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第二幕 番外編
スピカの後味④
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肩に景虎の指が触れて、抱き寄せられた。庄助の額に、柔らかい唇が触れる。音を立てて、数度口づけを繰り返す。そのまま上を向かされ、唇にキスされそうになって庄助は慌てた。
「ちょっ……待て」
「ダメか?」
「ダメっつーか、逆に恥ずかしいねん! お前と普通に、で……デートみたいなことして、こういう場所でイチャイチャすんのが……」
まるで女の子みたいに、徹頭徹尾大事にされるのが恥ずかしかった。じゃあどうしたいのかと聞かれると、庄助も思いつかないのだが。
景虎は庄助の前髪を撫でながら、うっすらと笑った。
「嫌なら何もしない」
「嘘つけや……」
「本当だ。誕生日だし、今日くらいは言うこと聞いてやる。庄助が嫌なら何もしない」
卑怯なやり方だと思った。嫌なわけないことがわかっていて、景虎は言っている。
いいよ、と答えるなんてできるはずない。受け入れるのはあまりに恥ずかしい。
庄助は、いつまで経ってもちっぽけなプライドを捨てきれない。何度もセックスを身体に教え込まれて、いつも最終的に快楽で泣かされるのに。それでもギリギリのラインで踏みとどまって、男としての矜持を保っていたかった。
景虎は庄助から身体を離すと、グラスの中にウイスキーを新たに注いだ。ホッとするような、寂しいような。庄助は手の中の、中身が半分以下になってしまったアルミ缶を強く握る。
「つーかお前、こういうとこ知ってたんやな」
「ホテルのことか? まあ、組の会食や接待で使うからな」
「へー、ええな」
「何もいいことなんかない。俺はああいう会は好きじゃないんだ。黙って飯だけ食えばいいものを、抱きたくもないのに女をあてがわれたり、足代だと言って袖の下を渡されたり、そういうクソみたいな見栄が……」
聞き捨てならない言葉に、庄助の立ち耳がわずかにぴくりと動く。
「待て、待て待て。女? お前、いつも会食や護衛や言うて出かけてって、女抱いとったんか!?」
「ん……? 庄助と会う前の話だ」
会う前だからなんだというのだ、不潔、変態、異常性欲者! よほど罵ろうと思ったが、うまく言葉が出ない。自分が景虎の立場だったら、喜んで女を抱いているかもしれない。だから、景虎のことを強く責め立てられない。
しかしどうしても庄助は、自分以外の知らない身体を抱く景虎の姿を思い浮かべてしまう。どんなふうに触れて、どんなふうな言葉をかけたんだろう。今は自分だけに熱く向けられているはずの視線が、急に疑わしい。
なんやこいつ。抱こうと思えば女だって抱けるし、別に不自由もしてないくせに。
なんで俺やねん。
むかつく、こんなことでむかついてしまうことがもうむかつく。
何も言えないのが悔しかった。景虎のグラスを引ったくると、庄助はひと息に中身を飲み干してしまう。
「おい、そんな一気に飲んだら……」
氷で薄まったとはいえ、40度を超えるアルコールはビールと比べ物にならない。喉を灼きながら胃に落ちてゆき、そこに新たに熱の根を張る。
「うぐっ……」
鼻に抜ける発酵した穀物の、深い香り。満員電車で隣に立つ、知らんオッサンの背広みたいな大人の匂いや。
庄助は涙目になりながら、また身体をぷるぷると震わせ、景虎の顔をぎゅっと強く睨んだ。
「庄助……?」
そのまま、不思議そうな顔をする景虎のバスローブの膝を枕にして寝転がる。腕を組んで窓の方を向いて、庄助は押し殺すような低い声で告げた。
「お前ほんまむかつく。むかつく、から……気持ちよくしろよ、絶対やぞ」
「ちょっ……待て」
「ダメか?」
「ダメっつーか、逆に恥ずかしいねん! お前と普通に、で……デートみたいなことして、こういう場所でイチャイチャすんのが……」
まるで女の子みたいに、徹頭徹尾大事にされるのが恥ずかしかった。じゃあどうしたいのかと聞かれると、庄助も思いつかないのだが。
景虎は庄助の前髪を撫でながら、うっすらと笑った。
「嫌なら何もしない」
「嘘つけや……」
「本当だ。誕生日だし、今日くらいは言うこと聞いてやる。庄助が嫌なら何もしない」
卑怯なやり方だと思った。嫌なわけないことがわかっていて、景虎は言っている。
いいよ、と答えるなんてできるはずない。受け入れるのはあまりに恥ずかしい。
庄助は、いつまで経ってもちっぽけなプライドを捨てきれない。何度もセックスを身体に教え込まれて、いつも最終的に快楽で泣かされるのに。それでもギリギリのラインで踏みとどまって、男としての矜持を保っていたかった。
景虎は庄助から身体を離すと、グラスの中にウイスキーを新たに注いだ。ホッとするような、寂しいような。庄助は手の中の、中身が半分以下になってしまったアルミ缶を強く握る。
「つーかお前、こういうとこ知ってたんやな」
「ホテルのことか? まあ、組の会食や接待で使うからな」
「へー、ええな」
「何もいいことなんかない。俺はああいう会は好きじゃないんだ。黙って飯だけ食えばいいものを、抱きたくもないのに女をあてがわれたり、足代だと言って袖の下を渡されたり、そういうクソみたいな見栄が……」
聞き捨てならない言葉に、庄助の立ち耳がわずかにぴくりと動く。
「待て、待て待て。女? お前、いつも会食や護衛や言うて出かけてって、女抱いとったんか!?」
「ん……? 庄助と会う前の話だ」
会う前だからなんだというのだ、不潔、変態、異常性欲者! よほど罵ろうと思ったが、うまく言葉が出ない。自分が景虎の立場だったら、喜んで女を抱いているかもしれない。だから、景虎のことを強く責め立てられない。
しかしどうしても庄助は、自分以外の知らない身体を抱く景虎の姿を思い浮かべてしまう。どんなふうに触れて、どんなふうな言葉をかけたんだろう。今は自分だけに熱く向けられているはずの視線が、急に疑わしい。
なんやこいつ。抱こうと思えば女だって抱けるし、別に不自由もしてないくせに。
なんで俺やねん。
むかつく、こんなことでむかついてしまうことがもうむかつく。
何も言えないのが悔しかった。景虎のグラスを引ったくると、庄助はひと息に中身を飲み干してしまう。
「おい、そんな一気に飲んだら……」
氷で薄まったとはいえ、40度を超えるアルコールはビールと比べ物にならない。喉を灼きながら胃に落ちてゆき、そこに新たに熱の根を張る。
「うぐっ……」
鼻に抜ける発酵した穀物の、深い香り。満員電車で隣に立つ、知らんオッサンの背広みたいな大人の匂いや。
庄助は涙目になりながら、また身体をぷるぷると震わせ、景虎の顔をぎゅっと強く睨んだ。
「庄助……?」
そのまま、不思議そうな顔をする景虎のバスローブの膝を枕にして寝転がる。腕を組んで窓の方を向いて、庄助は押し殺すような低い声で告げた。
「お前ほんまむかつく。むかつく、から……気持ちよくしろよ、絶対やぞ」
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