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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

これからとモモモ

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「それで、悪霊さんはこれからどうするの?」

 端末に興奮する俺に向かって、ユリカは尋ねる。まだ、ちょっと声に棘が残っている。

「ん……、ふむふむ、精神崩壊するのが嫌だから、しばらくここにいようかと思った。けど、ふたりの邪魔をするのは悪いから、マダムのところに厄介になろうかと思ってる、と……。うーん、別にここに居てもいいんじゃない?」

 ユリカの顔が、怒 → 喜 → 哀 と変わる。

「えー、なんで呼び止めるのさ! せっかく出てくって言ってるのにぃ~~~」
「悪霊さんの世界の話が面白そうだから、暇つぶしにもうちょっと話を聞きたいんだけど、ダメ? 悪霊さん端末操作できないから、話を聞きにわざわざマダムのところに行くのも面倒だし、普段はパンツパンツ言ってるけど、ユリカには悪霊さんの声が聞こえないから、不快になることもないんじゃない?」
「でもセミには聞こえるし、またさっきみたいになるのはヤダよー」
 
 ユリカは、ブーブー文句を言う。こうなると思ったから、マダム屋敷行きを提案したんだが、ユリカはそんなに俺が元いた世界に興味があったのか。しばらく考えて、ユリカは口を開く。

「……うーん、じゃあルールを決めようか。ハウスルール。さっきも言ったけど、悪霊さんは緊急時以外に大声で何かを叫ぶの禁止ね。私を無理やり起こしたりするのも、イラッとするからだめ」
(了解した)
「あと、家には自由に出入りしていいから。ただし、ユリカの部屋には勝手に入らないこと」
(分かった。セミルの部屋にはいいのか?)
「特に見られて困るものもないし、悪霊さんも何もしないでいるのは退屈でしょう? 自由に入ってきてもいいわよ」
(俺が入ったときに、着替えてたりとかしたら、その、……イヤじゃないのか?)
「何が?」
(見られたりとか……)
「別にー。悪霊さんがその気になったら見られ放題だから、気にしてもしょうがないからねー。あ、今までも実は結構覗いたりして、ニヤニヤしてたりするんでしょ?」
(いやまあ、その気になれば確かに見放題なんだが、何のリアクションもないから見てもしょうないんだよねーって、何言わすんじゃい!)
 
 それに見たのはセミルのではないし、あのときのあれは不可抗力であった。この世界に俺が来た理由を調査するため、あちこち見て回ってたときに、裸で出歩いているお姉さんとすれ違ったのだ。あまりに堂々としていたから、もうそれが普通だと思ってしまい、ニヤけるどこらか無表情ですれ違ったけどな。あとから四回くらい振り返って、声もかけたが。ことごとく無視されて心折れた。

「あと、プレイ中は声掛け禁止ね」
(マッサージ中な。了解した)
「こんな感じでいい? ユリカ」
「うーん、プレイ中に見られるの、ヤじゃない?」
(マッサージ中な。確かに、人によっては見られるのも嫌だよな。うん、そのときは見ないようにするから安心してくれ)
「うーん、そうね……」

 そう呟いて、セミルはユリカの側に寄った。耳に顔を寄せ、小声で二言三言囁く。

「それなら、いいかなぁ……」

 戻ってくる頃には、ユリカは恍惚の表情を浮かべて、さっきとは真逆のことを口にした。おいおい、何て言ったんだ?

「じゃあ、そういうことで。これから、よろしくね」
(……うん、よろしく)
「……あ、悪霊さん。ちょっとくらいなら見てもいいからね」
(マッサージをな)
「そっちのほうが、気持ちよさそうだし……」
「マッサージがな」


 それから一週間くらい二人と暮らしていた。暮らしていて気づいたのは、やべぇこの世界半端ねぇ、ということであった。以下、俺の驚きをダイジェストでお伝えする。

(そういえば、仕事には行かないのか?)
「仕事? なにそれ、美味しいの?」
(お金がないと、不便だろ?)
「端末ポチー」
(すげぇ、食料も日用品も何もかもが地面から出てくる。魔法みたい)
「あ、骨折れた」
(お医者さんを呼べー!)
「骨折程度なら、2秒で完治」
(天敵とかいないのか? モンスターとか)
「いない」
(病気とか)
「知らん」
(災害とかあったら、まずいでしょ)
「地震 → 無い
 雷 → 自分に落ちても、数秒で完治
 火事 → 緑の大地にはあまり燃え広がらない
 洪水 → 流されても生きてる」
(人を痛めつける悪いやつとか……)
「そういうの好きなやつ同士がコロシアムで殺し合ってる。今度見に行こうか」
(遠い?)
「遠いけど、自動車あるから大丈夫」


 理想郷はここにあった。素晴らしい、この世界なら働かなくても生きていける。働かなくてもいい世界である。他の転生先を見てみないと判断はできないが、少なくとも二度と行きたくないような世界ではない。

「何ていうか、話を聞いている限りは君の元いた世界は随分と生きづらそうだね~。そんなにニンゲンに優しくない世界があったとはね……。びっくりだ」
(俺のほうがびっくりだわ。何このニンゲンを駄目にする世界。スイッチひとつで食料とかどんどん出てくるんだけど)
「なんでも、すごい昔にそういうインフラを造ったんだって。自動でメンテまでしてくれるからか、半永久的に動くんだってさ。よく知らないけど」
(え、じゃあそれが止まったらみんな死んじゃうの?)
「さぁ? でも、基本的に何も食べなくても死なないし……」
(じゃあむしろ何でインフラ造ったんだよ……)
「そういうのを含めて、調べてる人はいるけど、まだよく分かってないみたいね」
 
 そう言って、セミルは端末を振る。恐らく、調べてる人が知り合いに居るのだろう。

(ふーん。あ、ゴミとかはどうするんだ)
「家の外に捨てておけばいいわ。なんでも呑み込んでくれるから」
(え、何が?)
「えーと、正式名称はなんだったかかな。……思い出せないや。見たほうが早いか」

 セミルは外へ出て家の裏側に周り、少し丘を下る。

「このこ」

 そう言ってセミルが示した先には、少しピンクがかった緑色の苔の塊があった。大きさはマクラかザブトンくらいだ。

(何これ?)
「私達はモモモって、呼んでる」

 セミルは持っていた食料品から包み紙を剥ぎ取り、モモモと呼ばれた物体にポイと放った。

 瞬間、ガバリと物体は割れて包み紙を呑み込んだ

(うぉ、何だコレ? 初めて見た)
「そこらじゅうに居るわよ? ああ、基本的に動かないし、地面と区別つかないから悪霊さんには分からなかったのか」
(危険は無いのか?)
「無いわよ。それに人懐っこいの。このこは私達になついてるから、名前をつけて呼んであげてるんだー」
 
 そう言って、セミルは名前を呼びつつモモモを撫でる。一瞬、またガバリと開いて腕を呑み込むんじゃないかと思ったが、そんなことはないようで、モモモはおとなしく撫でられていた。毛のように本体に絡みついていたのか、不思議と苔は剥がれること無く、セミルの手は汚れなかった。 
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