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一章

21.子供だけのお茶会を

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 お兄様に相談してから早五日。
 ミルを巻き込んでお茶会の準備を進めれば、あっという間に準備が整ってしまった。

「あ、の……なんで僕、ここに……?」
「今日はノアの為のお茶会なのだから、ノアを呼ぶのは当たり前でしょう?」

 お茶会の席に招待をすれば、思いのほかあっさりと私に着いてきてくれたノアなのだけれど、席に着いてからやっぱり場違いなのでは、と思ってしまったらしい。
 私以上に顔に出てるよ、ノア。なんてわかりやすいのかしら。
 因みにお茶会の場所は、いつも私とミルが使っている東屋ではなくて温室になっている。今日はお兄様もいるし、東屋に四人だと狭くはないけれど広くもないみたいな状況に陥ること間違いなしだろうから、そうなると温室が丁度良いのだ。

 そうして始まったお茶会は、初めのうちノアはやっぱり緊張が溶けなくてガチガチに固まっていたのだけれど、お兄様もミルも物凄く気を遣ってますみたいな雰囲気を出すことなくノアにも自然に接していたので
 次第に緊張が溶けてきているようだった。
 うん、緊張が薄まることはいい事だよね。

「……手元見ないと危ないよ?」
「え?……ひゃあぅ!?」
「あーあ……待って、動かないで。今拭くから」

 なんて、そんなことを思いながらノアの方へ視線を向けていたおかげで、見事に自身の手元へ送るはずだった注意を散漫させた私は紅茶を少しだけ零してしまった。
 ミルに忠告されなかったら危うく大惨事になっていたところだよ……。
 ギリギリのところで紅茶はテーブルの上で留まってくれたから良かったものの、これがドレスにまで垂れていたらと思うと……うん、これお気に入りのものだし相当ショックだわ。

「ありがとう」
「どういたしまして。でも次からは気を付けなよ」

 しっかりと注意された。うん、本当にごめんなさい。

「ノアのカップにももうそんなに入ってないね。お代わりいる?」
「あ、いえ、……自分で……」
「気にしなくていいから。自分のにも淹れるついでだし」
「は、はい。……ありがとうございます……」
「みふ、ふいへにわはひひほ(ミル、ついでに私のにも)」
「口の中に何か入れたまま喋るなよ……」

 溜め息をつきつつミルは三人分のティーカップに紅茶を注いでいく。
 その間に私は口の中にあるクッキーを飲み干そうと口を急いで動かした。
 もぐもぐもぐもぐ。ごくん。
 ふぃー、美味しかった。

「はい」

 タイミング良くミルからティーカップを渡される。
 それにしても、ミルったら手際良すぎない?

「……あ、あの……」

 と、その時ノアが自ら声を発した。

「どうかしたかい?」

 ノアの発した声に、それまで黙ったまま面白そうに私とミルのやり取りを眺めていたセシルお兄様が首を傾げてノアへと視線を向けた。

「リリーローズ様、と……ミル、フォード様は、その……とても仲が良いですね…」

 そして続けてノアの口から飛び出した言葉に、私は目を瞬かせる。

「……まあ、これでもミルは私にとって唯一の幼馴染に当たる人だからね。ほぼ毎日のように訪ねてくるわけだし」

 私の言葉に、ミルが頷いて同意をする。すると、ノアは「そう、なんですね」と少しだけ顔を俯かせてしまった。
 一体どうしたのだろうか?
 私が不思議そうにノアを見つめていると、その視線に気が付いたノアは慌てた様子で手をパタパタと振ってなんでもないですと首を振った。

「あの、……ただ、お二人はいつも仲が良さそうで……その、パーティーの日も、ミルフォード様が、リリーローズ様を、その……エスコート、していましたし……」
「ああ、それはリリーが無理矢理やった事だけれどな」
「失礼な!!ちゃんとミルに尋ねてから決めたことでしょう?」

 私がムッとして言い返すと、ミルに悪戯めいた笑みを向けられた。
 ……どうもからかわれたらしい。

「……いい、な……」

 私がミルを恨めしく睨んでいると、不意に消え入りそうなか細い声が微かに聞こえた。
 それは、紛れもなくノアの声だった。

「ノア……?」

 私の声を聞いたノアは、ハッとして口元を抑えた。
 よく見ると顔が赤くなっている。

「あ、……ごめんなさい、なんでもないです」
「……ノア、ここでは思ったことを口に出したっていいんだよ?ここには僕達しかいないんだから、本音を押し殺す必要なんてない」

 慌てて先程の言葉を無かったことにしようとするノアに、お兄様が優しく言い聞かせるように告げる。

「それとも、誰にも本音を言いたくない?」

 お兄様、その質問は少し意地悪だと思うのですけれど。

「……」

 ああ、ほらノアが黙っちゃったじゃない。
 ノアにとって答えにくそうな質問をするのやめましょうよお兄様。ノアを追い込んでどうするんですか。
 私は無言でお兄様を睨むけれど、お兄様は素知らぬ顔でティーカップに口をつけている。
 そんなお兄様に私は溜息を吐いてしまった。

「あのね、ノア。お兄様の言葉は気にしなくていいよ?言いたくないことだってあるだろうし、人によっては本音を知られたくない人だっているもの。挑発じみたお兄様の言葉になんて悩まなくていいんだよ?」
「酷いいいようだなぁ、リリー」

 ノアに優しく告げる私に、お兄様が苦笑して肩を竦めてみせる。
 でも、そんなお兄様のことはもう無視だ。
 私はお兄様の言葉を聞かなかったふりをして、そのまま言葉を続けた。

「でもね、これだけは知っていてほしいの。……ここにいる人達は、皆ノアの味方なんだよ」
「味方……?」

 私の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げるノアに、私は少しだけ眉を寄せて躊躇いつつ言葉を紡いだ。

「……その、ね。お父様にノアの前の家庭の事情は聞かせてもらったの」

 私の言葉にノアはわかりやすくビクリと体を震わせた。
 その様子に更に眉を下げながらも、私は話を続ける。

「ノアは何も悪くないのに、理不尽に虐げられて、奴隷みたいに扱われて、……そんなことをされたら、誰だって人と関わるのってとても怖いよね」

 でも、と私はノアを真っ直ぐに見つめた。

「でも、この家には貴方のことを虐めようと思う人なんていないよ。……少なくとも、私はノアの味方だから」

 自分の言葉が偽善者じみてて笑えてくる。でも、それでもこれは、私の心からの本音だ。

「だからね、ノアはもうなにかに怯えたり、人の顔色を伺ったりなんてする必要はないんだよ?」

 気を張らずに、楽にしてもいいんだよ?

「……っぼ、く……は……」

 ノアの瞳は次第に潤み始めて、そしてはらはらと泣き出してしまった。
 私はそっとノアの背中を撫でてやる。

「ぼく、は……いらない、人間だって……」

 そして、ゆっくりとノアは話し始める。

「ししゃく、さまに、……おくさまに……おまえ、は、生きるかちがないって……いわ、れて……」
「うん」
「まいにち、苦しかった……し、かなし、かった……」
「うん……」
「みんな、……だれ、も、……ぼくを、いない存在として……ごはんだって……もらえなく、て……」
「そっか」
「……ぼくは、……なんで……なんで、!」

 それ以上上手く言葉に出来なかったのか、ノアはひたすら「なんで」と繰り返した。
 ノアの気持ちは、私に痛い程伝わってくる。
 そして気が付けば、私の瞳からは涙が零れ落ちていた。

「ノアは、何一つ悪くなんてないのに。……それなのに、一方的に罵られて、蔑まれて、……ノアは、何も悪くないのにね……それはとても、悲しかったのにね」

 誰も自分の本心には気付いてくれない。表面だけで判断されるだけで、誰も中身を見ようとしない。
 それは、ただただ苦しくて、そして何よりも悲しいことだった。
 私はそれを、そう言った苦しみを前世で経験したことがある。

「もう、大丈夫だからね……ここには、貴方を無意味に傷付ける人なんて、いないから……」

 一層声を上げて泣きじゃくるノアを、私はそう言ってそっと抱きしめた。
 その後、ノアが落ち着くまで私はずっとノアを抱きしめて、その背中をゆっくりと撫でていた。
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