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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
コロシアム
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「ふぅううう……! 私の、この姿を望んだものは、果たして何人目でしたかな? そう多くは居らぬはずですが……」
ボタンはおろか、バイダルさんに纏うすべての服が筋肉によって弾け飛んでいた。
「いやあ失敬。ご存知だとは思いますが、私の服は<枷>のようなものでしてなぁ。これがあると満足に戦えんのですよ」
いや、唯一、パンツだけが残っていた。しかもそのパンツ、有ろう事か黄金の輝きを放っている。黄金のパンツだ。
「きゃー!」
「な、なんの騒ぎだ……!」
俺たちの周囲には、異音を聞きつけたギャラリーが集まってくる。
「むぅ……、あの姿は……」
(知っているのかセミル)
「ええ。あれはおそらく パンツ一張羅。バイダルさんが本気で闘うときだけ身につける戦闘服よ。彼の闘いは何度か観たことがあるけど、いつも普通の服だったから噂だと思っていたわ」
え、まじなの。まじで闘う流れなの?
「しかし、悪霊殿も人が悪い。私のことなど知らぬフリをしておいて、しっかりと闘いを要求してくるとは……。さ、おまたせして申し訳ありません。コロシアム<十闘士>のひとりにして、パンツ一張羅バイダル!いざ、尋常に勝負!」
た、闘いを要求した覚えなんてないんですけどぉ!
「はは、ご冗談を。パンツ一張羅を見せろと要求されていたではありませんか。しかも、至近距離の真正面から声はするのに全くもって気配を感じぬ。私より上位の方々でもそんなことはできませんでした。……見て下さい、鳥肌が立っていますよ」
構えるバイダルさんの腕は、確かに鳥肌が立っていた。
「少なくとも、私より強いことは明白。本気を出さぬなどあり得ない」
バイダルさんは油断なく構え、警戒を怠らない。パンツが彼の戦闘服だとは思ってもなかった。魔法の呪文の副作用だな。誤解なんだが、戦闘態勢のバイダルさんに果たしてうまく説明できるかなー。
「バイダルさん、それ違う。悪霊さんは妖精さんの仲間」
「ははは、何を言うセミル殿。こんなに話せる妖精さんなんて、いるわけ無いですよ」
「意識だけはニンゲンなんだって」
「ふむ、妖精にニンゲンの意識? またまた、ご冗談を。このバイダル、生まれて数百年は経ちますがそんな奇っ怪なもの見たことも聞いたこともありませんぞ」
セミルが説明してくれるが、なかなか構えを解こうとしない。うーん、なんと言えばいいのか。というか、マダムに続いて二人目だよ普通にパンツ見せてくれたニンゲン。この世界のヒト達は、羞恥心とかないの?
「……マダム? 今、マダムと言いましたかな?」
(え? ああ、言いましたけど、それがどうかしました?)
「マダム殿とは、どのような関係で?」
(えっと、友達……かな)
バイダルさん、マダムとも知り合いなのか。まあ、二人共高齢っぽいし、この狭い世界では知り合いでないほうが珍しいかもしれないな。
「つまり、マダム殿も、悪霊殿のことはよく知っていると……?」
(まあ、そうですね)
「パンツを見せ合う仲だしねー」
(それはまたあらぬ誤解を招くから止めて下さいセミルさん)
見せあってはいない。一方的に見せられただけだ。いや、こちらから要求したわけだから一方的とはまた違うか。
「……ふむ。どうやら何か事情がおありのようですな。少し話をさせていただいてもよろしいですか?」
そう言ってバイダルさんは構えを解いた。おお、マダムと知り合っていて良かったぜ。不毛な闘いは避けられたようだ。
かくかくしかじか。
まるまるくまぐま。
「……なるほど、別の世界から参ったと。いやはや、なかなか鵜呑みにし難い話ですな」
(ですよねー。俺もこんな姿?だし、信じて貰えるとは思ってないですよ)
「ああ、いや、悪霊殿が信じられない、というわけではないです。話を聞いている限り、あまり嘘がつけない性格のようだ。どちらかといえば、話の内容の方ですな、信じられないのは」
「そうそう。信じられない内容だから、聞いていて飽きないんだよねー」
ケラケラとセミルは笑う。そういえば、セミルは俺の話を最初からそんな風に聞いてたっけな。
(いやでも、バイダルさんと意思疎通ができてよかったですよ、本当。知り合いが増えるのは嬉しいですし、助かります)
「そうでしょうとも。しかし、悪霊殿のような存在には心当たりはありませんなぁ。お力になれず、申し訳ない」
そう言って、バイダルさんは頭を下げる。うーん、本当に紳士的なヒトだ。
「二人はコロシアムを観に来たんですよね。でしたら、私がコロシアムをご案内しましょう。ちょっと服を着てきますので、しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」
彼の言葉に俺とセミルは了承する。これ以上、バイダルさんの半裸姿を見るのは目に毒であったので、その申し出はありがたかった。ちなみにセミルは彼の筋肉をペチペチと触っていたのでちょっぴり名残惜しそうであった。
「こちらがコロシアムです。今闘っているのは、100位前後の連中ですな」
(へー)
俺たちは観客席から闘技場を見下ろしていた。闘技場は円形の石舞台と、それを囲う緑の大地とで成っている。障害物などは特に無く、物陰に隠れることはできないようだ。
現在、重装備をつけた二人が闘技場で銃を打ち合い文字通り火花を散らしていた。お互いの火力をお互いの防御力が上回り、膠着状態になっている。
(ルールは?)
「行動不能になり、場外に投げ出された時点で負けですな。裏を返せば、行動不能になっても場外に投げ出されなければ負けとなりませんし、行動可能な状態で場外に居ても負けではありません」
(とすると、対戦相手を弄んだり、対戦相手から逃げ回ったりが可能じゃないのか?)
「ええ、ですから制限時間がついてますな。それが過ぎたらドローとなります。ドローのときはランキングのポイントが変動しません」
(制限時間はどれくらい?)
「3日ほど」
(長くない?)
「長期戦が得意な者に配慮してのことでしょう。といっても、ルールは我々が決めたものではないので、詳細な理由については存じませんな」
ふうん。じゃあ誰が決めてるんだろう。
「さぁ、それについても存じませぬな。私が生まれる前よりコロシアムはありまして、コロシアム建設以来ルールは変わっていないと聞いております」
(ほうほう。武器とかは何使ってもいいの?)
「自由ですな。爆弾を持ってきて、コロシアムに配置しても構いません」
(え、そんなんもありなの? コロシアム壊れない?)
「今の所、その心配はありませんな。コロシアムを壊そうと、共謀して大量の爆弾を持ち寄り一斉に爆破した二人組がおりましたが、罅すら入りませんでしたので。ちなみに二人は木っ端微塵となって場外に吹き飛びドローでしたな」
(まじかよ。一体何でできてるんだ、このコロシアム)
「みんな疑問に思っているんですが、未だに謎ですな」
(へー)
持ち込みありで、重火器はおろか爆弾も使用可能と。しかも、ただの場外では負けにならず、行動不能にさせる必要があると。ただし、参加者は皆不死身で、防具も銃弾を弾くくらいには強力だから……。
(これ、決着つくの?)
「着きますよ。確かに今は膠着状態ですが、鎧の隙間の眼か関節に弾が当たるか、お互いに弾が尽きたら状況は動きます」
お。バイダルさんの言葉通り、状況が動いた。少し細いヒトの撃った弾が、相手の片眼に当たったらしい。撃たれたほうはまだ意識があるようで、兜の隙間から片手を入れ弾を無理やり摘出しようとしている。もう片方の手はショットガンを撃ち相手を牽制して、回復の時間を稼ごうと離れだした。
細いヒトはその隙を逃さぬよう、目を潰したことで生じた死角に周りつつ距離を詰めていく。少々弾が当たるも、まともにはヒットしないので、徐々に二人の距離は狭くなる。
と、そこで撃たれたヒトの背後が爆発した。爆風をもろに受け、手前側に吹っ飛ぶ。細いヒトは、弾が相手の眼に当たったとわかったときに、フリスビーのような物体を男から少し離れた場所に投擲していた。その場所に相手を追い詰め、このタイミングで爆発させたのだろう。眼を撃たれたヒトは、その物体に気づかなかったようだ。
吹っ飛んだ男の先にはフック付きの網が待ち構えていた。細いヒトが懐から取り出したもので、ギミックがあるのか放射状に広がり相手を絡め取る。網に絡まり、さらに細いヒトに抑え込まれて動けなくなった相手は、なんとかしようとやたら滅多らに足掻いたが、やがて首をナイフで切られて意識を失い、そのまま場外で決着となった。
(おー。決まるときは一気に決まるんだな)
「まあ、80位まではこんな試合が多いですな。相手の攻撃を急所を避けて耐えつつ、隙を作ってそこを突く。常套手段ですが、パターンができてしまうので観てて面白い試合ではないですな」
(いやあ、俺は初めて観るからな。いろいろ工夫してあって、面白そうだ)
「それは何よりです」
「うひゃあ、最後はきれいに決まったなー! すごいすごい!」
セミルは拍手して、勝者にエールを送っていた。100位前後でこのレベルの闘いか。その前後はどうなんだろう。
(ちなみに、セミルの試合はどんな感じなんだ?)
「撃って投げて爆発して、気がついたら勝ってた。すごいスッキリした」
あ、なるほど。500位くらいは初心者って感じなんだな。
(バイダルさんは?)
「格下相手では話になりませんな。蹴って終わりです」
(実力が同じくらいの相手では?)
「一瞬で勝負が決まるか、長期戦になるかのどちらかですな。私くらいになるとお互いに銃が効きませんので、ギミック勝負というよりは肉弾戦という感じですな」
(なるほど、道具を使わないほうが強くなるのか。ますます観たくなったな)
「では、そのレベルのバトルが執り行なわれるときは、セミル殿に連絡いたしましょう。セミル殿、悪霊殿にお伝え願えますかな」
「もちろん、いいよ。それは私も観たいし。楽しみにしてるね」
すごい楽しみだ。銃が効かないニンゲンはフィクションにしかいないと思っていたが、異世界転生(仮)したことで、それが目の当たりにできるんだ。楽しみでないはずがない。
……ん?
(ちょっと思ったんだけど、銃が効かないヒトが居るってことは、そのヒトらが徒党を組んでそれ以外のヒトを制圧しちゃったら、世界征服とか容易じゃない?)
「んー、できないことはないだろうけど、まずありえないだろうね」
「ですな」
(どうして?)
「基本的にそのレベルのニンゲンはコロシアムにしか興味が無く、徒党も組みたがらないですな」
この私のように、とポーズを決めてバイダルは言う。ビシィと、ボタンが一つ飛んだ。
「あとは、多分この世界で一番か二番に強いニンゲンが、世界征服とか嫌いだから」
とセミルが言う。なるほど、抑止力が居るんだな。
(へー。そんなヒトが居るんだな。誰? ランキングで何位のヒト?)
「ランキングは1位、2位、3位が桁違いにポイント高く、不動三って呼ばれておりましてな。その3位の方が、そういうことがお嫌いでして。ちなみに、2位はもう亡くられており、1位は行方不明ですので、実質の世界最強ですな」
(おお!)
世界最強! 俺からすると異世界最強か! いい響きだ。バイダルさんよりも強いのか。肉体があったころの俺なら気後れしていただろうが、今は意識だけの存在だし、ぜひとも一回お会いしてみたい。
「っていうか、マダムだよ」
(……へ?)
「不動三マダム。我らが親愛なる世界最強は、悪霊さんのお友達。言ってなかったっけ?」
言ってまへんがな。
ボタンはおろか、バイダルさんに纏うすべての服が筋肉によって弾け飛んでいた。
「いやあ失敬。ご存知だとは思いますが、私の服は<枷>のようなものでしてなぁ。これがあると満足に戦えんのですよ」
いや、唯一、パンツだけが残っていた。しかもそのパンツ、有ろう事か黄金の輝きを放っている。黄金のパンツだ。
「きゃー!」
「な、なんの騒ぎだ……!」
俺たちの周囲には、異音を聞きつけたギャラリーが集まってくる。
「むぅ……、あの姿は……」
(知っているのかセミル)
「ええ。あれはおそらく パンツ一張羅。バイダルさんが本気で闘うときだけ身につける戦闘服よ。彼の闘いは何度か観たことがあるけど、いつも普通の服だったから噂だと思っていたわ」
え、まじなの。まじで闘う流れなの?
「しかし、悪霊殿も人が悪い。私のことなど知らぬフリをしておいて、しっかりと闘いを要求してくるとは……。さ、おまたせして申し訳ありません。コロシアム<十闘士>のひとりにして、パンツ一張羅バイダル!いざ、尋常に勝負!」
た、闘いを要求した覚えなんてないんですけどぉ!
「はは、ご冗談を。パンツ一張羅を見せろと要求されていたではありませんか。しかも、至近距離の真正面から声はするのに全くもって気配を感じぬ。私より上位の方々でもそんなことはできませんでした。……見て下さい、鳥肌が立っていますよ」
構えるバイダルさんの腕は、確かに鳥肌が立っていた。
「少なくとも、私より強いことは明白。本気を出さぬなどあり得ない」
バイダルさんは油断なく構え、警戒を怠らない。パンツが彼の戦闘服だとは思ってもなかった。魔法の呪文の副作用だな。誤解なんだが、戦闘態勢のバイダルさんに果たしてうまく説明できるかなー。
「バイダルさん、それ違う。悪霊さんは妖精さんの仲間」
「ははは、何を言うセミル殿。こんなに話せる妖精さんなんて、いるわけ無いですよ」
「意識だけはニンゲンなんだって」
「ふむ、妖精にニンゲンの意識? またまた、ご冗談を。このバイダル、生まれて数百年は経ちますがそんな奇っ怪なもの見たことも聞いたこともありませんぞ」
セミルが説明してくれるが、なかなか構えを解こうとしない。うーん、なんと言えばいいのか。というか、マダムに続いて二人目だよ普通にパンツ見せてくれたニンゲン。この世界のヒト達は、羞恥心とかないの?
「……マダム? 今、マダムと言いましたかな?」
(え? ああ、言いましたけど、それがどうかしました?)
「マダム殿とは、どのような関係で?」
(えっと、友達……かな)
バイダルさん、マダムとも知り合いなのか。まあ、二人共高齢っぽいし、この狭い世界では知り合いでないほうが珍しいかもしれないな。
「つまり、マダム殿も、悪霊殿のことはよく知っていると……?」
(まあ、そうですね)
「パンツを見せ合う仲だしねー」
(それはまたあらぬ誤解を招くから止めて下さいセミルさん)
見せあってはいない。一方的に見せられただけだ。いや、こちらから要求したわけだから一方的とはまた違うか。
「……ふむ。どうやら何か事情がおありのようですな。少し話をさせていただいてもよろしいですか?」
そう言ってバイダルさんは構えを解いた。おお、マダムと知り合っていて良かったぜ。不毛な闘いは避けられたようだ。
かくかくしかじか。
まるまるくまぐま。
「……なるほど、別の世界から参ったと。いやはや、なかなか鵜呑みにし難い話ですな」
(ですよねー。俺もこんな姿?だし、信じて貰えるとは思ってないですよ)
「ああ、いや、悪霊殿が信じられない、というわけではないです。話を聞いている限り、あまり嘘がつけない性格のようだ。どちらかといえば、話の内容の方ですな、信じられないのは」
「そうそう。信じられない内容だから、聞いていて飽きないんだよねー」
ケラケラとセミルは笑う。そういえば、セミルは俺の話を最初からそんな風に聞いてたっけな。
(いやでも、バイダルさんと意思疎通ができてよかったですよ、本当。知り合いが増えるのは嬉しいですし、助かります)
「そうでしょうとも。しかし、悪霊殿のような存在には心当たりはありませんなぁ。お力になれず、申し訳ない」
そう言って、バイダルさんは頭を下げる。うーん、本当に紳士的なヒトだ。
「二人はコロシアムを観に来たんですよね。でしたら、私がコロシアムをご案内しましょう。ちょっと服を着てきますので、しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」
彼の言葉に俺とセミルは了承する。これ以上、バイダルさんの半裸姿を見るのは目に毒であったので、その申し出はありがたかった。ちなみにセミルは彼の筋肉をペチペチと触っていたのでちょっぴり名残惜しそうであった。
「こちらがコロシアムです。今闘っているのは、100位前後の連中ですな」
(へー)
俺たちは観客席から闘技場を見下ろしていた。闘技場は円形の石舞台と、それを囲う緑の大地とで成っている。障害物などは特に無く、物陰に隠れることはできないようだ。
現在、重装備をつけた二人が闘技場で銃を打ち合い文字通り火花を散らしていた。お互いの火力をお互いの防御力が上回り、膠着状態になっている。
(ルールは?)
「行動不能になり、場外に投げ出された時点で負けですな。裏を返せば、行動不能になっても場外に投げ出されなければ負けとなりませんし、行動可能な状態で場外に居ても負けではありません」
(とすると、対戦相手を弄んだり、対戦相手から逃げ回ったりが可能じゃないのか?)
「ええ、ですから制限時間がついてますな。それが過ぎたらドローとなります。ドローのときはランキングのポイントが変動しません」
(制限時間はどれくらい?)
「3日ほど」
(長くない?)
「長期戦が得意な者に配慮してのことでしょう。といっても、ルールは我々が決めたものではないので、詳細な理由については存じませんな」
ふうん。じゃあ誰が決めてるんだろう。
「さぁ、それについても存じませぬな。私が生まれる前よりコロシアムはありまして、コロシアム建設以来ルールは変わっていないと聞いております」
(ほうほう。武器とかは何使ってもいいの?)
「自由ですな。爆弾を持ってきて、コロシアムに配置しても構いません」
(え、そんなんもありなの? コロシアム壊れない?)
「今の所、その心配はありませんな。コロシアムを壊そうと、共謀して大量の爆弾を持ち寄り一斉に爆破した二人組がおりましたが、罅すら入りませんでしたので。ちなみに二人は木っ端微塵となって場外に吹き飛びドローでしたな」
(まじかよ。一体何でできてるんだ、このコロシアム)
「みんな疑問に思っているんですが、未だに謎ですな」
(へー)
持ち込みありで、重火器はおろか爆弾も使用可能と。しかも、ただの場外では負けにならず、行動不能にさせる必要があると。ただし、参加者は皆不死身で、防具も銃弾を弾くくらいには強力だから……。
(これ、決着つくの?)
「着きますよ。確かに今は膠着状態ですが、鎧の隙間の眼か関節に弾が当たるか、お互いに弾が尽きたら状況は動きます」
お。バイダルさんの言葉通り、状況が動いた。少し細いヒトの撃った弾が、相手の片眼に当たったらしい。撃たれたほうはまだ意識があるようで、兜の隙間から片手を入れ弾を無理やり摘出しようとしている。もう片方の手はショットガンを撃ち相手を牽制して、回復の時間を稼ごうと離れだした。
細いヒトはその隙を逃さぬよう、目を潰したことで生じた死角に周りつつ距離を詰めていく。少々弾が当たるも、まともにはヒットしないので、徐々に二人の距離は狭くなる。
と、そこで撃たれたヒトの背後が爆発した。爆風をもろに受け、手前側に吹っ飛ぶ。細いヒトは、弾が相手の眼に当たったとわかったときに、フリスビーのような物体を男から少し離れた場所に投擲していた。その場所に相手を追い詰め、このタイミングで爆発させたのだろう。眼を撃たれたヒトは、その物体に気づかなかったようだ。
吹っ飛んだ男の先にはフック付きの網が待ち構えていた。細いヒトが懐から取り出したもので、ギミックがあるのか放射状に広がり相手を絡め取る。網に絡まり、さらに細いヒトに抑え込まれて動けなくなった相手は、なんとかしようとやたら滅多らに足掻いたが、やがて首をナイフで切られて意識を失い、そのまま場外で決着となった。
(おー。決まるときは一気に決まるんだな)
「まあ、80位まではこんな試合が多いですな。相手の攻撃を急所を避けて耐えつつ、隙を作ってそこを突く。常套手段ですが、パターンができてしまうので観てて面白い試合ではないですな」
(いやあ、俺は初めて観るからな。いろいろ工夫してあって、面白そうだ)
「それは何よりです」
「うひゃあ、最後はきれいに決まったなー! すごいすごい!」
セミルは拍手して、勝者にエールを送っていた。100位前後でこのレベルの闘いか。その前後はどうなんだろう。
(ちなみに、セミルの試合はどんな感じなんだ?)
「撃って投げて爆発して、気がついたら勝ってた。すごいスッキリした」
あ、なるほど。500位くらいは初心者って感じなんだな。
(バイダルさんは?)
「格下相手では話になりませんな。蹴って終わりです」
(実力が同じくらいの相手では?)
「一瞬で勝負が決まるか、長期戦になるかのどちらかですな。私くらいになるとお互いに銃が効きませんので、ギミック勝負というよりは肉弾戦という感じですな」
(なるほど、道具を使わないほうが強くなるのか。ますます観たくなったな)
「では、そのレベルのバトルが執り行なわれるときは、セミル殿に連絡いたしましょう。セミル殿、悪霊殿にお伝え願えますかな」
「もちろん、いいよ。それは私も観たいし。楽しみにしてるね」
すごい楽しみだ。銃が効かないニンゲンはフィクションにしかいないと思っていたが、異世界転生(仮)したことで、それが目の当たりにできるんだ。楽しみでないはずがない。
……ん?
(ちょっと思ったんだけど、銃が効かないヒトが居るってことは、そのヒトらが徒党を組んでそれ以外のヒトを制圧しちゃったら、世界征服とか容易じゃない?)
「んー、できないことはないだろうけど、まずありえないだろうね」
「ですな」
(どうして?)
「基本的にそのレベルのニンゲンはコロシアムにしか興味が無く、徒党も組みたがらないですな」
この私のように、とポーズを決めてバイダルは言う。ビシィと、ボタンが一つ飛んだ。
「あとは、多分この世界で一番か二番に強いニンゲンが、世界征服とか嫌いだから」
とセミルが言う。なるほど、抑止力が居るんだな。
(へー。そんなヒトが居るんだな。誰? ランキングで何位のヒト?)
「ランキングは1位、2位、3位が桁違いにポイント高く、不動三って呼ばれておりましてな。その3位の方が、そういうことがお嫌いでして。ちなみに、2位はもう亡くられており、1位は行方不明ですので、実質の世界最強ですな」
(おお!)
世界最強! 俺からすると異世界最強か! いい響きだ。バイダルさんよりも強いのか。肉体があったころの俺なら気後れしていただろうが、今は意識だけの存在だし、ぜひとも一回お会いしてみたい。
「っていうか、マダムだよ」
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