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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
上位ランク戦
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大男を蹴り飛ばしたヒメちゃんはロクに受身をとることもできずに舞台に落ちてしまった。なんとか首をもたげて場外の大男が起き上がらないことを確認すると、力尽きるように舞台に寝そべってしまう。そのまま壊れた膝が回復するのを待つのだろう。
「ヒメ! よくやった!」
「ヒメちゃん、すごいですー!」
「ひゅー♪ 見かけによらず、えげつないとこ攻めるねー」
「男は油断しすぎです。まあ、それも含めてあの子の作戦勝ち、ですかね」
「悪童氏。魔法の呪文とは?」
(何言ってるんだ? ちゃんと勝っただろ?)
「ヒ、ヒメちゃ~ん!」
「こらこら、グラン殿。舞台に入るのは選手以外駄目ですよ」
「この前、お主も入ってたではないか!」
「私はここの管理者なので、特別です」
舞台に飛び降りようとするグランをバイダルが止める。
(何の合図もないけど、ヒメちゃんの勝ちでいいんだよな)
「ええ。端末にも、そう表示されてますな」
と、バイダルさんは自身の端末を見せてくれる。文字は分からないが、デザインでヒメちゃんが勝利したことは分かった。でも、これ選手達からすると確認できないんじゃないかな?
「大丈夫ですよ。端の方見えますかな、選手の入場口。試合決着と同時に光るのですが、勝者と敗者で光り方が違いますので、そこを見れば分かります」
なるほど。舞台がメインなので気にしていなかったが、確かに左右の選手入場口が光っている。目立つ光り方をしているのがヒメちゃんが出てきたほうで、あれが勝者の光なのだろう。さっきヒメちゃんは首をもたげて大男の方を見ていたが、ついでに扉も確認していたかもしれない。
(それにしても最後はよく分からなかったな。もうダメって思ったら、ヒメちゃんの膝蹴りが決まってたし。直前の回避ダッシュで膝が壊れてたんじゃないのか?)
「『瞬快』ですよ。悪霊殿。『外し』だけじゃなく、グランは『瞬快』も教えていたようです」
『瞬快』? 何だそれ。コロシアム編に入ってから技名出すぎなんだけど、大丈夫?
「『瞬快』とは通常であれば数秒かかる体の回復を瞬時に行うことですな。数年の修行を経て回復速度を上げ続け、やがて『瞬快』に到ります。が、もうヒメ殿は使えるんですな。末恐ろしい」
(それで膝を治して再びダッシュしたと。相手からしたら予想外で反応できなかったんだな)
「しかも、止めの一撃のときは『外し』と『瞬快』を連続して行う『重ね』で更に速度を増していますな。たった5日でそこまでできるようになるとは……」
「いや、儂は『重ね』までは教えてないぞ。『瞬快』までじゃ」
グランが話に入ってくる。
「本当ですか」
「うむ」
「ということは、土壇場で思いついたのでしょう。右脚と左脚、2回の加速では威力が足りないと考え、『瞬快』で右膝を回復、さらに『外し』て加速を『重ね』、身を捻って回転蹴りを放った」
(すごいなヒメちゃん。もしかして、才能の塊?)
「そうですな。ぜひ私が弟子にしたい」
「駄目じゃ! ヒメちゃんは儂の弟子じゃ! お前なんかにはやらん!」
「それはヒメ殿が決めることでしょう」
ギャーギャーと言い争う二人。それだけヒメちゃんの闘いは想像の上を行ったということなのだろう。ヒメちゃんが大男を蹴り飛ばしたときの観客のざわめきもすごかったし、ヒメちゃんはちょっとした有名人になったかもしれないな。
「ヒメちゃん、大丈夫ですかね……」
未だ起き上がれない彼女を心配して、ノーコちゃんが呟いた。
結局、ヒメちゃんは対戦相手の大男が連れてきてくれた。名をリューエンという。意識はあるがうまく体の動かせないヒメちゃんを肩に担いで、観客席まで運んできてくれたのだ。ヒメちゃんを席に寝かせ、対戦前に笑ったことを謝罪し、次は負けないと行って去っていった。
「あやつも見込みあるの……」
去っていくリューエンを脇目に捉えて、グランがボソリと呟いた。
(ヒメちゃん! 大丈夫か!)
「だ、だいじょうぶー」
痛みに堪えながらも、にししと彼女は笑顔を作る。
「『瞬快』と『重ね』の副作用ですな。表面的なケガは回復していますが、疲労などで1,2時間はこのまま動けないでしょう」
とバイダルさんが所見を述べる。
(無敵かとも思ったが、『瞬快』もリスクがあるんだな。ドーピングみたいなもんか)
「通常の『瞬快』であればこうはなりませんな。確かに翌日に疲労が溜まってたりはしますが、ここまで深刻ではありません。おそらく、ヒメ殿の技術に身体が追いついてないのでしょう。しばらく無理はしないことですな」
「だってさ、ヒメ。ちょっと無理しすぎたね」
「は、はーい……」
ヒメちゃんは小さい声で返事をした後、そのまま寝息を立て始めた。文字通り、渾身の力を出し尽くしたのだろう。その姿は遊び疲れた子供によく似ていた。
翌日。ヒメちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。すっかり体は回復したようだ。
今日は上位ランク戦、グレンとパイルの闘いが行われる。二人以外の6人+悪霊は観客席に集まり、二人の闘いが始まるのを待っていた。。
(何ていうか、今日は観客席の様子がいつもと違うな)
客も大入りだし、あんなところには実況・解説の席までできてる。料理を提供する屋台の数も多く、楽器を演奏しているヒト達もいた。
「上位ランク戦だからね。普段はあつまらない連中も、わざわざ遠くから見に来るんだよ。楽器演奏してるのは音楽のムラの連中かな」
(へー。お祭りみたいなもんか)
「まあねー。<十闘士>同士の闘いだと満員御礼立ち見席まででるんだけど、そこまではいかないみたいだね。前のときはマダムやテツジンも来てたけど、今回は来てないみたいだし」
両手に料理を持ったセミルが言う。ヒメちゃんも普段食べない屋台料理を満喫している。最初にコロシアムに来たときから気になっていたようだが、グランの登場と対戦相手の決定で、すっかりそれどころじゃなくなったので今まで食べていなかったようだ。両手に串物を持ちかぶりついている。
「やあやあお二人、お久しぶりですー」
髪の長い女性が、弾んだ声でバイダルさんとグランに挨拶する。髪に隠れて目元は見えないが、スタイルのいい美人さんだ。
「これはシズ殿。お久しぶりです。息災でしたか?」
「お主がここに来るとは珍しいの。グレンかコイツの弟子と知り合いだったか?」
「そうじゃないけどー、あの子に頼まれてねー」
そう言って彼女が示したの実況席にいるショートカットのお姉さん。彼女が実況するのだろう。動きやすい服装をしており、元気で活発そうな印象だ。多分初めて会った女性だし、後でパンツ見せてもらってもいいか訊いてこないとな。
「なんじゃお主が今日の解説か。お主に務まるのか?」
「だってだって、いつもやってるバイダルさんも、ときたまやってるグランさんも選手の身内じゃないですか。さすがに贔屓はしないと思うけど、解説者としてはどうかなーって理由で、私に白羽の矢が立ったんです。あの子、ごりごりくるわねー」
シズさんはそう言ってため息をつく。
「ははは。キクカ殿に目をつけられたら、もう駄目ですな」
「なんじゃ。可愛い子じゃないか。儂はいつも二つ返事で引き受けてるぞい」
途中から三人話しの内容がわからなくなったので、セミルに訊いてみる。
「ああ、キクカちゃん? コロシアム観戦が趣味で、上位ランク戦には必ず来て実況してるよ。テンション上がっちゃうんだって」
(テンション上がっちゃうのは実況者としてどうなのだろうか)
「まあ、普通に聞いてて面白いよ? あと、解説を<十闘士>の誰かに頼むんだけど、頼み方がえげつないことで有名」
(えげつないって?)
「相手がうんと言うまで付きまとい続けるの」
(それぐらいなら……)
「土下座で、大声で叫びながら、大勢引き連れて」
(それはえげつない……)
それは非常に断りづらい。逃げたり無碍に扱ったら、あっという間にその噂が広まるんだろうな。
「ちなみに、バトルの一週間前からは<忘れるといけないから>毎日リマインドしに来るわね」
(わっ)
シズさんは俺とセミルの会話に混ざってきた。
「初めまして。シズです。よろしくね、お嬢さんと姿の見えないヒト。声はするけど、どこに居るのかしら? わたしの探知にもかからないようだけれど……」
「初めまして。セミルです。シズさんも、悪霊さんの声が聞こえるんですね」
(初めまして悪霊です。趣味は自分探しです)
「まあ、素敵な趣味だこと」
俺とセミルはいつもの説明を行う。グランが「何で儂だけ……」と落ち込み、バイダルさんに慰められてた。
「なるほど、妖精さんのように声だけ聞こえるか……。妖精さんも私の探知にはかからないし、あなたもそういうことなのね」
(その探知ってなんですか?)
「ん? 私はね。周りにいるヒトを探知できるの。少なくとも半径100mくらいは分かるんだけど。あなたの声がする辺りを探知しても何も引っかからなかったからちょっと疑問に思ったのよ」
当たり前のようにシズさんは言う。周りのヒトの様子から察するに、嘘をついているわけではなさそうだ。そして、キクカという実況者に解説を頼まれたということは……。
(あなたも<十闘士>なんですか?)
「そうよ。ランクは9位」
(すごいですね。バイダルさんに勝ったんですか?)
「相性が良かったのよ。逆に8位のグランさんとは相性が悪いからこの順位」
そう言ってシズさんはバイダルさんとグランさんを順に見る。表情に特に変化はなく、世間話をしてるといった感じだ。一方でバイダルさんの方はシャツのボタンが弾け飛び、グランさんは苦々しい顔をしている。
「ははは。シズ殿。次は負けませぬぞ」
「ふふふ。次も、愉しい闘いをしましょう」
「儂はもう嫌じゃ。こいつと闘いたくないから早うバイダル勝ってくれ」
「あら、そんな連れない」
(? どうしてグランは嫌がってるんだ? 相性が良いんじゃないのか?)
「グランさん。どうして嫌なの?」
「コイツ、マゾなんじゃ……」
「あなたの一撃。それはもうすごかったわ……♡」
小声で告白するグランと、愉悦の表情を浮かべるシズさん。なるほど。この世界のヒトビトは変態揃いだが、やはり<十闘士>となると格が違ったか。あの空間を削り取るような攻撃に愉悦を感じるとは。
「あ、あの子が呼んでるわね。そろそろ行かなくちゃ」
そう言ってシズさんは観客席に戻っていった。
音楽も徐々に鳴りを潜めていき、観客のざわめきも小さくなっていく。別々の選手入場口から二人が出てきた。いよいよランク上位戦。グレンとパイルの闘いが始まる。
「ヒメ! よくやった!」
「ヒメちゃん、すごいですー!」
「ひゅー♪ 見かけによらず、えげつないとこ攻めるねー」
「男は油断しすぎです。まあ、それも含めてあの子の作戦勝ち、ですかね」
「悪童氏。魔法の呪文とは?」
(何言ってるんだ? ちゃんと勝っただろ?)
「ヒ、ヒメちゃ~ん!」
「こらこら、グラン殿。舞台に入るのは選手以外駄目ですよ」
「この前、お主も入ってたではないか!」
「私はここの管理者なので、特別です」
舞台に飛び降りようとするグランをバイダルが止める。
(何の合図もないけど、ヒメちゃんの勝ちでいいんだよな)
「ええ。端末にも、そう表示されてますな」
と、バイダルさんは自身の端末を見せてくれる。文字は分からないが、デザインでヒメちゃんが勝利したことは分かった。でも、これ選手達からすると確認できないんじゃないかな?
「大丈夫ですよ。端の方見えますかな、選手の入場口。試合決着と同時に光るのですが、勝者と敗者で光り方が違いますので、そこを見れば分かります」
なるほど。舞台がメインなので気にしていなかったが、確かに左右の選手入場口が光っている。目立つ光り方をしているのがヒメちゃんが出てきたほうで、あれが勝者の光なのだろう。さっきヒメちゃんは首をもたげて大男の方を見ていたが、ついでに扉も確認していたかもしれない。
(それにしても最後はよく分からなかったな。もうダメって思ったら、ヒメちゃんの膝蹴りが決まってたし。直前の回避ダッシュで膝が壊れてたんじゃないのか?)
「『瞬快』ですよ。悪霊殿。『外し』だけじゃなく、グランは『瞬快』も教えていたようです」
『瞬快』? 何だそれ。コロシアム編に入ってから技名出すぎなんだけど、大丈夫?
「『瞬快』とは通常であれば数秒かかる体の回復を瞬時に行うことですな。数年の修行を経て回復速度を上げ続け、やがて『瞬快』に到ります。が、もうヒメ殿は使えるんですな。末恐ろしい」
(それで膝を治して再びダッシュしたと。相手からしたら予想外で反応できなかったんだな)
「しかも、止めの一撃のときは『外し』と『瞬快』を連続して行う『重ね』で更に速度を増していますな。たった5日でそこまでできるようになるとは……」
「いや、儂は『重ね』までは教えてないぞ。『瞬快』までじゃ」
グランが話に入ってくる。
「本当ですか」
「うむ」
「ということは、土壇場で思いついたのでしょう。右脚と左脚、2回の加速では威力が足りないと考え、『瞬快』で右膝を回復、さらに『外し』て加速を『重ね』、身を捻って回転蹴りを放った」
(すごいなヒメちゃん。もしかして、才能の塊?)
「そうですな。ぜひ私が弟子にしたい」
「駄目じゃ! ヒメちゃんは儂の弟子じゃ! お前なんかにはやらん!」
「それはヒメ殿が決めることでしょう」
ギャーギャーと言い争う二人。それだけヒメちゃんの闘いは想像の上を行ったということなのだろう。ヒメちゃんが大男を蹴り飛ばしたときの観客のざわめきもすごかったし、ヒメちゃんはちょっとした有名人になったかもしれないな。
「ヒメちゃん、大丈夫ですかね……」
未だ起き上がれない彼女を心配して、ノーコちゃんが呟いた。
結局、ヒメちゃんは対戦相手の大男が連れてきてくれた。名をリューエンという。意識はあるがうまく体の動かせないヒメちゃんを肩に担いで、観客席まで運んできてくれたのだ。ヒメちゃんを席に寝かせ、対戦前に笑ったことを謝罪し、次は負けないと行って去っていった。
「あやつも見込みあるの……」
去っていくリューエンを脇目に捉えて、グランがボソリと呟いた。
(ヒメちゃん! 大丈夫か!)
「だ、だいじょうぶー」
痛みに堪えながらも、にししと彼女は笑顔を作る。
「『瞬快』と『重ね』の副作用ですな。表面的なケガは回復していますが、疲労などで1,2時間はこのまま動けないでしょう」
とバイダルさんが所見を述べる。
(無敵かとも思ったが、『瞬快』もリスクがあるんだな。ドーピングみたいなもんか)
「通常の『瞬快』であればこうはなりませんな。確かに翌日に疲労が溜まってたりはしますが、ここまで深刻ではありません。おそらく、ヒメ殿の技術に身体が追いついてないのでしょう。しばらく無理はしないことですな」
「だってさ、ヒメ。ちょっと無理しすぎたね」
「は、はーい……」
ヒメちゃんは小さい声で返事をした後、そのまま寝息を立て始めた。文字通り、渾身の力を出し尽くしたのだろう。その姿は遊び疲れた子供によく似ていた。
翌日。ヒメちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。すっかり体は回復したようだ。
今日は上位ランク戦、グレンとパイルの闘いが行われる。二人以外の6人+悪霊は観客席に集まり、二人の闘いが始まるのを待っていた。。
(何ていうか、今日は観客席の様子がいつもと違うな)
客も大入りだし、あんなところには実況・解説の席までできてる。料理を提供する屋台の数も多く、楽器を演奏しているヒト達もいた。
「上位ランク戦だからね。普段はあつまらない連中も、わざわざ遠くから見に来るんだよ。楽器演奏してるのは音楽のムラの連中かな」
(へー。お祭りみたいなもんか)
「まあねー。<十闘士>同士の闘いだと満員御礼立ち見席まででるんだけど、そこまではいかないみたいだね。前のときはマダムやテツジンも来てたけど、今回は来てないみたいだし」
両手に料理を持ったセミルが言う。ヒメちゃんも普段食べない屋台料理を満喫している。最初にコロシアムに来たときから気になっていたようだが、グランの登場と対戦相手の決定で、すっかりそれどころじゃなくなったので今まで食べていなかったようだ。両手に串物を持ちかぶりついている。
「やあやあお二人、お久しぶりですー」
髪の長い女性が、弾んだ声でバイダルさんとグランに挨拶する。髪に隠れて目元は見えないが、スタイルのいい美人さんだ。
「これはシズ殿。お久しぶりです。息災でしたか?」
「お主がここに来るとは珍しいの。グレンかコイツの弟子と知り合いだったか?」
「そうじゃないけどー、あの子に頼まれてねー」
そう言って彼女が示したの実況席にいるショートカットのお姉さん。彼女が実況するのだろう。動きやすい服装をしており、元気で活発そうな印象だ。多分初めて会った女性だし、後でパンツ見せてもらってもいいか訊いてこないとな。
「なんじゃお主が今日の解説か。お主に務まるのか?」
「だってだって、いつもやってるバイダルさんも、ときたまやってるグランさんも選手の身内じゃないですか。さすがに贔屓はしないと思うけど、解説者としてはどうかなーって理由で、私に白羽の矢が立ったんです。あの子、ごりごりくるわねー」
シズさんはそう言ってため息をつく。
「ははは。キクカ殿に目をつけられたら、もう駄目ですな」
「なんじゃ。可愛い子じゃないか。儂はいつも二つ返事で引き受けてるぞい」
途中から三人話しの内容がわからなくなったので、セミルに訊いてみる。
「ああ、キクカちゃん? コロシアム観戦が趣味で、上位ランク戦には必ず来て実況してるよ。テンション上がっちゃうんだって」
(テンション上がっちゃうのは実況者としてどうなのだろうか)
「まあ、普通に聞いてて面白いよ? あと、解説を<十闘士>の誰かに頼むんだけど、頼み方がえげつないことで有名」
(えげつないって?)
「相手がうんと言うまで付きまとい続けるの」
(それぐらいなら……)
「土下座で、大声で叫びながら、大勢引き連れて」
(それはえげつない……)
それは非常に断りづらい。逃げたり無碍に扱ったら、あっという間にその噂が広まるんだろうな。
「ちなみに、バトルの一週間前からは<忘れるといけないから>毎日リマインドしに来るわね」
(わっ)
シズさんは俺とセミルの会話に混ざってきた。
「初めまして。シズです。よろしくね、お嬢さんと姿の見えないヒト。声はするけど、どこに居るのかしら? わたしの探知にもかからないようだけれど……」
「初めまして。セミルです。シズさんも、悪霊さんの声が聞こえるんですね」
(初めまして悪霊です。趣味は自分探しです)
「まあ、素敵な趣味だこと」
俺とセミルはいつもの説明を行う。グランが「何で儂だけ……」と落ち込み、バイダルさんに慰められてた。
「なるほど、妖精さんのように声だけ聞こえるか……。妖精さんも私の探知にはかからないし、あなたもそういうことなのね」
(その探知ってなんですか?)
「ん? 私はね。周りにいるヒトを探知できるの。少なくとも半径100mくらいは分かるんだけど。あなたの声がする辺りを探知しても何も引っかからなかったからちょっと疑問に思ったのよ」
当たり前のようにシズさんは言う。周りのヒトの様子から察するに、嘘をついているわけではなさそうだ。そして、キクカという実況者に解説を頼まれたということは……。
(あなたも<十闘士>なんですか?)
「そうよ。ランクは9位」
(すごいですね。バイダルさんに勝ったんですか?)
「相性が良かったのよ。逆に8位のグランさんとは相性が悪いからこの順位」
そう言ってシズさんはバイダルさんとグランさんを順に見る。表情に特に変化はなく、世間話をしてるといった感じだ。一方でバイダルさんの方はシャツのボタンが弾け飛び、グランさんは苦々しい顔をしている。
「ははは。シズ殿。次は負けませぬぞ」
「ふふふ。次も、愉しい闘いをしましょう」
「儂はもう嫌じゃ。こいつと闘いたくないから早うバイダル勝ってくれ」
「あら、そんな連れない」
(? どうしてグランは嫌がってるんだ? 相性が良いんじゃないのか?)
「グランさん。どうして嫌なの?」
「コイツ、マゾなんじゃ……」
「あなたの一撃。それはもうすごかったわ……♡」
小声で告白するグランと、愉悦の表情を浮かべるシズさん。なるほど。この世界のヒトビトは変態揃いだが、やはり<十闘士>となると格が違ったか。あの空間を削り取るような攻撃に愉悦を感じるとは。
「あ、あの子が呼んでるわね。そろそろ行かなくちゃ」
そう言ってシズさんは観客席に戻っていった。
音楽も徐々に鳴りを潜めていき、観客のざわめきも小さくなっていく。別々の選手入場口から二人が出てきた。いよいよランク上位戦。グレンとパイルの闘いが始まる。
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