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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

国境超え

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 帝都を脱出してから三日目。次の砦へ向かう道中で、俺たちはベティさん達と別れた。彼女たちはこれからモンスターの居そうな地域を周り、討伐しながら帝都へと戻るのだそうだ。
 
 早朝、出発の準備をしていると、ベティさんが挨拶に来た。「なんですかい」とハイデルが威圧的に対応するが、ベティは大して気にもせずに彼を無視し、ケイトに話しかける。

「おはよう、ケイト。クリスと話せる?」
「……クリスだぁ? そんな従業員はーー」
「おはようございます、ベティさん。勿論、構いませんよ。ついてきて下さい。ハイデル、大丈夫。彼の身内だから」

 ケイトは対応を引き継ぐと、ハイデルに目配せをした。「そうですかい」と独り言ちて、ハイデルは警戒を解く。ケイトはクリスくんが乗っているコンテナの前で立ち止まり、声が聞こえるように扉を半開きにした。

「ここです。中に入ると怪しまれるので、私と話す体でお願いします」
「分かったわ。クリス、起きてる? 私だけど」
「……ベティ姉さんですか。おはようございます。どうしたんですか?」
「今日でお別れだから、その挨拶にね。しばらく会えないと思うから」
「そうですか。ベティ姉さん、くれぐれも無茶なことはしないでくださいね。研究所の地下に無理やり侵入を試みたりだとか、怪しい人物を片っ端からぶん殴るだとか」
「そんなことしないわよ。クリスの中の私はそんなに無茶苦茶なの?」

 ベティさんは苦笑する。

「父さんのこととなると見境なくなりますからね。心配なんですよ」
「……あのねえ、クリス。確かに、私はオスカー隊長のことが大好き。大好きだけど、それを理由にそんな無茶はしないわよ」

 ベティさんは自信満々に言う。
 あれー? クリスの父親が死んだと聞かされたときは、今にもすっ飛んでいきそうだったけど。

「……悪霊さんか。あれは、クリスの言い方が悪いよ。いかにも隊長が死んじゃったように言うもんだからさ、ついつい焦っちゃったよ。でも、まだ未確定ってことが分かったし、それなら大丈夫だよ。無理はしない」

 これでも一応、隊長だしね、とベティさんは笑う。

「というか、それはこっちの台詞。クリスこそ無茶はしないで。無理もしないで。できることならこの1件は私達に任せて、クリスはレイジーと一緒にどこかで隠れていて欲しい。……そうだよ。場所も、当面の生活費も私がなんとかするから、クリス達はーー」
「それは駄目です」

 クリスくんはベティさんの言葉を遮る。

「それは、駄目です。僕はこの1件の当事者です。後は誰かに任せて逃げ出すなんて、そんなのゴメンです」

 彼は決意を込めるように、はっきりと言いきった。

「それとベティ姉さんも警察に睨まれてるでしょう。用途不明の大金が動くのも、疑われる理由としては十分です。なので、そんな大金は要りませんよ。まあ、隠れ家やらなんやらは自分で何とかしますので、そんな心配しないで下さい。父さんの口座から貯金を引き出しておいたので、当面はなんとかなりますから」

 しばらく、二人の間に沈黙が流れた。

「……そっか。分かった。でも、本当にピンチになったら助けを呼ぶんだよ。私もクリスが危ないと判ったら、助けに行くから」

 ベティさんは諦めたようにため息をついた。

「……ありがとうございます。そのときは、お言葉に甘えさせて貰います」
「うん。絶対だからね。レイジー。クリスのことよろしくね」
「うん。任せて、クリスは私が守るから」

 コンテナの中から力強い声が聞こえる。ベティさんは「ありがと」と礼を言うと、分隊の皆が居る方へ歩いていった。


 ベティさん達と別れてから10日が経過した。輸送は順調に進み、幾つかの砦と2つの都市を経由して、俺達は帝国とレイダースの国境へと辿り着いた。国境と言っても地形や建物で明確な境界線が区切っているわけではなく、道中で何度も見た砦がぽつんとあるだけだ。そこで入国申請を行うのと同時に、再び検閲を行うそうだ。

(迂回してレイダースに入っちゃ駄目なのか?)
「別に良いけど、運んだ品が商品として卸せなくなるの。あと、ここで発行されるパスポートが身分証代わりになるし、普通は経由するわね。無いと不便だし」

 とは、ケイト談。物品の輸出入は帝国が念入りに管理しているらしく、迂闊に国外のものを売ろうとするとたちまち警察がやってくるそうだ。属国が必要以上に力をつけないように、という思惑もあるらしい。

 道中でモンスターには2度襲われた。両方とも黒犬の群れであり、護衛のみなさんの活躍もあって何とか撃退に成功した。

「私が倒してこようか?」

 モンスターの襲撃をクリスくん達に伝えると、レイジーちゃんはそう提案してきた。「駄目。危ないから」とクリスくんに止められていたが、実際のところ、どうなのだろうか。彼女、前の世界の住人並みに回復するし。まあ、危険な目にあってもらいたくないので、俺もレイジーちゃんを止める側に回ったけれど。


 隠しスペースに潜むだけで、国境超えは難なく成功した。問題なくレイダースへの入国を果たした俺達は、再びトラックに揺られている。まだ陽も高いし、ここではなく次の砦で休むのだそうだ。

(……思ったよりも呆気なかったな)
「そうですね。まあ、困難であるよりはいいでしょう」

 それもそうか。
 さて、無事、国境超えが済んだので、俺達は当初の目的地である宇宙船墜落現場を目指すことになる。ただ、ケイト達とは目的地が異なるので、途中で分かれることになってしまうが。
 
(どこまでケイト達に連れてってもらうんだっけ?)
「レイダースの第二都市、リーゼンベルグまでですね。そこから彼女たちと別れて、ヴェルニカ都市跡まで向かいます」

 彼の言う、「ヴェルニカ都市跡」が宇宙船墜落の最寄り都市だったらしい。なんでもこの都市は2年ほど前にモンスターの襲撃で壊滅したのだとか。

(ん? クリスくん、宇宙船墜落って、何年前?)
「2年前ですね」
(ヴェルニカが壊滅したのは?)
「2年前ですね」
(理由は?)
「モンスターの襲撃により壊滅したと聞いています」
(……)
「……」
(偶然の一致ってことは……)
「おそらくないでしょうね。まあ、偶然のほうが個人的には、ありがたいですけど……」

 クリスくんはため息を漏らす。
 まじかよ。ということは、その都市まるごと、誰かが口封じの為に壊滅させたってことか?

(このこと、ソフィ達には?)
「伝えてありますよ。それはもう、『ありえない!』って顔をしてましたね」

 そうだろうよ。俺もそう思うもの。情報封鎖のために都市ひとつをまるごと壊滅させるとか、規模がおかしい。

「まあ、疑ってるってだけで、証拠も無いですけどね」
(というか、そんなことがあったら絶対に噂になると思うけど……)
「その噂すら根絶やしにしたかったんでしょう。『モンスターの襲撃で壊滅したヴェルニカは、以後モンスターの根城になっているので近づくな』というお触れが軍から出ましたので」

 壊滅跡を誰にも見せたくなかったってことか……。それにしても、また軍か。

(ベティさんは何て言ってた?)
「そっちのほうは、レイダース所属の軍隊の管轄なので分からないそうです」
(ああ、ですよねー……)

 お役所仕事だもんな。末端の構成員まで諸事情が知らされるわけはないか。
 
(えっと、リーシャの言ってた『バラクラード』は道中立ち寄るの? 墜落現場に近いって言ってたよね)

 ライブ直後に承ったリーシャの伝言は、地下水路の秘密基地で彼を発見した際に伝えている。そのときに彼はそのようなことを言っていたのだ。

「そうですね。立ち寄りますが、ヴェルニカ調査後にしようかと。バラクラードはヴェルニカの向こう側にあるので」
(なるほど。でも、『何か困ったことがあったら力になるよ』って言ってたけど、リーシャはどうしたんだろうな。クリスくん、何か心当たりある?)
「いいえ。まったく心当たりはありません。でも……」
(でも……?)

 彼は思案するように手を顎に当てる。

「このタイミングでの助力の申し出は、何かを知ってる・・・・・・・としか思えませんね。敵か味方かは分かりませんが、気を引き締めていきましょう」
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