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失踪と手紙

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「茜のやつ、どこに言ったんだ……」

 雨の中、浅葱は茜を探していた。とりあえず、通学路を往復した後は、茜の立ち寄りそうな店をひとつひとつ覗き歩いた。近場にある遊具のない公園も見に行ったが誰も居なかった。

 茜の友人に尋ねてみたが、「知らない」という声ばかりだった。そのうちのひとりには「何か茜を怒らせるようなことしたんじゃないの?」と詰問されたが、他愛のない口論で時間を潰すのも嫌だったので、浅葱は曖昧に答えておいた。

 心当たりを全部探してみたが、茜の姿は影も形も無かった。仕方なく家に戻ろうとすると、携帯が震えた。萌葱からの着信だ。

「どうした萌葱。茜が帰ったのか?」
「お兄ちゃん、大変! 茜姉が……。茜姉が……!」
「茜がどうかしたのか?」
「茜姉が、結婚しちゃうの!」

 茜が、結婚……? 
 しばらく、浅葱はその場に呆けていた。


「……で、これがその手紙か?」
「うん、そうなの」

 ここは茜の家である。萌葱はこの家から浅葱に電話をかけたのだ。なぜ萌葱が茜の家に居たのかというと、茜の母親から呼び出しを受けていたからだ。

「わざわざごめんね、浅葱くん。警察にも通報したんだけど、事件性はないって言われちゃって……」

 おっとりしたように茜の母親は言う。見た目はおっとりしているが、これでも娘を心配していると付き合いの長い浅葱はよく知っていた。

「いえ、大丈夫です。それより、手紙を読ませて貰っても……?」
「ええ、もちろん、どうぞ」

 浅葱は礼を言って手紙を受け取る。色付きの、周囲に金細工の施された高級紙だ。僅かに花の香りもする。そんな紙に「しばらく外国に居ます。いちおう、安全らしいので、心配しないで下さい。茜」という見慣れた文字が書かれていた。

「確かに、茜の字ですね……」
「でしょ? 知らない番号だけど、茜本人から電話もかかってきたし、毎日電話かけるからって言われてもねぇ……」

 そう言っておばさんはため息をつく。本人から電話があったということで、警察も動いてくれないらしい。

「茜はどんな様子でしたか?」
「うーん、本人も状況を呑み込めてないような、そんな感じだったわ」
「そうですか……」

 続いて浅葱は、投函されていたという2枚目の便箋を広げる。そこには、達筆な英語で何事か書いてあった。知力値の高い浅葱は特に苦もなく内容を把握する。

「えっと……。なにこれ? やけに丁寧に綴ってあるけど、要するにこれ、茜と結婚させてくれってこと?」
「うん。古式のラブレターだよね。本人宛じゃなくって、相手の親宛の。差出人はこの人。ブラストニア・フォン・アレストレア……って読むのかな。お兄ちゃん、知ってる?」
「いや、知らない。おばさんは?」
「外国人に知り合いは居ないわ」
「そうですか……。で、こっちが3枚目の便箋ーーと」

 二つ折りのやや分厚い便箋は、広げると絵が飛び出してきた。昔懐かしの飛び出す絵本形式の手紙だ。男とラクダとオアシスが描かれている。背景は月夜だ。男の吹き出しの中にメッセージが書かれている。今度はアラビア語だ。数ヶ国を収めている浅葱は特に苦もなく内容を把握する。

「……今度は詩、かな。しかも恋する相手を思う詩。なにこれ?」
「私が思うに、これもラブレターかなって」
「ラブレター? 2通目の?」
「というより、2人目の、じゃないかな。差出人も違うし」
「あ、本当だ。名前は、サラーフかな。サラーフ・ムハンマド・ユースフ。萌葱は知ってる?」
「知らない。だから、さっきちょっと調べてみた」

 そう言って萌葱は自分のノートパソコンをこちらに向ける。そこには別々のウィンドウに同名の名前と人物の画像、そして略歴が記されていた。

「同名の別人かもしれないけど、有名人だったよ。親日家の石油王。ときどき日本に遊びに来てるってさ」
「そんな人物が何で茜に……?」
「さあ? 道に迷ったところを助けられて、茜姉に一目惚れとか?」
「漫画じゃあるまいし、そんなこと……」
 
 あるわけがないと言おうとして、浅葱は思い出す。東堂茜の運は漫画のような数値であったことを。

(ありえなくはない、のか……?)
「それで、四枚目の便箋だけどーー」

 萌葱はそう言って四枚目ーー投函されていた最後の便箋を浅葱に見せる。そこには日時とURLがタイプされていた。他の高級紙と違い、安っちい印刷用紙である。日時は四日後の午後八時であった。

「これは分からなかったよ。そのURLにアクセスしてもそんなページはなかったし。その日時まで待てってことかな」
「そっか。じゃあ、これは待つしか無いとして……。結局、分かったことは茜は何かに巻き込まれたってことくらいですね」

 いたずらとも思ったが、それにしては手が込んでるし、目的も分からない。だとしても、本当に茜がこの二人に結婚を申し込まれているという確信も持てない。

「ただ、困惑しているってことは、茜も本意じゃないだろうし、僕のほうでも少し追ってみます。おばさんは、茜から電話がかかってきたら場所を聞いてみて下さい」

「分かったわ」

 おばさんが頷いたところで、茜の家の玄関の扉が開いた。

「あ、きっとお父さんだわ。茜のことを電話したら『すぐに帰る』って言ってたし」

 そう言って茜の母親は彼女の父親を出迎える。扉を開けてリビングに入ってきた茜の父親は、肩に細長い包みを背負っている。彼は浅葱たちに気がつく、彼らの元へやって来る。

「君たちにも心配かけたか。済まないね。浅葱くん」
「いえ」
「それで、茜が海外に拉致されたというのは本当かね?」

 父親は細長い包を紐解くと、中から一丁の猟銃を取り出した。

「犯人と思しき人物を見つけたらすぐ私に言いなさい。仕留めよう」

 娘溺愛歴17年の東堂孝一郎は鬼の形相で猟銃に弾を込め始め、

「何馬鹿なこと言ってるんですか」

 主婦歴20年の東堂京香は特に表情を変えずハリセンで孝一郎の頭を引っ叩いた。
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