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第五幕 永遠の愛

5-6.祭りの日、再会のとき

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 日が経つのは早い。あっという間に二日が経過し、トゥトゥナの誕生祭の当日になった。

 トゥトゥナはエンディア夫妻、村人たちからもらったドレスを着て姿見を見る。薄紫のドレスは青いフリルとレースで彩られ、銀のペンダントとあいまってか美しく感じた。

 ――綺麗。大事に着なくちゃね。

 いつものように赤毛を団子状に結い、頭頂にそっと花冠を被せる。白と紫のコスモスを基調にした花冠はダリエが作ってくれた。

 化粧などは施していないが、なんだかいつもとは違った自分が見られたようで嬉しい。つい、鼻歌を口ずさんでしまうほどに気分がよかった。天気も快晴で、村の豊穣とトゥトゥナの誕生を天も祝ってくれているようだ。

 未だ謎の疼きは胸の奥にある。けれど、それを上回る高揚感が頬を紅潮させた。

 収穫祭と誕生祭を兼ねているためか、村の方はすでに賑やかだ。村人たちももう一人の主役、トゥトゥナの登場を今かと待ちわびているだろう。

 ドレスの裾を持ち、家から出る。土がつかないように慎重に歩きながら、紅葉を楽しみつつ村へと向かった。

 村の家屋には様々な木花が飾られ、広場からはたくさんの料理、果実酒の香りがする。

「こんにちは、先生」
「こんにちは、アロウスさん、ダリエさん」
「先生、凄く綺麗……そのドレス、やっぱり似合ってる」
「ありがとうダリエさん」

 羊毛のケープを羽織ったダリエと、少しめかしたアロウスと出会ってトゥトゥナは微笑んだ。

「でも、私はもう先生じゃないわ。名前呼びで大丈夫よ」
「いつまでも先生は先生。新しい医者が来ても、先生」
「頑固だなぁ、ダリエは……さあ、行きましょう。皆待ってるはずですよ」
「ええ」

 二人と共に広場まで赴く。女も男も関係なく果実酒を飲み、焼いた羊肉や菓子を手にしては明るい笑い声を上げていた。

「トゥトゥナさん、綺麗じゃないか!」
「あらホント。とっても似合ってるわよ」

 村人が歓声を上げて褒めそやすものだから、トゥトゥナはすっかり照れてしまう。

「あ、ありがとうございます……皆さん」
「さあ、主役は村長の横だよ。座って座って」

 うなずいて、指し示された席を見た。

 村長とその妻が座りながらこちらを見ている。長方形の机には魚料理から肉、木の実やパン、食べきれないほどの料理が並んでいた。そこに空席が二つあり、村長のすぐ隣へトゥトゥナは腰かける。

「トゥトゥナや、ドレスがとても似合っておるぞ。主役にふさわしいなあ」
「皆さんのお心遣いが嬉しいです。大事にしますね、これ」

 笑う村長から杯を渡され、果実酒を注がれた。林檎を酒に漬けた簡単なものだが、ドルナ村の名産品でもある。

 トゥトゥナは酒に酔いやすい。しかし、祝いの席で全く口にしないのも失礼だ。一口だけ含み、嚥下してから隣の席を見る。誰も座っていない椅子を。

「あの、この席は?」
「ああ……今日、新しい医者様が来るだろう。どうせならこの村に馴染んでもらおうと思ってなあ。こうして席を設けたわけだよ」
「そうなんですね。誰の席かとばかり」
「そろそろ馬車で来る頃だ。少しの間、新しい医者様には我が家に滞在してもらうことになっとる。まあ、そんなことより食べて飲みなされ。皆にとられてしまうぞ」
「それじゃあ、失礼して……」

 急かす村長に苦笑しながら、トゥトゥナは魚料理を口にした。

 隣の漁村から分けてもらったものを調理したのだろう。イワシを焼いて炒めたものだ。

 ――私……前にもこれを食べたような気がするけれど。

 美味しいイワシを食べながら、不意にそんなことを思った。

 木の実やパンはともかく、新鮮な肉や魚は祭りでしか食べられないようなものだ。夏の祝いではここまで豪勢な食事は出ない。

 ――収穫祭に出たことってあるかしら……。

 ある、ともう一人の自分が言う。そうよね、と思い直してゆっくり食事を楽しんだ。

 記憶の混乱がトゥトゥナを苛みはじめたけれど、若い夫妻の踊りですぐに我に返る。そこら中で年も関係なく、村人たちが音楽に合わせて踊っていた。

 アロウスたちはと思って近くの椅子を見れば、彼らはダリエの妊娠もあってだろう、大人しく料理を口に運んでいる。

 座るダリエの足がステップを踏むように動いていて、トゥトゥナはちょっと笑った。

 軽快な音楽に美味しい料理、酒。村人たちの笑顔。どれもが青天に輝いている。

 そんな中、森の方向から微かに馬車の音がした。蹄が土を蹴る音も。それはどんどん近付いてきており、踊っていた村人たちが動きを止めて一斉にそちらを見る。トゥトゥナも、また。

「おや、医者様がお出でなさったか」

 村の入口に辻馬車が止まった。馬車から降りたのはまず、行商人だ。ドルナ村や漁村に様々な物資を運んだりしてくれる、顔なじみの男。

 そして、もう一人降りる男性がいる。

 陽射しに輝く銀髪は少し波がかっており、荷物を持った背姿は高い。

 どくん、とトゥトゥナの鼓動が全身に大きく響いた。

 熱を帯びる。全身が、秋だというのに熱くなる。

 ――私……。

 男が歩いてくる。こちらの方へ、まっすぐ。顔は木の陰に隠れていて見えない。思わずペンダントを握るトゥトゥナの横で、ゆったりとした所作で村長が席から立った。

 ――私、あの人を知ってる。

 村人たちが歓迎の拍手を送る中、トゥトゥナも静かに立ち上がる。脈が酷い。手が、震える。

 隣で村長が微笑んだ。

「ようこそ、ドルナ村へ」
「ありがとう、歓迎に感謝します。シュテイン=トトザール、医師として着任しました」

 その声を聞いた瞬間、名を聞いた刹那、トゥトゥナは駆け出していた。

 村人たちが何事かとこちらを見たが、構わず、ただ走った。花冠が落ちるのにも構わないまま。

 神秘的な銀の瞳がこちらを見る。彼は荷物を置いて両手を広げた。端正な顔に浮かぶのは、穏やかな微笑み。

 衆人の目も気にせず、トゥトゥナは彼――シュテインの胸に飛び込んだ。

 しっかりとした腕と胸板が、自分を抱き留めてくれている。その温もり、熱さ、忘れられないもの。大切な、誰か。

 ――私が待っていたのは、この人。

「……どこのご令嬢かと思った。綺麗すぎて見間違ったかと」

 優しい声。聞くだけで人を安心させる柔和な声に、トゥトゥナは泣いた。勝手に涙が溢れ、止まらない。けれどそこに悲しみはない。あるのは喜び、何物にも代えがたいときめきだ。

「また、会えたね。僕のトア。トゥトゥナ」

 名をささやかれて抱き締められ、胸に顔を擦り付けてトゥトゥナは何度もうなずいた。

「シュテイン。ええ、シュテイン……!」

 顔を上げ、手で涙を拭いて愛しい彼の瞳をよく見る。印のない、穏やかな銀の目を。

 瞳を見た直後、思い出す。シュテインを庇って死んだということ。何かの歯車が壊れた音を聞いたこと。それ以上のたくさんの事柄が雪崩れ込んでくる。

 胸と頭にあった靄が晴れて、消えた。全てを思い出すことができた。

 村人たちがざわつく。それでもしばらく、トゥトゥナはシュテインから離れなかった。
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