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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

来客数多

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 ユリカが死んでから一週間が過ぎた。その間に多くのヒトが家を尋ねてくれた。

「失礼します」

 一番最初に来たのは、俺としてはちょっと意外であったのだが、シーアくんであった。付き合いの長いマダムやライゼよりも先に家を尋ねて来た。

「師匠の部屋を見せていただけませんか?」
「師匠? ユリカのこと?」
「はい」
(あいつ、いつの間に師匠になったんだ?)
「ユリカのファンだと思ってた」
「僕も少しは服を作ったりしてまして。その上で師匠のファンだったのですが、初めてお会したときにいきなり共作を持ちかけれましてね。恐れ多いので一旦は断ったんですが、『それなら私のレベルにまで引き上げてやる』と、半ば無理矢理技術を叩き込まれました。それ以来、ユリカさんは僕の師匠です」

 地獄の三日間でした、と彼は遠い目でぼそりと吐き出した。ユリカがシーアくんの家から戻ったときに憔悴していた理由はこれか。コーチも疲れ切る猛特訓だったようだ。セミルのアドバイスは残念ながら役立たずだったらしい。

 セミルの案内で、シーアくんはユリカの部屋に入る。

「うわぁ……」

 思わず漏れた彼の第一声である。間違いなく本音であろう。ユリカは部屋の惨状をそのままにして逝ってしまったので、部屋はそのまま魔境であった。部屋を一瞥して、セミルはすぐに放置することを決定したので、もうこの部屋の床が見えることはないだろう。

「本当に、師匠の部屋?」
「残念ながら」
「まじですか。……この部屋、このままにしてたほうがいいですか?」
「いや、そんなことはないけど。どうして?」
「師匠に『私の死後は好きなものを部屋から持っていって良いよ』と言われているので、何か持ち帰ろうと思ったんですが……」

 なるほど。確かに好きなものを物色し始めたら部屋に雪崩が起きるな。

(どうする?)
「んー。別のいいよ。自由に部屋を見ても。多少、物の配置が変わっても気にするヒトは誰もいないし」
「ありがとうございます」
「それじゃ、これ」

 と、セミルは掃除道具一式をシーアくんに押し付けた。

「えっと……」
「さすがに全部キレイに掃除するのは無理そうだから、ゴミと分かるものだけは捨てといてくれる? あと、汚れると思うからエプロンでも着てね」
「わかりました」

 シーアくんはセミルにお礼を言い、準備を整えて部屋に突入していった。セミルのやつ、体よく掃除を押し付けやがったな。シーアくん、無事に生きて戻れるといいな。

 半日後、部屋は少しはマシになった。魔境が密林になった程度だが、シーアくんが道を作ったため見通しは良くなった。お疲れ様。
 
 シーアくんはユリカの作った服を数着と、裁ち鋏を持っていくようだ。「オリジナルですからね。嬉しいです」と彼は言っていた。複製品は持っているということか。確か、ボタンひとつでユリカの服も『取寄せ』できるんだよな。

(オリジナルと取寄せたものって何か違うのか?)
「やっぱり、オリジナルの方が良い?」
「そうですね。微妙にこっちのほうが布の固定が柔らかい部分がありますね。恐らく、着る人の身体により合ったものになると思います。特に動いているときに。これは師匠が自分用に作った服なので、持っていっても大丈夫でしょう。参考にさせてもらいます」
「あー、ユリカの服が動きやすかったのは、それか」

 納得したのか、セミルはうんうんと頷いている。

「それではこれで、失礼します」
「片付けどうもねー」

 挨拶もそこそこに、部屋の片付けに疲れ切ったシーアくんは帰っていった。

 
 それからポツポツとセミルとユリカの知り合いが来ては、少し話をして帰っていった。みんな事情は分かっているのか、ユリカのことを深く聞いたりはしない。そもそも事情が話されていないものは大して深い仲だったわけでもないので、恐らく今際のメッセージも届いていないのだろう。今来ている彼らは皆、ユリカの死を知っているようだが、残されたセミルを心配して来ているようだった。

 音を立ててジープが止まった。次にやってきたのは旅人のライゼであった。

「やあ。ユリカに部屋の物を持ってっていいって言われたから、来たよ」
「うん」
「悪霊さんは、まだいる?」
「居るけど……。何か分かったの?」
「いや。セミルがひとりじゃなさそうで、安心しただけ」
「そう。……子供扱いしてる?」
「いや、そんなことはない。ただ、ユリカの後を追わないか心配しているだけだ」
「……」
「まさか、本気でそう思っているわけじゃないよな」
「……ねえ。ライゼはユリカの不調のこと、知ってた?」
「……ああ、知ってたよ。心当たりを訊かれたからな」
「そう。私は知らなかった。だから、頼りにされなかった自身の不甲斐なさと、心配かけないように秘密にしていたユリカの優しさとが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている」

 そう言って、彼女は玄関の壁を思いっきり殴る。バキリという嫌な音がしたが、彼女は特に気にしていないようだ。

「だからいまは、後を追わないよ。退屈な世界に絶望なんてしてないからね。……ごめんね。ちょっと出てくる。部屋は好きに見てっていいから」
「……分かった」

 セミルは家を出ていってしまった。玄関の扉がしまった後で、ライゼは口を開く。

「すまない悪霊さん。もし聞いてるなら、セミルに付いていてやってくれないか?」
(言われなくともそのつもりだよ)

 俺の声はライゼには聞こえてないだろうが、そう答えて俺はすぐに家を出る。友達発見器で居場所を探ると、家の裏手に居ることが分かった。彼女の側までできるだけ速く俺は移動する。モモモのうろついている辺りに彼女は居た。うつ伏せで寝そべっている。腕はもう治っているようだが、その体勢は苦しくないのだろうか。

 彼女はそのまま5分位寝そべっていたが、ゴロンと半回転して仰向けになる。

「悪霊さん、いる?」

 ぽそりと彼女は呟いた。

(いるよ)
「あ、本当にいた。……ごめんね。心配かけて」
(気にすんな)

 しばらく、俺達は黙る。風が吹き抜けて、草原に規則正しい模様ができる。

(俺も……てな)
「え?」
(俺も、自分に不甲斐なさを感じていてな。ユリカのとはまた違うだろうけどさ)
「……そう」
(俺はユリカと最後まで一緒に居たのに、彼女を止めるどころか、何ひとつ俺の気持ちを、言葉を伝えることができなかった。結果的に、セミルが来るまでただ黙って見てることしかできなかった)
「……」
(セミルが不甲斐ないなら、俺はそれ以上に不甲斐ないクソみたいな悪霊だ)
「……でも、悪霊さんの声が聞こえないのは、悪霊さんじゃどうにもできないことなんでしょ? だったらそれは、仕方ないよ」
(俺が仕方ないなら、セミル。お前がユリカの不調を知らなかったのも、仕方のないことだ)
「……そんなことない」
(いいや、そんなことあるね。ユリカはお前に自分の不調を秘密にしてた。マッドなんかノーコちゃんを人質に爆弾で口止めを強要されたらしいぞ? お前が譬えマダム並みの知識を持っていたとしても、ライゼみたいに世界を飛び回っていたとしても、ユリカは絶対にお前には相談しなかった。お前に心配かけるようなことはしなかった。だから、これは仕方のないことだ)

 再び俺達は黙る。と、ユリカの腕に何かが触れた。モモモがずりずりと身体を寄せていた。

「仕方のないこと、なのかな」
(間違いなく、な)
「……ん。そっか。悪霊さん、ありがとね」
(気にすんな)

 セミルはモモモを軽く撫でると、体を起こした。

「さて、と。ライゼも来てることだし、戻ろうか」
(そうだな)

 俺達が家に戻ると、ライゼは既に物色を終えていた。選んだのは小さな肩掛けバッグである。「使い勝手が良さそうだ」とライゼは言っていた。

 ライゼと別れたあとにマダムが来た。屋敷の連中はつれずに、マダム一人だけであった。マダムは神妙な顔でセミルに話しかける。

「セミル。気を落とすでないぞ。私もユリカの力になれなかったことを不甲斐なく思っていてーー」
「あ、マダム。そのくだりさっきやったんで大丈夫だから」
「ーーえ?」
「2回目は恥ずかしいので勘弁して」
「え?」

 マダムは不思議そうな顔をしていた。
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