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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

遠出2

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 恐怖から立ち直った俺は、さっきの出来事について二人に尋ねる。

「ああ、あれはまだ怪我に慣れてないルーキーだね。度胸試しで飛び込んで来やがった。まったく、迷惑な」
(ああいうことって、よくあるのか?)
「まあ三、四年に一回、遭うか遭わないってところ。あいつらはまだヒヨッコだし、マダムに任せておけばもう二度とあんなことはしないと思うから、まだましなレベル。車に飛び込んで来るのは、意図的に轢かれたがる奴のほうが多いかな」

 何だそれ。意味が分からん。

「そういうやつが居るんだよ、たまに。理由はヒトによってまちまち。車に負けないくらい強くなりたいだの、急に轢かれたくなっただの、あの衝撃が忘れらないだの……。まあ共通することは傍迷惑なことだけだなー」

 何てくだらない理由だ。

「だからもし、さっきの連中もこの手の奴らだったら、ショットガンでぶっ飛ばそうと思ってた」

 そう言って、セミルはシートの上を指差す。そこは棚になっており、覗き込むと分解されたショットガンらしきものがあった。怖いよー。何でこの世界に銃なんかあるんだよー。さっきから世界観が変わってるよー。

「銃は便利だよ。面倒な輩と会話しなくて済む」
「とりあえずぶっ放しておけば、足止めになるしねー」

 そう言って二人は笑い合う。なんというか、これがこの世界にとっての当たり前なんだろうな。俺、この世界に来たときに肉体がなくて良かったかも。異世界転生したけど銃殺されました・完となってしまう。パンツ覗こうとしてたし。

「まあ、ちゃんと回復の仕方を教えてあげて、度胸試しにも付き合って上げて、マダムを紹介してあげたんだから、私達やさしいよね」
「だよね。そして、あの子らは運が良かった」
(え、運が良かったの?)

 自動車に轢かれ推定複雑骨折の体を無理矢理持ち上げられ痛烈な痛みを味わったヒト1名。素敵なドライブを邪魔された腹いせにに拳銃で体を撃ち抜かれたヒト2名なんだけど。

「そうだよ。もしサディストにでも轢かれていたら、今頃は拘束されて延々と切り裂かれてたし、ヒトカイに捕まってたら、運が悪ければそれでもうお終い」
(ヒトカイ……? ってなんだ?)
「他人を飼いならすことに長けたヒト。洗脳がうまいと言ってもいいかな。主人のことを何よりも優先するようにヒトを躾ける。洗脳前と洗脳後で確実に人格は変わるから、そこで今までの人生とはサヨナラバイバイ。でも、ずっと付きっきりで面倒みなくちゃ成功しないから普通はやらない」

 おおう。……この世界の闇を垣間見た気分だ。

「だから、あの子らは運が良かった。優しい二人のお姉さんに丁寧に諭されて、今頃は感謝の涙を流しているに違いない」
「そうだそうだー」
(ソウダソウダー)
 
 あっはっは。もうなんか笑うしかないな。うん、この世界はこんな世界なんだ。これが当たり前の世界なんだ。俺は肉体がないから何もできないし、そんな風に思っておこう。深く考えないこと。精神安定のためのその1だ。
 

 端末のナビに従い進むことおよそ1時間。軽トラは目的地についた。1階建ての平屋の家である。ユリカが軽トラから降りると、家の中から、例の青年が出てきた。二人は初々しく挨拶している。セミルも軽トラから降りて青年と少し言葉を交わし、二人が家に入るのを見送った。ユリカは少し、恥ずかしそうな顔をしていた。

「コロシアムに向かう前に、ちょっと寄り道ね」
(どこによるんだ?)
「車を交換しにねー。ガタガタうるさいし」

 そう言って、セミルは緑の道を少し走らせる。

「よっと」

 そう呟いてハンドルを切り、軽トラは道から外れた。車体の揺れと騒音が酷くなるが、気にせずセミルは車を走らせ、やがて放置されていた別の車のそばに停車した。二人乗りの小さなジープであった。

「さ、これに乗っていくよ」

 セミルは軽トラから降りて、ジープへと向かう

(えっと、大丈夫なのか? その車使って。他人のものじゃないのか?)
「だいじょうぶ。他人に使われたくないなら、自分で確保しているはずだから。こんな風に放置しているってことは、使って大丈夫」
(ちなみに、軽トラは放置してしまって大丈夫か?)
「……まあ、数時間程度なら大丈夫でしょ」

 ガバガバな理論である。勝手に乗ってかれたらどうするんだか。
 でもまあ、ジープは明らかに数日は放置されている様子だったので、数時間程度なら使っても問題ないだろう。セミルは特に気にすること無くジープに乗り込む。俺もジープのシートに移動すると、セミルはジープを発進させた。

 ちなみに、自動車には基本的に鍵などついておらず、燃料も必要ないので誰でも運転できてしまう。ただ、端末で取り寄せができるので、誰も盗もうとしない。ただ取り寄せは、取り寄せるものが大きいものほど長い時間が必要で、車だと数時間かかる。そのため今回は、空き家と同じくらい存在する放置自動車を利用しようと考えたらしい。

 車を乗り換えて30分程度走った頃、「そろそろかなー」とセミルが言った。

(お、やっと着いたか)
「うん、あそこに建物が見えるでしょ? あれ」

 セミルの指先には、野球かサッカーのスタジアムに似た建物があった。あれがコロシアムなのだろう。

(でっかいな)
「でしょ。中に入ろう」

 セミルは適当にジープを停めると、歩いてコロシアムに向かう。建物は見上げるほどの高さであった。壁をくり抜くように上へと向かう階段があり、セミルはそれを登る。
 
「お、やってるねー」

 登った先には観客席があった。中央の闘技場を取り囲むようにぐるりと席があり、下の闘技場へ落ちないように柵で仕切られている。観客はまばらにいるといった感じだ。いかにもこれから戦う様相の武器と防具で身を固めた男から、血飛沫舞う決闘に酔いしれている女性まで、様々な観客がいるようである。

「お、久々に見たけど、ランキングが更新されてるねー」
 
 セミルは席に座り、端末を眺めながら言う。

(ランキング?)
「そうそう。コロシアムは勝敗でポイントがつくんだけど、今までにコロシアムで闘ったすべてのヒトの記録がランキングに残っているんだ」
(へー。セミルは何位くらいなんだ?)
「んーとね、前見たときは半分の500位くらいだったんだけど、今は……、ああ、落ちてるねえ。658位だ」
(ふうん、そうなのか……)

 半分で500位か。ということは、参加人数は1000人くらいか。

 ん? 参加人数が1000人くらい? 今までにコロシアムで闘ったすべてのヒトの数が?

 どうしよう、重大な事実に気づいてしまった。
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