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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

ユリカの部屋

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「え? 悪霊さんと意思疎通できる人がいたんだ?」

 リビングにて、寝起きのユリカとワンピースを着たセミルが話している。

「そうそう。しかも、誰だと思う? なんと、十闘士のバイダルさんだよ」
「へー。あのマッチョ紳士おじさんか。セミ、マダム、バイダルさん……。うーん、相性の法則が読めないねぇ」

 ズーと、ユリカは啜るようにお茶を飲む。セミルはポーズを決めて、ユリカの反応を伺っていた。試着をしてもらい、修正があれば直すのだそうだ。

(うーん。全員に共通するものか。何だろうな。性格が変人とか?)
「いや、私はマトモでしょうよ」
(それはどうだろうか)

 それぞれ、セクハラ変態おじさん、三千年生きたババ、美しき股間の紳士だからな。変人カテゴリには十分に入ってると思うぞ。

「それに変人っていうならユリカもでしょ。寝食を忘れ縫製作業に勤しむ姿はまさに狂人。それに、記憶力もいいし」

 そういえば、シーアくんの家で作業に没頭してたんだっけな。彼も据膳でかわいそうに。

(記憶力? ユリカは頭いいの?)
「頭いいかどうかは知らないけど、頭抜けてるわよ。一度見た形は二度と忘れないから」
(へー! そいつはすごいな。瞬間記憶能力か!)
「瞬間記憶能力? 何それ。そんな能力を持ったヒトが、悪霊さんの世界に居たの?」
(ああ、一度見たもの、聞いたものを忘れない人をそう呼ぶんだ。瞬間記憶能力を持つ人は本当にマレでな、俺も会ったことはないんだ)

 とすると、確かにユリカも変人カテゴリには入るな。まあ、意思疎通ができるか否かにはきっと法則とかなくて、運みたいなもんなんだろう。この世界の住人は、元の世界を基準に考えると大概が変人だし。

「ふーん、その瞬間記憶能力者、は滅多にいないんだ。なんで、忘れないんだろうね」

 ユリカが訊く。

(それは分からない。俺も詳しくはないが、未だに謎だな。記憶を司る脳の回路が、他人と違うのかもしれない)
「絶対に保存した情報が失われないんだね」
(あるいは逆に、瞬間記憶能力は、保存した情報を正確に素早く思い出せるものかもしれない)
「? どういうこと?」
(ゴミ箱に穴が空いているか、穴のないゴミ箱から欲しいものを取り出せないかの違いだな。情報そのものが失われているか、情報へとアクセスする術がないのかの違い)
「そっかー。私はどっちなんだろうな……」

 それは分からない。

「……どういうこと?」

 通訳をしていたセミルにはよく意味が分からなかったようで、ユリカがもう一度説明していた。


「……セミ、背中にちょっと肉ついた?」

 腕をぐるんぐるん回すセミルに、ユリカは言う。

「えー、自分じゃ分かんない」
「背中は(プレイ中)あまり見ないからな……。気づかなかった。ごめん、ちょっと仕立て直すから返してくれる?」

 「ほいほい」と首肯して、セミルはワンピースを脱いでいく。下着姿になるが、最近は見慣れてきたので俺はもう動じない。この人、ちょっと暑いとすぐ脱ぐんだもの。そんなん、童貞でも耐性つくわ。最初のあの恥じらいはなんだったのか。

(すごいな。これも記憶力がいいから分かったのか)
「いや、服がちょっと引き攣ってて動きづらそうに見えたから」

 あ、そうですか。

「まあ、モノの長さとかカタチが見ただけで分かるし、縫製に役立っているのはたしかだけどね」
(ほーん。あ、部屋で作業するんだろ? 部屋を見せてもらってもいいか?)
「なら私も行こう。久しぶりだユリの部屋。大丈夫かな」
(ん? 大丈夫とは)
「すぐに分かるよ」

 俺達はユリカの部屋に移動する。

「じゃーん! ここが! 私の部屋です!!」

 と開け放たれた内開きの扉。明かりが照らす部屋の様子を一言で表すならば、この表現が適切であろう。

(ゴミ部屋……)

 机と椅子とベットと棚と、布と服と糸とロープと本とマネキン人形及びその一部と飲食物とそれらの残骸とその他形容し難い物体Xで、脚の踏み場のない汚部屋が目の間に広がっていた。

「変わってないねぇ……」

 ユリカが先陣を切り、セミルがその後についていく。

(よくこの部屋で過ごせるな)
「ユリカには何がどこにあるか分かってるんだって。だから、ギリギリで移動できる脚の踏み場はあるようで、っと。私は分からないから、いつもユリカの踏んだところを踏むようにして進んでる」

 記憶能力の無駄遣いだな。迂闊に触ったら雪崩が起きそうで、いくら場所を覚えていてもこのほうが効率悪いだろう。

「それ全部言ったことある。土台はしっかりしてるから大崩落はしないそうで、なおかつ自分は一度も崩したことがないんだってさ、とアブね。それ以来、私はこの部屋に入ることを控えている」
「そうかー。悪霊さんもこの部屋の機能美はわからないかー」

 ゴミを抜けて作業机の椅子に座ったユリカが言う。いや、機能美とかないだろ。美しさが欠片も見えんのだが。そうセミルが伝えると、ユリカは近くにある紐を引っ張った。

 かたん、ことんと部屋のあちこちから音がして、やがて机の上にお菓子がコロンと転がった。

「ね、機能美♪」

 それ絶対機能美と違う。ピタゴラ的なスイッチやん。
 セミルはようやく作業机の側まで来て、置いてあった小さい丸椅子に座った。

「ふー。ようやく着いた。ゴミくらいは片付けろっていつも言ってるのになぁ……」
「まとめてやったほうが効率的なのさ」
「年単位はまとめてと言わない」
(単にモノグサなだけだな)
「ちぇー」

 ユリカは口を尖らせるも、ワンピースを広げて直しを始める。

(時間がかかるもんなの?)
「いや、すぐだよ。ちょっとした修正ならすぐできるように作ってるから」

 そうユリカは答える。直す部分の糸を外してセミルの身体に合うように再縫製する。迷いなく手が動いているので素人目には簡単にやっているように見えるが、絶対にそんなことないんだろうな。

「よし、できた。これでダイジョブ」

 5分もかからず、ユリカはそう宣言した。俺達は再び試着するためにリビングへ戻った。
 この部屋に俺が来ることは、おそらく二度とないだろう。閉まるドアを振り返ってしみじみと俺は思った。
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