146 / 188
第三幕
一、ペルソナ・ノン・グラータと悪の帝国④
しおりを挟む
「そうだ景虎、お前明日ウチに早めに来てくれるか」
張りのあるレザーのクッションに腰を沈めながら、矢野は言った。
「誠凰会との会合ですね。では早めに、親父のマンションにお迎えに行けばいいでしょうか」
「おう。空きっ腹に飲むのはよくねェから、腹ごしらえしてから行こうや」
誠凰会は、織原組と親組織を同じくする三次団体だ。
会長の久原が矢野に声をかけたのは他でもない、抗争組織の川濱組のことだった。
川濱組は、数ヶ月前に穏健派の若頭が懲役に行ってしまい、内部の人間がタカ派とハト派に割れて荒れているという。
その川濱組のことで話があるそうだが、どうせロクな相談ではないに決まっている。景虎はうんざりしていた。
「では、十七時過ぎにはお迎えにあがります」
頭を下げる景虎に、矢野は笑いかけた。
「親子水入らずで飯を食うのは久しぶりだな、楽しみだよ」
雷鳴が夕雲の果てで唸り、雨が窓を叩く。
雨はいまだに好きではない、だからせめて面倒くさいことになりそうな明日くらい、止んでほしいものだ。
隣でピザを頬張る庄助の、リスのような丸い頬を見る。景虎にとって庄助と摂る食事以外は、どんな高級店に行って何を食おうと変わらない。
会合だなんだと言っても、自分は初めから矢野の肉の盾としてそこにいるだけで、誰も人間として話しかけたり評価したりなんてしない。
ヤクザの仕事なんて、カタギの仕事と変わらずいくらでも替えがきく。それを、庄助はいつになったらわかってくれるのだろうか。
景虎は自分が知るすべもない、ピアスを開ける前、髪の毛を染める前の、今よりもっとずっと幼い庄助のことを想像しては胸を高鳴らせた。
◇ ◇ ◇
アパートの部屋に帰ると、景虎は靴を脱ぐ隙も与えず庄助に口づけた。
閉めたドアに雨で濡れた身体を押し付け、熱く掠れる吐息を奪う。もうあらかじめそうなることがわかっていたかのように庄助は観念して、力を抜いてそれに応えた。
唇の隙間で嫌だとかダメだとか、そういった口だけの拒否がかすかに聞こえたが、景虎は無視した。
長いキスから解放されて息を継ぎながら、庄助は酸素の回らない頭で言葉を探した。
「はぁっ……あのな、お前……」
景虎の濡れた髪から、雫がひとつ落ちた。二人で一つのビニール傘で帰ってきたのに、傘をさしていた景虎のほうが濡れている。それに気づいて、庄助は口に出そうとした諸々を飲み込んだ。
張りのあるレザーのクッションに腰を沈めながら、矢野は言った。
「誠凰会との会合ですね。では早めに、親父のマンションにお迎えに行けばいいでしょうか」
「おう。空きっ腹に飲むのはよくねェから、腹ごしらえしてから行こうや」
誠凰会は、織原組と親組織を同じくする三次団体だ。
会長の久原が矢野に声をかけたのは他でもない、抗争組織の川濱組のことだった。
川濱組は、数ヶ月前に穏健派の若頭が懲役に行ってしまい、内部の人間がタカ派とハト派に割れて荒れているという。
その川濱組のことで話があるそうだが、どうせロクな相談ではないに決まっている。景虎はうんざりしていた。
「では、十七時過ぎにはお迎えにあがります」
頭を下げる景虎に、矢野は笑いかけた。
「親子水入らずで飯を食うのは久しぶりだな、楽しみだよ」
雷鳴が夕雲の果てで唸り、雨が窓を叩く。
雨はいまだに好きではない、だからせめて面倒くさいことになりそうな明日くらい、止んでほしいものだ。
隣でピザを頬張る庄助の、リスのような丸い頬を見る。景虎にとって庄助と摂る食事以外は、どんな高級店に行って何を食おうと変わらない。
会合だなんだと言っても、自分は初めから矢野の肉の盾としてそこにいるだけで、誰も人間として話しかけたり評価したりなんてしない。
ヤクザの仕事なんて、カタギの仕事と変わらずいくらでも替えがきく。それを、庄助はいつになったらわかってくれるのだろうか。
景虎は自分が知るすべもない、ピアスを開ける前、髪の毛を染める前の、今よりもっとずっと幼い庄助のことを想像しては胸を高鳴らせた。
◇ ◇ ◇
アパートの部屋に帰ると、景虎は靴を脱ぐ隙も与えず庄助に口づけた。
閉めたドアに雨で濡れた身体を押し付け、熱く掠れる吐息を奪う。もうあらかじめそうなることがわかっていたかのように庄助は観念して、力を抜いてそれに応えた。
唇の隙間で嫌だとかダメだとか、そういった口だけの拒否がかすかに聞こえたが、景虎は無視した。
長いキスから解放されて息を継ぎながら、庄助は酸素の回らない頭で言葉を探した。
「はぁっ……あのな、お前……」
景虎の濡れた髪から、雫がひとつ落ちた。二人で一つのビニール傘で帰ってきたのに、傘をさしていた景虎のほうが濡れている。それに気づいて、庄助は口に出そうとした諸々を飲み込んだ。
31
お気に入りに追加
344
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる