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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

妖精さん

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死神さんが謹慎から戻ってきた。

「この度は誠に申し訳ありませんでした……」

 深々と彼女は頭を下げる。

(素直に謝ってくれるなら別にいいですよ。気を失うなんてこの体になってから初めてですし、久しぶりに眠ったと思えば悪くない体験でした)
「そう言っていただけると助かります」

 こってりと上司に絞られたのだろうか、随分と殊勝になっているようだ。

(それはそれとして、死神さんに聞きたかったことが溜まってるんですよ。前に会ったときはそれどころじゃなかったんで、今聞いてもいいですか)
「え、はぁ。何でしょうか」
(えっとですね……)

 俺は死神さんに色々と質問する。彼女の解答を簡潔にまとめるとこんな感じだ。

質問
・俺は6人目の友達にまったく心当たりがないのだが、どういうことか

解答
・分かりません。こちらからでは誰が悪霊さんと友達なのか把握できません。

質問
・友達の条件って何?

解答
・悪霊さんと明確な意思疎通ができており、なおかつ悪霊さんのことを真摯に思い続けると友達になります。そのため、その「6人目」さんも悪霊さんと意思疎通しているはず、です

質問
・死者は友達の対象となるか。また、生前友達であった者が死んだ場合、カウントは減るのか

解答
・死者とは話せません。よって、死者と友だちになることはありません。また、悪霊さん死者ではありません。今の所、この世界の住人が死後悪霊さんと同様の体質になることはありません。カウントは減りません

質問
・俺の体って何なの? 魂なの? 何で眼も耳もないのに見えて聞こえるの?

解答
・そんな感じです。神様の不思議パワーのおかげです

質問
・翻訳コン○ャクも?

解答
・そうです

質問
・この世界のニンゲンはどうやって増えてるの? ゲームみたいにポップアップしてるみたいだったけど

解答
・知りません。ポップアップしてるんですか? あと、この世界はゲームではありませんよ。ゲームの世界だったら管理なんて楽々です。悪霊さんにミッションしてもらうまでもありません

質問
・そういえばミッション達成人数あっさり20人まで減ったけど、このミッションの意味って何なの?

解答
・新たに管理下になった世界の調査です。適度な調査期間となりそうな人数を設定しています。こちらの人手不足で申し訳ないです。あと、調査の詳細は私も知らされておりません。上司は把握しているはずです

質問
・調査の目的、対象、期限なんかも知らないの?

解答
・ですです。質問しても答えてくれないので、答えられないです

 うーん。友達の判定基準以外、有用な情報はなかったな。詳細は知らないか調査中といった感じだ。友達の基準についても、友達ならそうだよなーという程度の情報だな。「真摯に」という部分が謎であるが、相手を怒らせ続けたり悲しませ続けても友達にはならないと、そういう意味らしい。

「お役に立てたでしょうかー?」
(まあ、前よりは見通しが立ちましたね。死神さんと話せて良かったです。少しは整理できたと思うので)
「それなら良かったですー」

 死神さんは固い笑顔で答える。
 なんだろう。心なしか、死神さんと距離を感じる。いつもなら、「死神さんと話せて良かった」とか言ったら、「えー、そんなこと言われると照れちゃいますー!」と、恥ずかしそう答えそうなものだが。

「気を許しちゃうとまた前みたいになっちゃう気がするので、自戒しています」
(あー、なるほど)

 だから俺と距離をとっているのか。反省することは大切だが、露骨に距離を取られるとそれはそれで寂しい。

(……)
「……。ジロジロと見て、何ですか? ダメですよ。今、私は自戒中なんですから」
(いや、また膝枕してくれないかなーと思いまして)
「!」

 おっと、つい本音が出てしまった。そして、みるみる死神さんの顔が真っ赤に染まる。

「あ、あれは、お酒の勢いというか何というか……」

 つまり、またお酒を飲めばああいうことをしてくれると。

「そ、そんなことしませんよ。もう」
(……え、してくれないんですか。……それは、残念です)
「え、ちょっと露骨に悲しまないで下さいよ。私が悪いみたいじゃないですか」
(いえいえそんなことありませんよ。死神さん全く悪くありません。ただ……)

 ただ……悪霊になって早数ヶ月。気がつくと、人間だった頃には当たりだった温もりを思い出せなくなっていた。ただ見て、聞いて、考えることしかできない日々。温かみの感じない日常。ああ、これぞまさに地獄と言えよう。 しかしそんな時、お酒の勢いとはいえ死神さんと触れ合い、懐かしい感触を思い出した。ああ、あの温もりを! 癒やしを! 再び感じることができるとは思いもよらない僥倖! けれどもう。もしかすると二度と、それらを感じることができなくなってしまうのか……。いえ、死神さんは悪くありません。俺が我慢すればいいのです。それで、いいのです……。
 
 ふう、ちょっと熱弁してしまった。なぜか、精神崩壊していた頃を思い出したが、気にすることはあるまい。さて、膝枕を二度と堪能できないのは残念だが、まあしょうがあるまい。我慢するとしよ、う……? ちょっと、死神さん?

 ガシッと、死神さんに掴まれた。そのままアラウンドザワールドさせられて、俺の体?は柔らかい何かに押し付けられる。

「……ちょっとだけ……。ちょっとだけ、ですからね……」

 死神さんはそう言って、俺を膝に押し付ける。
 おおおお! 柔らかい、温かいぞー!

「今回だけ、ですからね……」

 死神さんの声が消え入るように小さくなる。視界を腹側に押し付けられているので見えないが、恐らく顔を真っ赤にしていることだろう。

 はー。気持ちいい。温かい。ちゃんとヒトに触れ合うのは何日ぶりだ? 前回はすぐ酔ってしまったからあまり堪能できなかった。しばらくくっついて、温かみ成分を補充しておこう。……ん?

 腹側に押し付けられた視界。左半分が明るくて、右半分が暗い。そして、俺は夜目が効くので右側も暗いけれど全く見えないことはない。そして俺は多少なら物体透過できる。よって恐らく、この右半分側は死神さんのスカートの向こう側だと思われる。ということはこの細いラインは……。

(見え)
「悪霊さんのバカーー!!!!」

 視界がジェットコースターの如く翻弄され、ビンタのような衝撃で俺は吹っ飛ばされた。

「ふーんだ。もう帰る!」

 そう言い残して死神さんは消えてしまった。

(……この痛みも悪くない……)

 そして俺は痛みすら悪くないと思うようになってしまった。どうしよう。転生した際に変態になっていなければ良いのだが。

 
 俺が家に戻ると、誰もいなかった。今は自由時間だから二人共外出したのだろうと思っていたら、ヒメちゃんが帰ってきた。

「あっくんいるー?」
(居るよ。どうした?)
「あっくのこと、呼んでるヒトが居るよ?」
(呼んでるヒト? セミルかマダムか?)

 ふるふるとヒメちゃんは首を振る。

(え、じゃあマッド?)

 もう一度ヒメちゃんは首を振る。え、じゃあ誰だろ。

「えーと。妖精さん?」

 ん? 妖精さん?

(妖精さんが俺のことを呼んでる?)
「多分!」
(よく分からないが……、ついて行けばいいんだな?)
「うん。こっち!」

 そう言ってヒメちゃんは駆け出す。俺は彼女の後に着いていく。妖精さんって、俺みたいに姿の見えない、あの妖精さんか?


 ヒメちゃんに案内された場所は、ムラのハズレだ。近くに道は無いので誰かが通りかかるということも無いだろう。

(ここに妖精さんが……?)
「さっきはこの辺りから声がしたんだけど……」

 道すがら、ヒメちゃんに妖精さんの特徴を聞きだしたら、想像どおりであった。姿は見えないが、声だけは聞こえる。片言の示唆するようなメッセージ。声を聞いた時、周りにはヒメちゃん以外いなかったみたいで、特定のヒトに声が聞こえるかどうかは分からない。そして、コッチへ来いと招かれたのがこの場所で、ここに俺を連れてきてと言われたらしい。

(でも、何で俺をここに呼んだのだろう)
「友達なの?」

 俺と、妖精さんがか? 会ったこともないのに。

「あ、悪霊さんちょっと静かにして。……聞こえる」

 ヒメちゃんはそう言ってもう少し進む。

「うん、連れてきたよ。……。えへへー」

 そして、彼女は虚空に向かって話し始める。

(妖精さん……居るのか?)
「あっくんには、聞こえない?」
(ああ、聞こえないな。何て言ってるんだ?)
「『ツレテキタカ』、と『エライエライ』って」

 ヒメちゃんが嘘をついているようには見えない。俺には声が聞こえない存在が、そこには居るようだ。いつもと逆のパターンだが、なるほどね。ちょっとこれは怖いな。ユリカもノーコちゃんも、俺が近くにいるときはこんな感じだったのか。

「え? ……ほら、そこ。ああ、悪霊さんも見えないんだよ。妖精さんと同じだね。え? 違うって何が?」
(ヒメちゃんごめん、何て言ってる?)
「えっと、悪霊さんの場所がどこかって訊いてる。なんか、妖精さんも悪霊さんの声、聞こえないんだって。みんなみたいに」

 え、そうなんだ。ということは、俺と妖精さんは似ているようで、実は全然似ていいないんじゃないか? お互いに姿が見えなくて声が聞こえないんじゃ、絶対に相容れないんじゃないだろうか。

「? ……どういうこと? ……。何度も同じこと言われても……」
(同じこと?)
「『セカイヲマワレ』って」

 セカイヲマワレ。世界を周れ?

「あれ? おーい、妖精さーん」
(どうした?)
「……聞こえなくなっちゃった」
(妖精さんの声が?)
「うん」

 しばらく俺達はここで妖精さんを探したが、再び声が聞こえることはなかった。一体全体、何だったのだろう。一方的に呼び出されたと思ったら、メッセージだけ残して妖精さんは去ってしまったようだ。何で俺はここに呼ばれたのだろうか。メッセージだけならヒメちゃんに伝えればそれで済んだはずなのに。

 数々の疑問は残したまま、俺とヒメちゃんは家路についた。
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