プラトニックキス

どるき

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新しい朝

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 29歳教の生き残り、那須トマトとの決闘を終えたオレが我が家に帰還すると二時を過ぎていた。
 俗に言う判事も回るウシミツアワー。由来は知らないが深夜の二時過ぎをこう呼ぶそうだ。

「ただいま」

 いちおう幹弥のおじさんが起きているのかもしれないので声をかけたのだが彼は居間のテーブルに伏せて眠っていた。
 戸締まりは物理的にも精気的にもしっかりとしていたのでよほどの攻撃を受けばければ大丈夫だろうし、叔父さんも疲れが溜まっているだろうと考えると仕方がないか。
 とりあえず報告を兼ねてスヤスヤと眠る彼を起こした。

「随分と顔色が良くないな。それにあちこち血だらけだし、苦戦したようだな」
「仮にもマドカから逃げ延びただけの実力者だったってことさ」

 オレはトマトが厄介なバリアを使う相手だったことと、去り際に伝えられた29歳教の状況を叔父さんに伝えると、その場で汚れた衣服を脱いだ。
 あちこち傷だらけなので叔父さんの手を借りて薬を塗り、軽くシャワーで汗を落としてから寝室に向かった。
 今回オレが得た情報は白子組が近々設ける予定にしている肝付御老公との会談にて有意義に使われるだろう。
 就寝の準備を整え終えると三時を過ぎており、叔父さんも軽く寝直すと言って押し入れの布団を居間に敷いて床についていた。
 そろそろオレも眠たくて仕方がない。ただでさえトマトに対して渾身の一撃を放ったことで精気の大半を消費しているしな。

「起こさないように……よっこらせっと」

 オレはベッドに眠る恭介が目覚めぬよう、ベッドの端に体を預けた。
 恭介は中央に陣取って寝ているので気をつかって端に寄ったのだが寝返りを打つと落ちそうだ。
 気をつけないとなと思い横向きになって目をつむると、何やらオレの鼻先を何かの香りが擽ってきた。
 ミルクのようにほんのりと甘く、そして生死を賭けた戦いで昂っていた神経を落ち着かせる暖かさが鼻から通って胸に広がる。
 ドキドキと心臓が興奮して張り裂けそうだが眠気は邪魔せず、このまま耳の中まで広がる心音を子守唄にして寝てしまいそうだ。
 次第に体中が敏感になってきて寝返りすらできない。下手に動いたらそのまま気絶してしまいそうな心地よい感覚がオレを包んだ。

「おかえり」

 快感の海に沈んだオレはそのままぐっすりと眠ってしまったようだ。
 オレの床入りに気がついた恭介に抱きつかれてもオレは朝まで目覚めなかった。これは後から思うと恭介の持つ淫魔の力で心地よく眠らされていたのだろう。
 朝になり抱きついている恭介と一緒に目を覚ますと睡眠時間の割に目がしゃっきりして、特に精気は昨夜あれだけ消耗したはずなのに溢れて夢精するくらいに体中を満たしていた。
 寝ているあいだ恭介には抱きつかれただけでは済まなかったことなど知らないオレとしては疲れの飛び具合に小首を傾げてしまう。
 起きてすぐ「昨夜は急な仕事で忙しかったから」と理由をつけてオレは朝シャワーで下着一式を着替えたわけだが……マドカが昨夜のことで早起きして既に我が家から出ていたのはオレには幸運だった。
 一汗流して新しい下着に取り替えてふと目をやると、風呂場前の脱衣籠には洗っていない衣服が多数。
 そろそろ洗濯をしないといけないな。

「それじゃあ恭介、今日は朝ごはんを食べたら洗濯をするぞ」
「はーい。でも今日は探偵の仕事はしなくて良いの?」
「予約もないし急ぎの仕事なんて早々来ないって。それに洗濯だって立派な仕事のうちだぜ。ウチはしがない自営業だからな」
「そうなんだ。てっきり恥ずかしくてマドカお姉ちゃんには頼めないから急いで洗いたかっただけだと思ったよ」
「それってどう言うことだ?」
「フフ……ないしょ」

 内緒だと言いつつ恭介が指さしたのは先程脱いだオレのパンツだ。
 もしかしてコイツ……オレの粗相に気づいていたのか?

「そういうマセたことを言うと朝ごはんのオカズを減らすぞ」
「それはやめてよぉ」
「だったらオレの前ならまだ良いが、マドカがいるときにはそういうことは自重しろよ。男同士のお約束だ」

 まあ恭介も小学五年生だと考えれば、拉致される前に授業であれこれマセたことも教わっていたのだろう。
 恭介が邪推したように確かにマドカに見られたら変な目を向けられそうには思うわけだが、オレとアイツはそういう関係じゃないのでオレとしてはバレないに越したことはないとはいえ、最悪そこまで気にしても仕方がないという意見が強い。
 とりあえず恭介には少しマセた行動は控えてもらいたいなとオレは思い、今回は心を鬼にして彼をやんわりと叱りつけることにした。

「わかった。ごめんなさい」
「よし。良い子だ」

 素直に従う素振りを見せた恭介の頭を撫でると掌が暖かい。
 こんなことを言うのはアレだがこれは少しハマりそうだ。

「ところでお兄ちゃん……これから僕もお兄ちゃんと一緒にここで暮らすってことは、僕はお兄ちゃんの助手ってことで良いんだよね?」
「ん……あぁ」

 ナデナデにご満悦なオレは恭介の質問に生返事してしまった。

「だったら今度は僕もお仕事に連れて行ってよ。このあいだみたいに役に立つから」
「あぁ」
「やった!」

 生返事し続けたオレの答えを真に受けた恭介はオレに抱きつくと、服の上からオレの腹のあたりをキスしていた。
 もうちょっと顔が下に来ていたらいかがわしいことになっていたのだが……まあ誰かに見られなかったのは幸運な光景を繰り広げてしまいオレは一人で赤面してしまった。
 ちょっとマセたことも言う恭介だがコチラの方はまだお子様なのは安心したというかなんというかだ。

 とりあえず溜まった衣服の洗濯は必要だし、恭介を学校に通わせるためにはいろいろと準備が必要だ。
 それにこれから恭介を養うことを考えると、当面は白子組が工面してくれるとはいえ今までのようなマドカのヒモに近い暮らしはしていられない。
 新しい家族ができると人間しっかりするというが本当なんだなとオレは心の中で呟いた。
 とりあえず今朝は昨夜のマドカの手料理を利用して軽く一品用意してやろう。
 特に味噌汁は味を整えて恭介の舌を満足させてあげようじゃないか。
 それにマドカは自分が使うぶんしか米を持ってこなかったようなので、今晩以降のぶんは昼間のうちに補充もしておかないと。
 朝食を用意しながらオレはこれから二人で暮らすために必要なあれこれ頭に思い浮かべていた。
 これから始まる恭介との共同生活。特殊探偵業としてのバディとしてオレと恭介が切っても切れない関係になろうとは、このときのオレにはわからなかった。
 ただまあこの段階で既に恭介にオレは惚れ込んでいたのは間違いがないわけだが。
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