68 / 172
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
恋の行方
しおりを挟む
数多の刀剣が突き立つ大穴の底。復活したパイルは傍に座っていたグレンに話しかけた。
「……私は、負けたのか」
「そうみたいだね」
「……慰めてはくれないのか?」
「ん? んー。パイルちゃんが慰めて欲しいのならそうするけど、そんなことはないでしょ」
「……そうだな。もし慰めて来たら、そんなことも分からない貴様に愛想を尽かすところだった」
「え、マジで?」
「冗談だ」
パイルは微笑み、グレンは何とも言えない顔をした後、彼も釣られて吹き出した。
「やはり、師匠は強い」
「うん」
「最初は通じた撃槍も、すぐに対応された」
「うん」
「すべての重りを取り払った後の最高速度にも、知っていたかのように対応された。おそらく、読まれていたんだろうな。投擲は囮。身軽になった後の最高速度はこの程度。そして、後がない私が狙う箇所。経験値の差という奴かな? いや、あそこまで追い込まれていた時点ですでに駄目か。経験値うんぬん以前に、選択肢がなくなるほど、私と彼に自力の差があったということか。はは、やはり彼は強い」
「……」
「だが、確実に差は縮まっている」
パイルは上半身を起こす。
「師匠は言っていた。『私にグランさん並の速度はない。シズさん並の耐久力はない』と。だが、裏を返せばそれらを身につければ脅威になるということ。追いつけないと思っていた、彼の背中が見えた気がする。届かないと思っていた、彼の実力に触れた気がする。なあ、グレン。私は今、嬉しいんだ。こうしてはいられないぞ。あと数年で、私は師匠を越えてみせる」
パイルは嬉しそうにグレンに話しかける。
しかし、グレンにとっては胸中穏やかではない。彼には確かめたいことがある。
「パイル。前から思ってたんだが……、お前はその……本気で、バイダルさんのことが……」
「ん? 好きか嫌いかの話か?」
「ああ」
「そうだな。好きだぞ」
「……そうか」
「ああ、勘違いするな。別に恋をしているというわけではない。むしろ、原点に立ち返ったのだ。初心に戻ったと言うべきか。まあ、どちらにせよ、久しぶりに師匠の本気の闘いを見て思い出したのだ。ふふ、クリスタには感謝だな」
「? どういうことだ?」
「私が産まれた洞窟のことを覚えているか? 撃槍が近くにあった場所だ。産まれて初めて会ったヒトが師匠でな。あろうことか師匠はそのとき、体中傷だらけだったんだ。で、幼かった私は彼が敵に襲われてると思ってな。彼のことを守ってあげなきゃと、そう思ったんだ」
-----------------------------------
「……何を嬉しそうにしとるんじゃ? バイダル」
戻ってきたバイダルさんにグランは話しかける。彼の言う通り、確かにバイダルさんの顔はにやけていた。
「おっと、表情に出ていましたかな。失礼。いや、なに、昔のことをちょっと思い出したんですよ」
(昔のこと?)
「はい。パイルと初めて会ったときのことを。
パイルは昔、誰もいない、出口のない洞窟で産まれましてな。産まれて数年はひとりでその洞窟で過ごしていたんです。それで、彼女は自分以外のニンゲンはすべて居なくなってしまったと思ってましてな。だから、私が修行中にその洞窟に突っ込んでしまったとき、傷だらけである私を見た彼女は、外に連れ出そうとした私の手を払い除けて、こう言いましてな。
『外? 行かないわよ。そんなことより、あなた、大丈夫? 傷だらけよ? 安心して、この中なら安全だわ。外にはあなたをそんな風にした敵がいるのね。大丈夫。あなたのことは、私が守ってあげる!』
と。そんなことがあったせいか、本当の世界のことを知った後でも、『強くなって、あなたのことを守ってあげる』と小さかったころはよく言ってましてな。まあ、時が経つにつれ、段々と言わなくなっていったんですが、さっき久しぶりに聞くことができましてな。懐かしくてつい」
はっはっはと笑うバイダルさん。頬を弄ってにやけた顔を元に戻そうとしている。
なるほど。嬉しかったのはそういうことか。愛弟子からそんなことを言われたら師匠冥利に尽きるだろうな。
「とは言え、本気のお主はまだパイルには厳しかったようじゃの」
「なあに、これでようやく踏ん切りがついたでしょう。ここまで形振り構わないパイルは初めて見ました。今までは私のスタイルを踏襲するばかりでしたからな。これから試行錯誤して、より強くなるでしょう。これでようやく本当の意味で巣立ってくれそうです」
「そうか。それはなによりじゃな」
「ええ」
バイダルさんを労うグラン。お互い弟子を持つ身であるがゆえに、通じるところもあるのだろう。
「クリスタ殿」
服を着直したバイダルさんが、クリスタに話しかける。
「さっきはすみませんでした。ああしたほうが、パイルが怒って本気を出しやすくなると思いましてな。痛くはないように致しましたが、大丈夫だったでしょうか?」
「あ、えと、はい。大丈夫です。こちらこそ、急にビンタしてしまってすみません」
「いえいえ。それは、パイルのためだと分かっておりますよ。むしろ、よく私にビンタができましたね。<十闘士>と知ってなおそんなことができるなんて、凄い勇気です。感服いたします」
「え、あの、その、ありがとうございます。嬉しいです」
クリスタを褒めちぎるバイダルさん。クリスタは顔を真赤にして照れている。
「あら? 私よくビンタされるのだけど」
(それはシズさんがビンタされて悦ぶ変態だからです。普通の<十闘士>相手だったら恐ろしくてそんなことできません)
「なるほど」
分かってなかったのか。というか、よくビンタされるのか。そのヒトたち、よくシズさんにビンタしようと思ったな。ああ、闘技場のキクカさんは別。あのとき、シズさん実況サボって眠ろうとしてたし。
「それで、クリスタ殿。私はそんな、貴方のことが好きになってしまいました。私と一緒に暮らしませんか?」
「はい。 喜んで!」
(ん?)
「え?」
「あら?」
疑問符を残して固まる俺たち。
このヒトら、今、何て言った?
「……驚きました。本当によろしいので? いきなり提案しておいて何ですが、まだ会って1時間も経ってないですよ。断られると思ってました」
「あなたの裸体と筋肉と、弟子を想う優しさに惚れました。こちらこそ、そう言おうと思っていたところです」
「それは嬉しいです。承諾いただきありがとうございます」
放心する俺たちをよそに盛り上がる二人。
「戻ったよ、みんな。パイルが修行に専念したいということで、告白の返事は保留になったけど、二人で一緒に修行することになったよ!」
「師匠、本気で戦っていただき、ありがとうございます。そういうことです。次は負けません……よ?」
嬉しそうなグレンと、復活したパイルさんが大穴の底から戻って来た。彼らが目撃したのは、さっきまで戦っていたバイダルさんと、さっき会ったばかりのクリスタが親しげにイチャつくその姿。
「これが恋なの……?」
「だから相談なんてできないんじゃ……」
ヒメちゃんとマダムがぼそりと呟いた。
「……私は、負けたのか」
「そうみたいだね」
「……慰めてはくれないのか?」
「ん? んー。パイルちゃんが慰めて欲しいのならそうするけど、そんなことはないでしょ」
「……そうだな。もし慰めて来たら、そんなことも分からない貴様に愛想を尽かすところだった」
「え、マジで?」
「冗談だ」
パイルは微笑み、グレンは何とも言えない顔をした後、彼も釣られて吹き出した。
「やはり、師匠は強い」
「うん」
「最初は通じた撃槍も、すぐに対応された」
「うん」
「すべての重りを取り払った後の最高速度にも、知っていたかのように対応された。おそらく、読まれていたんだろうな。投擲は囮。身軽になった後の最高速度はこの程度。そして、後がない私が狙う箇所。経験値の差という奴かな? いや、あそこまで追い込まれていた時点ですでに駄目か。経験値うんぬん以前に、選択肢がなくなるほど、私と彼に自力の差があったということか。はは、やはり彼は強い」
「……」
「だが、確実に差は縮まっている」
パイルは上半身を起こす。
「師匠は言っていた。『私にグランさん並の速度はない。シズさん並の耐久力はない』と。だが、裏を返せばそれらを身につければ脅威になるということ。追いつけないと思っていた、彼の背中が見えた気がする。届かないと思っていた、彼の実力に触れた気がする。なあ、グレン。私は今、嬉しいんだ。こうしてはいられないぞ。あと数年で、私は師匠を越えてみせる」
パイルは嬉しそうにグレンに話しかける。
しかし、グレンにとっては胸中穏やかではない。彼には確かめたいことがある。
「パイル。前から思ってたんだが……、お前はその……本気で、バイダルさんのことが……」
「ん? 好きか嫌いかの話か?」
「ああ」
「そうだな。好きだぞ」
「……そうか」
「ああ、勘違いするな。別に恋をしているというわけではない。むしろ、原点に立ち返ったのだ。初心に戻ったと言うべきか。まあ、どちらにせよ、久しぶりに師匠の本気の闘いを見て思い出したのだ。ふふ、クリスタには感謝だな」
「? どういうことだ?」
「私が産まれた洞窟のことを覚えているか? 撃槍が近くにあった場所だ。産まれて初めて会ったヒトが師匠でな。あろうことか師匠はそのとき、体中傷だらけだったんだ。で、幼かった私は彼が敵に襲われてると思ってな。彼のことを守ってあげなきゃと、そう思ったんだ」
-----------------------------------
「……何を嬉しそうにしとるんじゃ? バイダル」
戻ってきたバイダルさんにグランは話しかける。彼の言う通り、確かにバイダルさんの顔はにやけていた。
「おっと、表情に出ていましたかな。失礼。いや、なに、昔のことをちょっと思い出したんですよ」
(昔のこと?)
「はい。パイルと初めて会ったときのことを。
パイルは昔、誰もいない、出口のない洞窟で産まれましてな。産まれて数年はひとりでその洞窟で過ごしていたんです。それで、彼女は自分以外のニンゲンはすべて居なくなってしまったと思ってましてな。だから、私が修行中にその洞窟に突っ込んでしまったとき、傷だらけである私を見た彼女は、外に連れ出そうとした私の手を払い除けて、こう言いましてな。
『外? 行かないわよ。そんなことより、あなた、大丈夫? 傷だらけよ? 安心して、この中なら安全だわ。外にはあなたをそんな風にした敵がいるのね。大丈夫。あなたのことは、私が守ってあげる!』
と。そんなことがあったせいか、本当の世界のことを知った後でも、『強くなって、あなたのことを守ってあげる』と小さかったころはよく言ってましてな。まあ、時が経つにつれ、段々と言わなくなっていったんですが、さっき久しぶりに聞くことができましてな。懐かしくてつい」
はっはっはと笑うバイダルさん。頬を弄ってにやけた顔を元に戻そうとしている。
なるほど。嬉しかったのはそういうことか。愛弟子からそんなことを言われたら師匠冥利に尽きるだろうな。
「とは言え、本気のお主はまだパイルには厳しかったようじゃの」
「なあに、これでようやく踏ん切りがついたでしょう。ここまで形振り構わないパイルは初めて見ました。今までは私のスタイルを踏襲するばかりでしたからな。これから試行錯誤して、より強くなるでしょう。これでようやく本当の意味で巣立ってくれそうです」
「そうか。それはなによりじゃな」
「ええ」
バイダルさんを労うグラン。お互い弟子を持つ身であるがゆえに、通じるところもあるのだろう。
「クリスタ殿」
服を着直したバイダルさんが、クリスタに話しかける。
「さっきはすみませんでした。ああしたほうが、パイルが怒って本気を出しやすくなると思いましてな。痛くはないように致しましたが、大丈夫だったでしょうか?」
「あ、えと、はい。大丈夫です。こちらこそ、急にビンタしてしまってすみません」
「いえいえ。それは、パイルのためだと分かっておりますよ。むしろ、よく私にビンタができましたね。<十闘士>と知ってなおそんなことができるなんて、凄い勇気です。感服いたします」
「え、あの、その、ありがとうございます。嬉しいです」
クリスタを褒めちぎるバイダルさん。クリスタは顔を真赤にして照れている。
「あら? 私よくビンタされるのだけど」
(それはシズさんがビンタされて悦ぶ変態だからです。普通の<十闘士>相手だったら恐ろしくてそんなことできません)
「なるほど」
分かってなかったのか。というか、よくビンタされるのか。そのヒトたち、よくシズさんにビンタしようと思ったな。ああ、闘技場のキクカさんは別。あのとき、シズさん実況サボって眠ろうとしてたし。
「それで、クリスタ殿。私はそんな、貴方のことが好きになってしまいました。私と一緒に暮らしませんか?」
「はい。 喜んで!」
(ん?)
「え?」
「あら?」
疑問符を残して固まる俺たち。
このヒトら、今、何て言った?
「……驚きました。本当によろしいので? いきなり提案しておいて何ですが、まだ会って1時間も経ってないですよ。断られると思ってました」
「あなたの裸体と筋肉と、弟子を想う優しさに惚れました。こちらこそ、そう言おうと思っていたところです」
「それは嬉しいです。承諾いただきありがとうございます」
放心する俺たちをよそに盛り上がる二人。
「戻ったよ、みんな。パイルが修行に専念したいということで、告白の返事は保留になったけど、二人で一緒に修行することになったよ!」
「師匠、本気で戦っていただき、ありがとうございます。そういうことです。次は負けません……よ?」
嬉しそうなグレンと、復活したパイルさんが大穴の底から戻って来た。彼らが目撃したのは、さっきまで戦っていたバイダルさんと、さっき会ったばかりのクリスタが親しげにイチャつくその姿。
「これが恋なの……?」
「だから相談なんてできないんじゃ……」
ヒメちゃんとマダムがぼそりと呟いた。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした
まどぎわ
ファンタジー
激務で倒れ、そのまま死んだ役所職員。
生まれ変わった世界は、魔獣に怯える国民を守るために勇者が活躍するファンタジーの世界だった。
前世の記憶を有したままチート状態で勇者になったが、担当する街は魔獣の出現が他よりも遥かに多いブラック地区。これは出現する魔獣が悪いのか、通報してくる街の住人が悪いのか……穏やかに寿命を真っ当するため、仕事はそんなに頑張らない。勇者は今日も、魔獣と、市民と、共生を目指す。
チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~
てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。
そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。
転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。
そんな冴えない主人公のお話。
-お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
最強執事の恩返し~大魔王を倒して100年ぶりに戻ってきたら世話になっていた侯爵家が没落していました。恩返しのため復興させます~
榊与一
ファンタジー
異世界転生した日本人、大和猛(やまとたける)。
彼は異世界エデンで、コーガス侯爵家によって拾われタケル・コーガスとして育てられる。
それまでの孤独な人生で何も持つ事の出来なかった彼にとって、コーガス家は生まれて初めて手に入れた家であり家族だった。
その家を守るために転生時のチート能力で魔王を退け。
そしてその裏にいる大魔王を倒すため、タケルは魔界に乗り込んだ。
――それから100年。
遂にタケルは大魔王を討伐する事に成功する。
そして彼はエデンへと帰還した。
「さあ、帰ろう」
だが余りに時間が立ちすぎていた為に、タケルの事を覚えている者はいない。
それでも彼は満足していた。
何故なら、コーガス家を守れたからだ。
そう思っていたのだが……
「コーガス家が没落!?そんな馬鹿な!?」
これは世界を救った勇者が、かつて自分を拾い温かく育ててくれた没落した侯爵家をチートな能力で再興させる物語である。
転生王子の異世界無双
海凪
ファンタジー
幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。
特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……
魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!
それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる