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一章

7.王女が騎士を避ける理由2

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「直談判ご苦労様です、姉上」
「本当に苦労しかしなかったわよ……」

 ミルフィが自室に戻ると、丁度良いタイミングでフェリクスが部屋を訪ねてきた。
 人払いを済ませた部屋で二人は寛ぎながら言葉を交わす。

「その様子を見ると結局始めの内容と変わらなかったんですねー」
「ええ。全くと言っていい程に何も変わらなかったわ」

 疲れたように溜め息をつくミルフィに、フェリクスは少しだけ同情する。

「まあ、これ以上はどうしたって覆すことは出来ないと思いますし、仕方ないけれど頑張ってくださいねぇ」

 それから、そういえば……とフェリクスはふと思いついたように紅茶の入ったカップからミルフィへと視線を移した。

「僕、姉上がアルベルトと色々複雑な事情があっては関わりたくないとは聞いていましたけどぉ、何があって姉上はアルベルトと関わらないようにしているのですかぁ?」

 その言葉にミルフィは首を傾げた。

「フィルには話してなかったかしら?」
「何も聞いてないですよ~。曖昧な表現で言葉を濁したのは姉上じゃないですかぁ~」

 そうだったかしらと思いつつ、ミルフィはフェリクスの言葉に頷いた。

「気になるのなら話してあげてもいいわ。……でも、あまりいい気分のものではないけれど」

 そう前置きをしてからミルフィはゆっくりと息を吐いて、そして次の言葉を紡いだ。


「アルベルト……アルトはね、ミルフィリアスわたしを殺害した張本人なのよ」
「……はい?」

 あまりにも予想外すぎる言葉にフェリクスは自分の聞き間違いかと問い返した。
 しかしミルフィは同じ答えを返す。

「アルトはミルフィリアスわたしを殺したのよ」

 淡々と告げるミルフィリアスにフェリクスは絶句する。

「……それは、本当なのですか?」

 フェリクスは微かに声を震わせる。

「ええ。本当のことよ。……わたしは十八歳のときにアルトに剣で斬られて死んだの」

 変わらず微笑みを絶やしているミルフィは、しかしフェリクスだからこそ気が付けた。
 その笑みの裏に悲観と絶望を含んでいたことに。

(そんなの……ありえますか?姉上が、まさか殺されたなんて……たしか姉上はアルベルトのことをとても信頼していたはずでは?……アルベルトはそんな姉上を裏切ったということですか?)


 ふつふつと怒りが込み上げてくる。
 でミルフィとアルベルトは仲違いをしたくらいにしか思っていなかったフェリクスは、事の真実に唯々苛立った。

(こんなことならあの時もっと強くアルベルトに忠告しておけばよかった……いや、いっそのこと今から父上に進言してアルベルトを姉上の護衛騎士から外すようにしますか?たとえのことだとしても姉上を殺した奴になんて二度と近づいて欲しくはないですからねぇ……さて、どうしましょうか?) 

 着実にアルベルトを追い込んでいく計画を緻密ちみつに立てようと本気で考え始めるフェリクスに気が付いたミルフィは苦笑しながらたしなめた。

「いいのよ、フィルが気にすることじゃないわ。それに貴方がやったら必要以上に手痛い復讐を成し遂げそうな予感しかしないから」

 その言葉にフェリクスは不服そうに唇を尖らせる。

「えぇ~、姉上を死に追いやった奴なんかに温情なんてかける必要ないんですよぉ~?」
「……フィル、とりあえず落ち着きなさい。わたしは別に貴方に何かをして欲しくて話したわけではないのよ?」

 ミルフィの言葉に渋々といった様子でフェリクスは頷いた。

「……姉上は、それでいいんですか?」

 なにがとは訊かなかった。
 それでもミルフィにはフェリクスの言いたいことが通じた。だから曖昧に笑って頷いた。

「……ええ、いいのよ」

 諦めているわけではない。寧ろ自分は未だに無意味でどうしようもない願いを込めた期待をしてしまっている。 それはアルベルトを見た瞬間から気が付いていたこと。

(でももう、それでも構わない)

 その願いは叶わないことを知っているから。

「決まってしまったことはもう仕方ないことだもの。それに、それはの話よ。はまだアルトは何もしていないわ」
「ですが、アルベルトとはあまり関わりたくないのでは……?」
「そうね……でも、仕方ないことだもの」

 仕方のないこと。それは、フェリクスに言っているというよりは自分自身に言い聞かせているように感じられた。
 そう言って笑うミルフィを見て、フェリクスはなんともいえない気持ちになった。
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