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第三幕 番外編
神の御子は今宵しも①
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「いや~悪いねクリスマスにお邪魔しちゃって」
月初に新調したばかりのこたつの中に、男の足が合計六本。目の前では、昆布の入った鍋がぐらぐらと茹だっている。
白い湯気を挟んだ向かい側、仏頂面をする家の主に向かって、国枝はにっこりと笑いかけた。
「そんな、こちらこそええんかなって。むさ苦しい男所帯にご足労いただいて」
「お、難しい言葉おぼえたね? えらいな~」
国枝の手のひらが隣の金髪の頭をわさわさと撫で回すたび、景虎の眉間に皺が寄った。満更でもない庄助の、存在しない犬の尻尾がブンブン揺れるのが見えるようで苛立たしい。
「……リカさんはいいんですか? 寂しがってるんじゃないんですか?」
鍋の底で悩ましげに揺らめいては出汁を滲ませる昆布に向かって、景虎はいかにも不機嫌そうに目を伏せて言った。
“リカ”とは、国枝が勝手に家に上がり込んで半同棲状態になっている女性の名前だ。昼は大型トラックの運転手、週末は小さなスナックのママをやっている働き者らしい。
「え~? リカちゃんは今日仕事だし、せっかくだからご相伴にあずかろうと思って来たんだけど、そんなにお邪魔だった?」
「邪魔ではないですが……なんというか……」
鍋に野菜を入れる庄助の手元を見つめながら、景虎は恨めしそうな声を出した。その様子が愉快で愉快で、国枝は思わず声を立てて笑いそうになった。
「こらカゲ! イケズ言うな! ホンマすみません国枝さん。実家から“てっちり”の材料送ってきたから……二人で食べるのもアレやしクリスマスやし、国枝さんも誘おうって俺が言うたんです」
申し訳なさそうに頭を下げる庄助の手が、鍋の中に豆腐をつるつると流し込んでゆく。二人で暮らして料理をするようになってから、随分手際が良くなったものだ。
それにしても冗談じゃない。どうして、というのも野暮な質問だというくらいには、国枝の性格は長い付き合いで知っているつもりだ。クリスマスにわざわざ、男だらけの鍋パーティーへの招待にノってくるなんて、自分への嫌がらせに決まっている。景虎にはわかった。
国枝に二人きりの時間を邪魔されるくらいなら、フグの五人前や六人前くらい、頭から丸ごと食ってやる。そう顔に描いてはばからない景虎に向けて、国枝はビニール袋の中の缶ビールを開けて手渡した。
「あはは、お酒いっぱい買ってきたからさ。機嫌直してよ、ね?」
景虎は渋々缶を受け取ると、口をつける。国枝が道すがらコンビニで買ってきたビールは、まだ冷蔵庫に入れられていないにも関わらず、よく冷えていた。袋の中には他にも、庄助の好きなお菓子やジュースが詰まっている。二人用の小さな冷蔵庫には入り切らないから、こうして皆で少しずつ飲んでいる。
煮えるまで先に食べておいてくださいと、冷蔵庫から庄助がフグの刺身を持ってきた。関西圏では“てっさ”というらしい。向こうが見えそうなその薄造りを、国枝はもみじおろしを乗せポン酢につけて口に運んだ。
「毒で死んだらいいのにって思ってるでしょ」
「……思ってませんが」
「ウッソだよ、クリスマスだからって庄助と二人になりたかったんじゃないの。このスケベヤクザ、人間のクズ」
「そこまでわかってるなら嫌がらせはやめてください、大人げない」
庄助が台所に立っている隙に、聞こえないように罵り合う。一つのこたつで囁くように会話をするそれぞれタイプの違う色男たちは、ともすれば仲睦まじくも見える。
「お待たせしました~。うーさむさむ……」
あらかた役目を終えた包丁やまな板を先に洗い終えてタオルで手を雑に拭くと、庄助は待ちかねたように自分もこたつの中に手足を入れた。
景虎のスウェットから出た足首に、庄助の冷えた足の指が触れる。冬でも素足で家の中をうろつき回る庄助が、動物みたいで愛おしかった。今すぐ抱きしめたいのに、国枝の存在が疎ましい。
「フグとか何年ぶりやろ。大人になってから食ってない気がする!」
さして大きくないこたつテーブルは、鍋と三人分の飲み物と食器を置けばもういっぱいいっぱいだ。
なに飲む? と国枝に聞かれて、庄助もビールを手に取った。プルタブから空気が漏れる音がするのと同時に庄助は、かんぱぁい、と嬉しそうな声を出した。
月初に新調したばかりのこたつの中に、男の足が合計六本。目の前では、昆布の入った鍋がぐらぐらと茹だっている。
白い湯気を挟んだ向かい側、仏頂面をする家の主に向かって、国枝はにっこりと笑いかけた。
「そんな、こちらこそええんかなって。むさ苦しい男所帯にご足労いただいて」
「お、難しい言葉おぼえたね? えらいな~」
国枝の手のひらが隣の金髪の頭をわさわさと撫で回すたび、景虎の眉間に皺が寄った。満更でもない庄助の、存在しない犬の尻尾がブンブン揺れるのが見えるようで苛立たしい。
「……リカさんはいいんですか? 寂しがってるんじゃないんですか?」
鍋の底で悩ましげに揺らめいては出汁を滲ませる昆布に向かって、景虎はいかにも不機嫌そうに目を伏せて言った。
“リカ”とは、国枝が勝手に家に上がり込んで半同棲状態になっている女性の名前だ。昼は大型トラックの運転手、週末は小さなスナックのママをやっている働き者らしい。
「え~? リカちゃんは今日仕事だし、せっかくだからご相伴にあずかろうと思って来たんだけど、そんなにお邪魔だった?」
「邪魔ではないですが……なんというか……」
鍋に野菜を入れる庄助の手元を見つめながら、景虎は恨めしそうな声を出した。その様子が愉快で愉快で、国枝は思わず声を立てて笑いそうになった。
「こらカゲ! イケズ言うな! ホンマすみません国枝さん。実家から“てっちり”の材料送ってきたから……二人で食べるのもアレやしクリスマスやし、国枝さんも誘おうって俺が言うたんです」
申し訳なさそうに頭を下げる庄助の手が、鍋の中に豆腐をつるつると流し込んでゆく。二人で暮らして料理をするようになってから、随分手際が良くなったものだ。
それにしても冗談じゃない。どうして、というのも野暮な質問だというくらいには、国枝の性格は長い付き合いで知っているつもりだ。クリスマスにわざわざ、男だらけの鍋パーティーへの招待にノってくるなんて、自分への嫌がらせに決まっている。景虎にはわかった。
国枝に二人きりの時間を邪魔されるくらいなら、フグの五人前や六人前くらい、頭から丸ごと食ってやる。そう顔に描いてはばからない景虎に向けて、国枝はビニール袋の中の缶ビールを開けて手渡した。
「あはは、お酒いっぱい買ってきたからさ。機嫌直してよ、ね?」
景虎は渋々缶を受け取ると、口をつける。国枝が道すがらコンビニで買ってきたビールは、まだ冷蔵庫に入れられていないにも関わらず、よく冷えていた。袋の中には他にも、庄助の好きなお菓子やジュースが詰まっている。二人用の小さな冷蔵庫には入り切らないから、こうして皆で少しずつ飲んでいる。
煮えるまで先に食べておいてくださいと、冷蔵庫から庄助がフグの刺身を持ってきた。関西圏では“てっさ”というらしい。向こうが見えそうなその薄造りを、国枝はもみじおろしを乗せポン酢につけて口に運んだ。
「毒で死んだらいいのにって思ってるでしょ」
「……思ってませんが」
「ウッソだよ、クリスマスだからって庄助と二人になりたかったんじゃないの。このスケベヤクザ、人間のクズ」
「そこまでわかってるなら嫌がらせはやめてください、大人げない」
庄助が台所に立っている隙に、聞こえないように罵り合う。一つのこたつで囁くように会話をするそれぞれタイプの違う色男たちは、ともすれば仲睦まじくも見える。
「お待たせしました~。うーさむさむ……」
あらかた役目を終えた包丁やまな板を先に洗い終えてタオルで手を雑に拭くと、庄助は待ちかねたように自分もこたつの中に手足を入れた。
景虎のスウェットから出た足首に、庄助の冷えた足の指が触れる。冬でも素足で家の中をうろつき回る庄助が、動物みたいで愛おしかった。今すぐ抱きしめたいのに、国枝の存在が疎ましい。
「フグとか何年ぶりやろ。大人になってから食ってない気がする!」
さして大きくないこたつテーブルは、鍋と三人分の飲み物と食器を置けばもういっぱいいっぱいだ。
なに飲む? と国枝に聞かれて、庄助もビールを手に取った。プルタブから空気が漏れる音がするのと同時に庄助は、かんぱぁい、と嬉しそうな声を出した。
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