥトゥナに告げた話、大地神イナに愛を捧げた、というのは本当だ。だが同時に、崇めた。トゥトゥナを追いかけるために必要なのは輪廻だったのだから。

 光が消えた三日月の細工を見つめ、首を擦る。トゥトゥナの傷より深い自害の痕を。

 トゥトゥナには話していない。自分が彼女を求め、幾度も輪廻を繰り返したことは。

 今、この世界に至るまで、シュテインは何度も死んでいる。正確に言えばあのとき、龍皇として選ばれたのち、自分を庇って逝ったトゥトゥナを追って死んだあとも。

 全ては、正しいトゥトゥナと出会うために。

 ある時間軸では、トゥトゥナが貴族の令嬢として生まれる世界もあった。だが、その世界で彼女は自分を覚えてはいなかった。

 または、スネーツ男爵と結婚している世界も見た。その世界では朧気に自分を覚えていたみたいだが、それはシュテインが欲するトゥトゥナではない。

 そのつど、シュテインは死んだ。死んで、繰り返した。

 記憶を保持したまま輪廻を作動させるには、新たなきっかけの中心となった自分の死が必要だった。それに気付いたのは、一回目の繰り返しで、だ。確かあれは、トゥトゥナがシュテインのことを覚えておらず、絶望して自害したときだったように思う。

 そのとき『死』が、前世の記憶を保つための弾みとなるのだと理解した。トゥトゥナが今まで魔女として死に、記憶を保っていたのはそこに所以していたのだ。

 兄――ギュントが記憶を持って輪廻していたのは、『殺人』という行為とイナを崇める儀式を行っていたためだろう。彼は彼の願う正しい世界軸に辿り着けなかったようだが。

 そうしてシュテインは繰り返し、何度目だろうか。立場、身分、状況、記憶――トゥトゥナと自分の全てが正しく揃う世界に、やっと来ることができた。欲しかった、手に入れたかったのは今現在、ベッドで眠るトゥトゥナだ。

 自分の地位が下がったことは気にならない。財産のこともどうでもいい。ただし、彼女がシュテインという存在を忘れていたり、他の男と結ばれているような世界なら、切り捨てて次に行くまでだ。

「今回の輪廻は正しく作動したようで何よりだよ。繰り返しの輪は固定された。これなら来世も君を閉じこめられるだろうね、トゥトゥナ」

 思わず笑い声を上げそうになり、喉がひくつく。

 今ならギュントが、大地神イナを崇めた理由もわかる。欲しいものを手にしたかった、愚かなまでの執着も。

「ここまで僕を壊すとは、やはり君は魔女だ」

 うそぶいて蜜に塗れた唇を舐めた。とても甘い気がして、自然と口の端がつり上がる。

 トゥトゥナが逃げようとしたり、他の男に目を向けたときは、全てを白状しよう。決して逃げられない輪廻に、トゥトゥナは閉じこめられているのだと。

 だが、この世界ではやり直す必要はないはずだ。トゥトゥナが自分に焦がれていることがはっきりとわかったし、逃げることなんて考えられないほど、その心身をシュテインという色に染めようと企んでいるのだから。

「今世も来世も、僕は君を愛し続けよう。覚悟することだ」

 酔いしれながらシュテインはささやき、荷物を片付けて寝室へと戻る。

 何よりも、誰よりも思う魔女を愛し尽くすために。


   【了】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい

なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。 ※誤字脱字等ご了承ください

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...