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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
マダム
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マダムは、近くに住んでいる物知りな方のようだ。なんでも、二人の知り合いのなかで、最も長く生きているらしい。
「というわけで、マダムのところにこれから行こうと思うけど……。大丈夫? 聞こえているわよね?」
(おう、ここにいるぞ)
「姿が見えないから、声が届く距離にいるかも分からないわね」
(すまん)
「まあ、しょうがないわね。これから移動するけど、なるべく離れないでね」
そう言って、彼女は倉庫から自転車らしきものを引っ張ってきた。形は自転車に似ているが、タイヤと車体が少しゴツい。
(自転車か)
「そうね、コレに乗っていくわ。ユリカ準備はいい?」
「いいよー」
そう答えたユリカの背中には膨らんだリュックがあった。彼女はセミルのとは別の自転車に跨る。
(ちょっと荷物多くないか? もしかして、結構遠い?)
「そんなことないわよ。すぐに着くわ。あれはお土産。さ、行くわよ」
そう言って、二人は進みだした。俺もその後について行く。
奇抜な家が乱立するムラ。その隙間を縫うように走る緑の道を、俺たちは進んでいく。他のニンゲンは見かけない。
なんでも、このムラには数十人ほどのニンゲンしか居ないらしい。それにしては家の数が多いなと思ったが、空き家がほとんどだそうだ。
「うちの周りの家も全部空き家だよ。私達の住んでるとこ以外はね」とユリカが言う。どうやら、俺が二人に会えたのはかなり幸運のことだったらしい。
(それにしても、急にこんなことになってしまって申し訳ないな。それと、いろいろ教えてくれてありがとう。助かったよ)
「いいのよ、別に。特に予定もなかったし。それに、長く生きてると大抵のことはやり尽くしちゃって、ここ数年はずっと暇つぶしに絵を描いているか、寝ているかのどっちかだったしね」
(そう言ってもらえるとありがたい。ちなみに二人は何年くらい生きてるんだ?)
「うーん、ちゃんとは覚えてないけれど、百年くらい? 二百年は行ってないと思う。あと、ユリカは私より五十年くらい長く生きてたと思うけど……」
「うん、そのくらいだと思うよー」
会話の内容を察したのか、ユリカはセミルにそう答える。そうか、ユリカの方が若いと思っていたが実は歳上だったんだな。
(ふうん、随分と長生きなんだな)
「そう? あ、寿命……というのはどれくらいなの? ……百年くらい? あ、そう。随分と短いのね。でも、退屈を感じる頃に勝手に死ねるのは、良い設計かもしれないわね」
ふふふとセミルは笑って言う。何だか楽しそうだな。
「ごめんなさいね。久しぶりに刺激を感じて、少し興奮してしまっているみたい。あなたの元いた世界?の話も面白いし、聞かせて欲しいわね」
なるほど。何の疑いもなく俺の話を信じていた様子だったから、少し拍子抜けしていたんだが、退屈しのぎの一環だったということか。信じる信じない以前の話で、俺の話をただ楽しんでいるだけなのだろう。幽霊が居ると思っていたほうが人生楽しめるというやつだな。
しばらく、俺の元いた世界の話で盛り上がっていると、「そろそろね」とセミルが呟いた。どうやらマダムとやらの家に着いたのだろう。移動時間は30分くらいだったろうか。時計がないから時間が分からないな。
目の前にあるのは、家と呼ぶより屋敷と呼ぶべき建物であった。洋風の2階建ての屋敷。屋敷の周りには庭園があり、そこでは女性が植物の手入れをしていた。
「マダムー! ちょっといいかい!?」
その女性がマダムなのだろう。セミルの声に反応して振り返った女性は、50代くらいの見た目でちょっと目つきが鋭かった。
「ああ、セミルとユリカか。二人してどうしたい?」
「えーと、少し聞きたいことがあってね……」
「ああ、ようやくウチに住む気になったかい? 部屋なら空いとるよ。好きな部屋を使うといい」
「あ、その話じゃなくてね、えーと……」
(セミルはこの屋敷に引っ越すのか?)
「そうじゃなくてね。ほら、聞きたいことがあるんでしょ」
「なんだい、誰に向かって話しとるんだい?」
と、セミルは俺の方を向いて急かす。うーん、乗り気じゃないんだけど仕方ない。俺はさっき二人と決めた言葉を言う。
(えー、オホン。……おパンツ見せてもらっても、よろしいですか?)
「……」
「……」
「……」
嫌な沈黙が流れた。
「ママー! 誰ー!?」
屋敷のほうから声がした。そちらを見ると、屋敷の窓に30代くらいの男性がいるのが見えた。
「セミルとユリカだよー! お茶を用意しておくれ! お菓子もね!」
「はーい!」
窓の男は返事をして引っ込んだ。
「まあ、なんだ。話があるなら中で話そうかね」
マダムはそう言って、玄関へと向かっていった。
「というわけで、マダムのところにこれから行こうと思うけど……。大丈夫? 聞こえているわよね?」
(おう、ここにいるぞ)
「姿が見えないから、声が届く距離にいるかも分からないわね」
(すまん)
「まあ、しょうがないわね。これから移動するけど、なるべく離れないでね」
そう言って、彼女は倉庫から自転車らしきものを引っ張ってきた。形は自転車に似ているが、タイヤと車体が少しゴツい。
(自転車か)
「そうね、コレに乗っていくわ。ユリカ準備はいい?」
「いいよー」
そう答えたユリカの背中には膨らんだリュックがあった。彼女はセミルのとは別の自転車に跨る。
(ちょっと荷物多くないか? もしかして、結構遠い?)
「そんなことないわよ。すぐに着くわ。あれはお土産。さ、行くわよ」
そう言って、二人は進みだした。俺もその後について行く。
奇抜な家が乱立するムラ。その隙間を縫うように走る緑の道を、俺たちは進んでいく。他のニンゲンは見かけない。
なんでも、このムラには数十人ほどのニンゲンしか居ないらしい。それにしては家の数が多いなと思ったが、空き家がほとんどだそうだ。
「うちの周りの家も全部空き家だよ。私達の住んでるとこ以外はね」とユリカが言う。どうやら、俺が二人に会えたのはかなり幸運のことだったらしい。
(それにしても、急にこんなことになってしまって申し訳ないな。それと、いろいろ教えてくれてありがとう。助かったよ)
「いいのよ、別に。特に予定もなかったし。それに、長く生きてると大抵のことはやり尽くしちゃって、ここ数年はずっと暇つぶしに絵を描いているか、寝ているかのどっちかだったしね」
(そう言ってもらえるとありがたい。ちなみに二人は何年くらい生きてるんだ?)
「うーん、ちゃんとは覚えてないけれど、百年くらい? 二百年は行ってないと思う。あと、ユリカは私より五十年くらい長く生きてたと思うけど……」
「うん、そのくらいだと思うよー」
会話の内容を察したのか、ユリカはセミルにそう答える。そうか、ユリカの方が若いと思っていたが実は歳上だったんだな。
(ふうん、随分と長生きなんだな)
「そう? あ、寿命……というのはどれくらいなの? ……百年くらい? あ、そう。随分と短いのね。でも、退屈を感じる頃に勝手に死ねるのは、良い設計かもしれないわね」
ふふふとセミルは笑って言う。何だか楽しそうだな。
「ごめんなさいね。久しぶりに刺激を感じて、少し興奮してしまっているみたい。あなたの元いた世界?の話も面白いし、聞かせて欲しいわね」
なるほど。何の疑いもなく俺の話を信じていた様子だったから、少し拍子抜けしていたんだが、退屈しのぎの一環だったということか。信じる信じない以前の話で、俺の話をただ楽しんでいるだけなのだろう。幽霊が居ると思っていたほうが人生楽しめるというやつだな。
しばらく、俺の元いた世界の話で盛り上がっていると、「そろそろね」とセミルが呟いた。どうやらマダムとやらの家に着いたのだろう。移動時間は30分くらいだったろうか。時計がないから時間が分からないな。
目の前にあるのは、家と呼ぶより屋敷と呼ぶべき建物であった。洋風の2階建ての屋敷。屋敷の周りには庭園があり、そこでは女性が植物の手入れをしていた。
「マダムー! ちょっといいかい!?」
その女性がマダムなのだろう。セミルの声に反応して振り返った女性は、50代くらいの見た目でちょっと目つきが鋭かった。
「ああ、セミルとユリカか。二人してどうしたい?」
「えーと、少し聞きたいことがあってね……」
「ああ、ようやくウチに住む気になったかい? 部屋なら空いとるよ。好きな部屋を使うといい」
「あ、その話じゃなくてね、えーと……」
(セミルはこの屋敷に引っ越すのか?)
「そうじゃなくてね。ほら、聞きたいことがあるんでしょ」
「なんだい、誰に向かって話しとるんだい?」
と、セミルは俺の方を向いて急かす。うーん、乗り気じゃないんだけど仕方ない。俺はさっき二人と決めた言葉を言う。
(えー、オホン。……おパンツ見せてもらっても、よろしいですか?)
「……」
「……」
「……」
嫌な沈黙が流れた。
「ママー! 誰ー!?」
屋敷のほうから声がした。そちらを見ると、屋敷の窓に30代くらいの男性がいるのが見えた。
「セミルとユリカだよー! お茶を用意しておくれ! お菓子もね!」
「はーい!」
窓の男は返事をして引っ込んだ。
「まあ、なんだ。話があるなら中で話そうかね」
マダムはそう言って、玄関へと向かっていった。
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