186 / 188
第三幕 番外編
神の御子は今宵しも③
しおりを挟む
「それで確か、ナカバヤシさんが着てきた葬儀のスーツ、猫の毛だらけで……」
「本家の人の葬儀だったし時間もないしで焦って、みんなしてこういうデザインです! でゴリ押ししたよねえ」
「あはははっ、めちゃおもろい!」
いい感じにアルコールが回っているのか、庄助は真っ赤な頬をして、終始上機嫌に笑っていた。そのナカバヤシにもらったというエアコンの暖房と、足元からのこたつの熱、そしてフグ鍋のせいで部屋は息苦しいくらい暑かった。
国枝はシャツの襟元をくつろげると、スマホを持って窓際に立った。ガラスがほんのり結露している。すっかり外の闇に塗り替えられた表面に触れると、凍てつく冷たさが熱い指に心地良い。
「あ。タバコ、どうぞ」
景虎は言ったが、国枝は首を横に振った。
「吸わない人の家では吸わないよ。顔、熱いからさ、ちょっとだけ開けていい?」
窓をほんの数センチ開けると、網戸越しの冷風が頬に心地良い。何気なく取り出したスマホに、メッセージがいくつか入っている。
クリスマスだというのに仕事のメールがほとんどで嫌気が差す。だが、ふとある人物とのメッセージアプリのチャット画面を見て、国枝は少し驚いてしまった。
〈ここから未読メッセージ〉
〈今日〉
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『本日は誠に、おめでとうございます』
敵対組織、川濱組の協力者である佐和からだった。何を言おうとしたのか知らないが、三度もメッセージを取り消している。
気の利いたことを言おうとこねくり回した文章が恥ずかしくなったのか、はたまた口説き文句を書いたはいいが、自分たちはそんな仲ではないと思い直して取り消したのか。
色々と想像すると、この短く絵文字もなにもない祝いのメッセージに彼の万感の想いが込められている気がして、国枝はその健気さに吹き出してしまった。
こたつの方を見ると、煮立って残り少なくなった鍋の底にへばりついたマロニーを、庄助が一生懸命箸で剥がしている……のを、景虎が愛おしそうにじっと見つめている。
どちらにせよ聖なる夜の嫌がらせは、そろそろ潮時かもしれなかった。
ありがとう。よかったら今から飲みに行く?
国枝がそう送った瞬間に既読が付いた。もしかすると佐和は、このチャット画面を開いてまだ何か考え書き綴っていたのかもしれない。それはちょっと気持ち悪いな……。国枝は苦笑した。
既読が付く速さのわりに、戸惑っているのか返信はまごついている。国枝はポケットにスマホをしまうと、静かに窓を閉めた。
「国枝さん、締めに雑炊やりますよね?」
「ん? あ~。ありがと、でもお腹いっぱいになっちゃったな」
庄助の申し出を断ると、もうこたつにあたらずにグラスの日本酒を飲み干した。
「え……もしかして国枝さん帰るんですか?」
宴もたけなわの雰囲気を醸し出す国枝を見上げて、庄助は寂しさを顕にした。
「本家の人の葬儀だったし時間もないしで焦って、みんなしてこういうデザインです! でゴリ押ししたよねえ」
「あはははっ、めちゃおもろい!」
いい感じにアルコールが回っているのか、庄助は真っ赤な頬をして、終始上機嫌に笑っていた。そのナカバヤシにもらったというエアコンの暖房と、足元からのこたつの熱、そしてフグ鍋のせいで部屋は息苦しいくらい暑かった。
国枝はシャツの襟元をくつろげると、スマホを持って窓際に立った。ガラスがほんのり結露している。すっかり外の闇に塗り替えられた表面に触れると、凍てつく冷たさが熱い指に心地良い。
「あ。タバコ、どうぞ」
景虎は言ったが、国枝は首を横に振った。
「吸わない人の家では吸わないよ。顔、熱いからさ、ちょっとだけ開けていい?」
窓をほんの数センチ開けると、網戸越しの冷風が頬に心地良い。何気なく取り出したスマホに、メッセージがいくつか入っている。
クリスマスだというのに仕事のメールがほとんどで嫌気が差す。だが、ふとある人物とのメッセージアプリのチャット画面を見て、国枝は少し驚いてしまった。
〈ここから未読メッセージ〉
〈今日〉
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『佐和一が、メッセージの送信を取り消しました』
『本日は誠に、おめでとうございます』
敵対組織、川濱組の協力者である佐和からだった。何を言おうとしたのか知らないが、三度もメッセージを取り消している。
気の利いたことを言おうとこねくり回した文章が恥ずかしくなったのか、はたまた口説き文句を書いたはいいが、自分たちはそんな仲ではないと思い直して取り消したのか。
色々と想像すると、この短く絵文字もなにもない祝いのメッセージに彼の万感の想いが込められている気がして、国枝はその健気さに吹き出してしまった。
こたつの方を見ると、煮立って残り少なくなった鍋の底にへばりついたマロニーを、庄助が一生懸命箸で剥がしている……のを、景虎が愛おしそうにじっと見つめている。
どちらにせよ聖なる夜の嫌がらせは、そろそろ潮時かもしれなかった。
ありがとう。よかったら今から飲みに行く?
国枝がそう送った瞬間に既読が付いた。もしかすると佐和は、このチャット画面を開いてまだ何か考え書き綴っていたのかもしれない。それはちょっと気持ち悪いな……。国枝は苦笑した。
既読が付く速さのわりに、戸惑っているのか返信はまごついている。国枝はポケットにスマホをしまうと、静かに窓を閉めた。
「国枝さん、締めに雑炊やりますよね?」
「ん? あ~。ありがと、でもお腹いっぱいになっちゃったな」
庄助の申し出を断ると、もうこたつにあたらずにグラスの日本酒を飲み干した。
「え……もしかして国枝さん帰るんですか?」
宴もたけなわの雰囲気を醸し出す国枝を見上げて、庄助は寂しさを顕にした。
12
お気に入りに追加
344
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる