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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

塔のムラ

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 塔のムラに着いた俺達は、いつものように空家を見つけて掃除した後、観光に出かけた。行き先はもちろん、目と鼻の先にそびえ立つこの塔だ。セミル達の話によると、塔にはエレベータがあり上まで簡単に行けるのだそうだ。

「いちばーん!」

 そう言ってヒメちゃんは塔までダッシュする。相変わらず元気だな。

(セミル、追わなくていいのか?)
「どっちにせよ中で追いつくから大丈夫。エレベータは時間にならないと動かないから」

 そうなのか。だったら歩いていても大丈夫だな。

 塔の入り口には扉など無く、トンネルのようなアーチの穴が開いているだけであった。明かりが両脇に灯っているので、暗いということはない。中には上りの階段が一つあるだけであった。

「ここをちょっと登った先に広間があって、そこでエレベータを待つから。そこにヒメも居るでしょ」

 セミルが階段を指さして言う。階段を登ると外の音がしなくなった。そして、すぐ目の前に教室二個分くらいの広間があり、ヒメちゃんはその一角にある休憩スペースのような場所に居た。誰かと座って話しているようだ。

 ヒメちゃんはこっちに近づくとダッシュで近づいてきてセミルに抱きついた。

「セミ姉ー!」
「お、ヒメどうしたどうした?」
「この塔、古代人の亡霊が住んでて、マッドを呪い殺すんだって!」
「え、私呪い殺されるの!?」

 突拍子もないことを言い出すヒメちゃん。一体どうしたんだ?

「でも、大丈夫だよ! このお札を持ってれば亡霊は寄って来ないんだってさ!」

 ドヤ顔で奇妙な模様の描かれた御札を見せびらかすヒメちゃん。

「おやおや、これがお連れさんかえ? この塔は初めてかい? だったら悪いことは言わないよ、さっさと帰んな。悪い亡霊が寄ってくるからね。イーヒッヒ」

 さっきヒメちゃんと一緒に居たヒトが話しかけてくる。黒いローブを羽織った老婆だ。室内なのにフードを被ったその姿は、元の世界の悪い魔法使いによく似ている。笑い声までそっくりだ。

「あー、誰かいるなと思ったけど、やっぱりまだやってたんだ。私は2回目だよ」
「私は3回目。飽きもせずによくやるなー。ヒトなんて滅多に来ないだろうに。ノーコは初めてか?」
「はい、そうですね。あの博士、この方はーー」
「ああ、ああ、ダメだよ名前を知ろうとしては、あいつらは名前から命を吸い出すんだ。気を強く保って、名前を知られてはいけないよ。あちらとの結びつきが強くなるからね」

 ノーコちゃんの肩を強く握って老婆は喚き立てる。そしてポカンとするヒメちゃんの方を向き直ると「いいかい、そのお札はしっかりと持っているんだよ。この塔を出るまで、決して落としてはダメだからね」と言って、階段を降りていった。

 と、同時にエレベータと思しき扉が開く。

「あ、みんな、あれに乗るからね」
「セミ姉、亡霊が……」
「はいはいヒメちゃん。さっさと上まで行くよー、扉閉まるから乗ってー」

 全員が乗り込むと同時にエレベータの扉は閉まった。このエレベータ、開閉時間調節できないのか。危ないな。
 そのまま俺達は上昇を始める。慣性が働かない俺の身体には登っている感覚は分からないが、上部についている表示パネルが上昇を示しているので多分登っているのだろう。

「え、嘘なの!?」
「あら、ヒメちゃんは信じちゃってたかー。さっきのお婆さんの話。純粋な良い子に育っちゃったねー」

 上に到着するまで10分くらいかかるそうなので、その時間を利用してさっさとネタバレを始めるセミル。確かに、さっきの老婆は妙に胡散臭かったな。セリフも芝居じみた言い回しだったし。

「誰に似たんだかな。な、悪霊氏」
(セミルでないことは間違いないな。ま、俺だろ)
「……ノーコちゃん。今度マッドを拘束するからさ、たっぷり耳かきしてあげると良いよ。24時間コースで」
「本当ですか!?」
「悪かったセミル。悪いのは全部悪霊さんだ」
(俺は悪くねえ! けど、耳かきは大好きだ。ノーコちゃん、俺の耳ならいつでも空いてるよ?)
「耳の穴どころか、身体全部が穴みたいなもんじゃん、悪霊さんの身体は」
「亡霊は、亡霊はいないの? セミ姉~」

 上に登る間にセミルとマッドがさっきの老婆について話してくれる。何でも、あの老婆はこの塔を初めて登る者に、ヒメちゃんに言ったようなことを吹き込むのだそうだ。

 曰く、この塔には登ってはいけない。古代人の亡霊が魂を呼びに来る。天に近づく者ほど、彼らに魅入られてしまう。だが、この魔除けの御札があれば、耐えることはできる。決してなくしてはならんぞ、と。

「で、怖がるヒトを監察するのが趣味の変人」
「あまり良くない趣味をお持ちだな」
(マッドほどじゃないけどな)
「そうですね。博士よりはマシですよ」
「ノーコ!?」
「そっかー。亡霊は居なかったのかー」

 そう漏らすヒメちゃんの顔は、嬉しいような悲しいようなそんな微妙な顔をしていた。

(ヒメちゃんちょっと残念そうだな。もしかして亡霊に会いたかった、とか?)
「あるいはマッドを呪い殺して欲しかった、とか?」
「あはは、そんなまさか」
「んー。マッドは違うけど、亡霊さんには会いたかったかなー。あ、でもそしたらマッド死んじゃうかもか。身長高いし。念の為マッドがお札持っとく?」

 そう言ってヒメちゃんはマッドに御札を押し付ける。

(意外だな。亡霊には会いたかったのか)
「うん。あのね。亡霊ってあっくんみたいなヒトのことでしょ? もしも亡霊に会えたら、あっくんの身体のことが分かるかも知れないかなーって思ってね。でもそっか。残念、作り話だったのかー」

 寂しそうに言うヒメちゃん。何ということでしょう。彼女は俺の心配をしてくれてたのか。どうしよう、めっちゃ嬉しい。父性に目覚める。お父さんこんな娘が欲しい。この世界に転生してヒメちゃんのパパになりたい。

(ありがとう、ヒメちゃん。俺、その気持だけで嬉しいわ。将来ヒメちゃんみたいな娘が欲しいな)
「娘ってなーにー?」
(そうか知らないか。娘っていうのはだなー……)

 俺が良き父娘について話している途中で、エレベータの音が止まった。どうやら上に着いたようだ。軽快な音がして扉が開く。そこはほぼ全面ガラス張りの360度見渡せる展望台であった。

「すごーい! 高ーい!」
「わ、わ、博士! すごいですね! 地平線の彼方まで見えますよ!」
「そうだな。おっと、あまり下を見るなよノーコ。頭がくらくらするぞ」
「相変わらず、すごいねここは。大陸の端から端まで見渡せそうだ」
(ここ以外に高い建物はないから、見晴らしがすごいな。元の世界の比じゃないや)

 この世界は大気中のゴミが少なく光の減衰が小さいので、遠くまで景色が見渡せる。緑の大地が重なるように連なり、その間を時折走るかすかな線はおそらく河川だろう。俺達が走ってきた緑の道は、この高さからでは判別することもできない。下には極小ミニチュアサイズの家がポツンポツンと建っている。塔のムラ1,2,3だろう。色があるだけ自然物より目立って見えた。

 小一時間くらい景色を堪能して、俺達はエレベータで下に戻った。

(屋上には出れないのかな)
「出ても強風で吹き飛ばされるぞ」

 あ、そうか。俺は風の影響を受けないからいいけど、みんなが吹き飛ばされてしまうな。

「ヒメ氏。これを返そう。君が持っておくといい」

 マッドはヒメに御札を渡していた。

「いいの?」
「うむ。もう亡霊は来ないだろうからな」


 下に到着すると、老婆が出待ちしていた。

「おや、無事だったようだね。亡霊には遭わなかったかい? それは運が良かったね」
 
 イーヒッヒと彼女は笑う。ここまで徹底してくると尊敬の念すら覚えるな。何だろう、お化け屋敷のキャストみたいなもんか。

「じゃあ、お札は返してくれるかい、もう大丈夫だからね…。ありがとうよ。それじゃあ代わりにコレをあげよう。姿は見えずとも生命力を吸われているかもしれないからね。そんなときは、甘いモノを食べるのが一番だ」

 老婆が御札の代わりにお菓子セットをヒメちゃんに渡す

「わ、こんなにいーの? ありがとう!」
「ヒッヒ。みんなで食べなー」

 そう言い残して老婆は音を立てずに階下へと去っていった。

「基本はいいヒトなんだけどね」
「そうだな」

 セミルとマッドは老婆の去っていった方向を見てそう言う。なるほどね、お菓子をくれるからマッドはヒメちゃんに御札を渡していたのか。お菓子を食べながら俺達は根城の家に戻る。ちなみに老婆とは意思疎通ができなかった。

 
 翌日は塔のムラ2と3を周った。といっても見どころは特に無く、妖精さんポイントを周っただけである。昔はよく出現したらしいが、ここ数百年は全然現れないらしく、俺達が周ったときも妖精さんの声は聞こえなかった。


 さらに次の日。俺達は次のムラへ出発しようと荷物をジープに積んでいた。いつものようにムラを去る準備をしていた俺達。違和感を感じたのはヒメちゃんだった。

「聞こえるーー」

 ヒメちゃんはそう呟いて塔の方へと進んでいく。

「ヒメ? どうしたの?」
「セミ姉、塔の方から妖精さんの声が聞こえる! みんなを連れてきて!」

 そう言ってヒメちゃんは進んでいく。

「ヒメ、ちょっと待って! みんな呼んでくるから!」
「前のときより妖精さんの声が小さいの! 先に行くから」

 ヒメちゃんは振り返ってそう言うと、塔の方へと駆けて行ってしまった。

(セミル、俺が先に行く! マッドとノーコちゃんと合流してから来てくれ)
「分かった!」

 俺は急いでヒメちゃんの後を追う。彼女が塔の中へ入ったのが見えた。俺もトンネルの中に入るが、彼女の姿はない。上へと進んだのだと思い、俺は階段を登る。

 教室二個分の広間の中。エレベータの前で一昨日の老婆が立ち尽くしているのが見えた。エレベータの扉は開いたまま動いていない。

(ヒメちゃんは……?)
 
 広間を見渡すが彼女はいない。休憩スペースを探しても居なかった。あの老婆に聞ければいいが、彼女とは意思疎通ができない。

「ヒメ! 悪霊さん!」
 
 息を切らして、セミル達がやってきた。

(セミル。すまん、ヒメちゃんを見失った。塔に入るのは確認したんだが、すれ違ってないか?)
「え? すれ違ってないよ」
「何だ、またあんたらか。今日はダメだね、亡霊の仕業でエレベータが動かない。ときたま動かなくなるんだが、運が悪かったね。また今度来な」

 俺達に気づいた老婆が声を掛けてくる。一昨日とは違った雰囲気だ。コッチが素なのかもしれない。

「あの、小さい女の子を見ませんでしたか? 一昨日お菓子を受け取っていた……」
「女の子? ああ、あの小さい子か。いや、見てないよ。今日来たのはあんた達だけだ」

 俺達は顔を見合わせる。確かに俺は彼女が塔に入るのを見た。ヒメちゃんが塔の入り、セミルたちともすれ違っていないのなら、ここに来ていないとおかしい。隠れるスペースなど無かった。

(ヒメちゃんが、消えた……?)

 妖精を追って、ヒメちゃんは忽然と姿を消してしまった。
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