上 下
70 / 172
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

拗ねヒメ

しおりを挟む
 翌朝。セミルが起きてきた。ヒメちゃんはまだ寝ているようだ。とりあえず、セミルにこの世界を去ることを伝えてみる。ただし、フィクションを交えて死神さんのことがわからないようにしてみた。

「……つまり、昨日の夜、何故か知らないけれど唐突に失われた記憶が戻ったと。その記憶によると、悪霊さんは精神体となって異世界へと渡り『ある物』を探している。その『ある物』の存在する世界は知っているが、その世界に行くまでに幾つか別の世界を渡らないと辿り着けないと。で、そのうちのひとつであるこの世界に来たとき、たまたま転移が失敗してしまい、そのときのショックで記憶を失ってしまった、ねぇー」

 じーとこちらを見るセミル。うん、非常に怪しまれている。俺の話し方がぎこちなかったせいだろうか。

「まあ、悪霊さんにも事情があることは分かってたし、記憶が戻ったんなら良かったね。本当に、世界旅行が終わった日の昨夜に、たまたま,偶然、記憶が戻ったのなら、だけど」

 うわ、言葉に鋭い棘がある。

(い、いやー、確かに。言われてみると、すごい偶然だな。あれかな、昨日は衝撃的な出来事が多かったから、それが影響してるのかもしれんないな。あは、あは、あはははは)
「……実は世界旅行の前には記憶が戻ってた、とか?」
(ん、んー? 何のことかなー?)
「……まあ別に、いいけどさ。それで、いつまでに次の世界に行かなきゃいけないの?」
(今日の夜までに、だな。この世界でのんびりしちゃったから、次の世界には一刻も早く行かないといけない)
「わりと、切羽詰まってる感じ?」
(そ、そうだな)

 じーとこちらを見るセミルさん。俺の姿は見えないはずなのだが、心の奥底を見透かされている気分だ。やがてセミルは視線を落としてため息をつく。

「ん、分かった。そういうことなら仕方ないね。とりあえず、マダムには挨拶するよね。ご飯食べたらすぐに行こうか。ライゼとか、悪霊さんのこと知っているヒトには私が伝えておくよ。住んでる場所、ここから遠いし」

 良かった。納得してくれた。

(すまんな。助かる)
「いいって。悪霊さんにはわりと助けられたからねー。あ、そろそろヒメを起こさなくちゃ」

 ヒメちゃん、昨日眠そうにしてたからな。いつもはヒメちゃんがセミルを起こすんだけど、今日は逆になったか。

「……あ、そうそう、一つ確認したいんだけどさ」

 出ていこうとしたセミルがこちらを振り返る。

(ん? 何だ)
「悪霊さんが次の世界に行くのって、この世界や私達に飽きたから・・・・・って、ことは、……ないよね」

 少しだけ目を伏せて、こちらを見ないようにしてセミルは尋ねる。

(……ああ、それはないよ。断言できる。俺はこの世界で楽しくやれてた。正直、捜し物が無ければこの世界にずっと留まりたいところだ。ヒメちゃんの成長も気になるしな)
「……そっか。それを聞けて、安心した」

 セミルはにっしっしと笑い、ヒメちゃんを起こしに行った。


 朝食後、俺たちはマダムの屋敷へと向かった。食事中にヒメちゃんにも俺が居なくなることを伝えたのだが、寝ぼけているせいか「あっくんどっか行くの? いってらっしゃーい」と言われたので、正しく認識していないと思われる。むしろ、俺と別れるのに本当にそれだけの感想しかなかったら泣いてしまう自信がある。出張前のサラリーマンと違い、今生の別れの可能性もあるのだ。正直言うと、もうちょっと惜しんで欲しい。

 で、マダムとマッドにセミルと同様の説明をしてみた。

「そうかい。自身のルーツがわかったのなら、それに越したことはないね。良かったよ。ただ、ちょっと寂しくなるがね」とマダム。

「悪霊氏。君と過ごした日々は実に刺激的だった。他に世界があることを知れて嬉しかったぞ。また来たときは渡ってきた別の世界の話も聞かせて欲しい」とマッド。

「あ、えっと、悪霊さんとは最後まで話せませんでしたが、最初に思ったよりも良いヒトだなって思いました。捜し物が見つかるといいですね。頑張ってください」とノーコちゃん。

 みんな特に疑っている様子はない。やはり、セミルに疑われたのは彼女との接点が人一倍多かったからか。長い時間を一緒に過ごしたし、他のヒトには感じない違和感を感じたのだろう。

 さて、三人とは挨拶が済んだ。
 残すはヒメちゃんだけだ。俺たちのやり取りを聞いてたので、流石に状況は呑み込めているだろう。

(ヒメちゃん。さっきも言ったけど、俺は次の世界に行かなきゃならない。これでお別れだ。元気でな)
「……」

 ヒメちゃんは答えない。

「ヒメ?」

 セミルがヒメちゃんを覗き込む。

「悪霊さんに、言いたいことある? 今日言っておかないと、もう言えないかもしれないよ? せっかく悪霊さんが別れの時間を用意してくれたんだから」
「……あっくんは、この挨拶が終わったら行っちゃうの?」
(すぐに、じゃないけどな。今日の夜に行くつもりだ)
「そっか……」

 ヒメちゃんはそう言うと立ち上がった。

「ヒメ?」
「ごめん、ちょっと……」

 ヒメちゃんはそう言って部屋から出て行ってしまった。いったいどうしてしまったんだろう。

「悪霊さんとの別れを惜しんで、どこかで泣いているとか?」
(そっか。別れの涙を見せたくないんだな。いいんだよ、ヒメちゃん。お父さんに涙を見せてご覧?)
「悪霊さん、何言ってるの?」

 いやあ、ヒメちゃんが俺との別れを惜しんでると思うと、つい。

 しばらく待ってもヒメちゃんは戻ってこなかった。そんなに涙がとまらないのだろうか。

「どれ、ちょっと見てこようかね」とマダムが腰を上げたところ、屋敷の住人であるソーンが入ってきた。

「ああ、ちょうどよかった。ソーン。ヒメの居場所を知らないかい? 屋敷のどこかに居ると思うんだが」
「え、ヒメちゃん? ヒメちゃんならさっき屋敷を出て行くところを見たよ。どこに行ったのかは知らないけど」

 ソーンの言葉に驚く俺たち。

「ヒメ氏が外へ?」
「何か、忘れ物とかですか?」
「いや、これは……」
(まさか……)
「……ヒメ、逃げたね? 別れの挨拶をしなければ、悪霊さんは次の世界に行かないと思ってるんだ。まったくもう!」

 そう言ってセミルは頭を抱える。

「仕方ない、探しに行こう。まだ遠くには行ってないはずだよ」

 
 セミルの呼びかけで、俺達はヒメちゃんを探し始めた。各自散開して心当たりのある場所を探る。

 俺には友達発見器があるのでヒメちゃんの居場所はすぐに分かる。分かるのだが、すぐに俺が傍に行ってもいいのだろうか。近づいたら逃げられる気がするし、少し時間を置いたほうが気持ちに整理がつくこともある。ちょっとぶらぶらしてから向かうのが良いだろう。

 そう思って、ヒメちゃんから少し離れた場所をうろうろしていると、突然地面が盛り上がった。

(うわっ、なんだこれ)

 盛り上がった地面に裂け目が入り、あろうことか、そこからヒトが出てきた。しかも出てきたヒトは、ヒメちゃん? あれ、おかしいな。友達発見器は別の場所を示しているのだが……。

(ん? ヒメちゃんかと思ったけど、もしかして、サラちゃん?)
「おや、悪霊さんの声がします。もしかして近くに居たりします? これは幸先が良いですね」

 穴から出てきたのは、塔の地下で会ったサラちゃんであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

処理中です...