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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

コンちゃん

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 コンちゃんは死神さんのスパッツを履いていた。そのスパッツは数ヶ月前に死神さんが俺の身体にねじ込んだものであった。コンちゃん曰く、そのスパッツはこの部屋に落ちていた。

 つまり、ここは俺の中であり、俺は俺の中に居るのだ。とすると、きっと俺の中にはさらにもうひとり俺が居て、その俺の中にもさらにもうひとり俺が居て……。

 ……うん、無限ループだな。頭がこんがらがってきた。

「お主ー。さっきから何を考えているのじゃ。さっき言ったろう。ここは、儂の、寝床じゃと」

 コンちゃんはわざわざ言葉を区切って"寝床"を強調する。

(寝床って……、あ、布団がある)

 コンちゃんの向こうに布団が見えた。暖かそうな和布団である。

「じゃろう。はあ、冷える冷える。はよう、布団に入らねばな」

 いそいそとコンちゃんは布団の中に潜り込む。くるんとふさふさの尻尾を丸めると、彼女は布団の中で丸くなった。

「んー♪ 寒いときに入る布団は格別じゃ♪」

 ごきげんな声が聞こえる。俺は感じないけど、きっとここは寒いのだろう。そして、目の前でゴロゴロするコンちゃんは実に暖かそうだ。和布団は保温性に優れていると聞く。よし、いい機会だ。俺も堪能させていただくことにしよう。

 いそいそと俺はコンちゃんの隣に潜り込む。

 べしんと、ふさふさの尻尾に弾かれた。

「ふんふふ~ん♪」
(……)

 コンちゃんは鼻歌を唄っている。……うむ、もう一度だ。 

 べしんと、ふさふさの尻尾に弾かれた。

「何をしようとしとる、たわけが」

 ギロリ、と彼女に睨まれた。

(何をするんだ)
「こちらの台詞じゃ。何を当たり前に入り込もうとしておるのじゃ。これは、儂の布団じゃぞ」
(スペースは余っている。私を入れてくれても良いではないか)
「い・や・じゃ。まったく、どこの馬の骨とも分からぬ輩に、同衾を許すわけなかろう」

 再びぺしんと尻尾に弾かれる。床と壁に当たって、俺はなんとか止まることができた。

「お主はそこで寝ておれ」

 辛辣な言葉が飛んでくる。ぐうう、悔しい。もう少しで布団に入れたのに。……ん? というか、なんだこの場所は……?

 俺がぶつかった床は、どんな些細な光をも呑み込むように真っ黒だった。白い布団はその黒い床の上に敷かれている。床だけではない。四方の壁も天井も、墨で塗りたくられたように真っ黒だ。天井にも壁にも明かりはない。にも関わらず、コンちゃんと白い布団をはっきりと視認できていた。

「じゃから、何度も言う取るじゃろ。儂の寝床だとーー」
(いや、それは分かってるんだけどさ……。何でこの部屋、こんなに真っ黒なの?)
「知らん」
(何でこの部屋、明かりがないのに姿が見えるの?)
「知らん」
(え、ええと、じゃあ、どうして死神さんのスパッツがここに落ちてたの?)
「知らん」
(知らないことばっかりじゃないか!)
「ええい、知らんものは知らん! 別に、真っ黒でも明かりがなくても見えるんじゃから困らんわ! スパッツも大方、儂へのお供え物じゃろ。ほら、酒も食べ物もあるしの」

 コンちゃんはガバリと跳ね起きて、布団の傍においてあった酒と食べ物を見せつけてきた。俺は彼女の傍にスススと移動する。

 酒。アルコール飲料。どこかで見た覚えのあるビンに入っている。
 食べ物。ジャンクフード。見た目、食べかけのハンバーガー。

(これって……)
「はあ、眠気が飛んでしもうたわい。……あ、ちょうどよい。これでも食べて眠気を取り戻すとしようかの。バクバク。む、なかなか美味い。何の肉じゃ? これは」
(ちょ、待ってーー)

 と言う間に、ハンバーガーはコンちゃんの口の中に収まってしまった。

「なんじゃ、やらんぞ。儂への供え物じゃ」

 それについては些か以上に反論できるが、どうせ俺は食べられないので敢えてしないことにした。

(えっと、コンちゃん、そのビンちょっと見せてくれる?)
「ん? いいぞ」

 ほいと、彼女はビンを俺の近くに置いてくれた。……間違いない、これ、死神さんの持ってた酒だ。俺が気を失った原因でもある。あれ? でも、待てよ。俺の記憶だと酒だけびしゃびしゃと身体にかけられたはずなんだけど……。

「うわぁ、なんじゃこれ! なんでこんなところに水溜りが……。危うく布団が濡れるところだったわい!」

 突然、コンちゃんが叫び出す。そちらを見ると、彼女の言う通り黒い床に水溜りができていた。
 ん? それって、もしや……。

(コンちゃん、コンちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどさ。その水溜り、ちょっと舐めてみてくれない?)
「お主。儂を馬鹿にしておるじゃろ」

 ドスの効いた声が返ってきた。
 違う、違うんだ。俺の言いたいことはそうじゃなくて……。

(その水溜り、お酒かもしれないって思ってさ……)
「酒?」

 コンちゃんは訝しがるように眉根を寄せつつ、顔を水溜りに近づける。

「スンスン……。確かに、これと同じ香りがするの」

 驚いたように彼女は言う。
 やっぱりそうか。その水溜りの酒が、俺にかけられた酒だな。で、その酒瓶はおそらく、俺が気を失っている間に酔った死神さんに無理やり突っ込まれたものだろう。何をやっとんじゃ、あの神様は。

「なんじゃ、お主。この貢物に覚えがあるのか?」
 
 さっと、酒ビンを背中に隠すコンちゃん。うん、酒は要らないけどさ。どうやって、コンちゃんに説明しよう。死神さんのことは迂闊に話すとミジンコになっちゃうし……。

 ってあれ? 
 俺、確か、ミッション、失敗ーー。

「ん? なんじゃ。その死神さんとやらが、貢物これをくれたのか?」

 気絶する前のことをようやく思い出したその直後、コンちゃんはあっさりと名前を呼んではいけない彼女あのひとの名を呼んだ。

(え、え、ええと、コンちゃんは死神さんのこと、知ってるの?)
「ん? 知ってるも何も、さっきからお主が言っとるじゃろうが」

 えっ、俺、言ってないよ。

「心の中で、の。お主の考えていることくらい、儂には分かる」

 えっ。それは読心術?
 俺は、死神さんと初めて会った頃を思い出す。

"この女性は俺に触れるのか?"
"「はい、触れますよ」"

 俺はふりふり動くコンちゃんの尻尾を見る。布団に忍び込もうとしたところ、あの尻尾に弾かれた。

" 心に強く念じなくても、考えていることが伝わるのか?"
"「読心術を心得てますので」"

 心の中で思うだけにしていた、死神さんのことがすんなりとバレた。
 ということは、ひょっとしてーー。

「うん、まあ、そう言えなくはないかの。ふふふ。儂はこの世界の神様みたいなもんじゃ」

 にっしっしと彼女は笑い、ポーズを決める。

(……)
「……」
(……)
「……さむさむ」

 そして、寒いことを思い出したのか、いそいそと彼女は和布団の中に戻っていった。尻尾を抱きかかえ、くるんと丸くなるコンちゃん。

 ……こいつ、本当に神様か? 死神さんと同じ気配を感じるのだが。







【おまけ】

死神さんが酔って暴走、さらに悪霊さん失神後の話。

死 「あれー? 悪霊さん。どうしたんですかー? 潰れちゃったんですかー?」
悪 (……)
死 「……。私の話、聞くって言ったくせに。……この、お前もかー! 嘘つき! 嘘つき!」

 ガンガンと酒ビンで殴られる悪霊。やがて、ビンは悪霊の身体にねじ込まれて消えた。

死 「あ……私のお酒……。こらー! 私のお酒、返せー、この野郎!」
 
 ドカドカと拳で殴られる悪霊。死神さんの上司が降臨するまで、彼女の暴走は続いた。
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