ぬきさしならへんっ!

夢野咲コ

文字の大きさ
上 下
99 / 256
第二幕

11.悪の吼える夜⑤

しおりを挟む
「ぐっ……」
 よろめいた向田の足の間に身体を捻って踏み込み、開襟シャツの胸ぐらを掴む。頬骨に思い切り、身体の回転を活かしたフックを叩き込むと、向田の口から白い歯が2本ほど吹き飛んでカーペットに落ちた。不自然なほどに白いそれは、セラミックの差し歯のようだ。

 くあっと犬のあくびのような奇妙な声を立てると、向田はドレッサーの前に尻餅をついた。それを追って、景虎はその腹を踏みつける。ぐっと体重をかけると、向田は失くした前歯の隙間から、うめき声を上げた。
 パニックになって慌てて這って逃げようとするヒカリを、ごめんね、お姉さんは重要参考人だから。などと言いながら国枝が押さえている。

 突然の展開に、呆気にとられて緩んだ店長の腕の隙間から抜け出すと、庄助はベッドのスプリングを利用して跳ね起きた。

「あ!?」
 ベッドの上に立ち上がり半身を捻ると、庄助は足刀で鼻頭を削ぐように、ヒールを履かされた脚で、店長の顔面を思い切り蹴った。
 ぶつんと音がして、店長の両の鼻の穴から盛大に赤い血が噴出した。
「ぐぎゃっ……!」
「も……もう最悪や、めっちゃキモい! 死ねっ!」
 顔をかばってうずくまる店長の背中に、庄助はベッドの上から蹴りを入れた。ゴキブリでも踏み潰すかのように執拗に何度も何度も、二度と息を吹き返さないようにストンピングをした。

「はあっ、はあっ! マジで……マジで死ねっ、変態!」
 身体が痛んで軸足の踏ん張りが効かなかったが、まともに入っていれば何箇所か骨折していいそうな勢いだった。
 店長はダンゴムシのように丸まって、やがて動かなくなった。
 庄助は、片方の鼻の穴を指で塞ぐと、赤い血の塊を逆から吹いた。安っぽくぱさついたカーペットに、それがべたりと落ちる。怒りと興奮で息が上がっていた。

「こら、庄助。今の話聞いてた? めんどくさいから殺しちゃダメなんだってば」
 呑気な調子の声に、景虎は殴る腕を止め、庄助は顔を上げた。泣きそうな顔で、庄助は国枝に近寄ろうとした。
「国枝さぁん……!」
「あっはは、可愛い! なにそれ猫? 似合うじゃん……あ、近寄らないで。鼻血ついちゃう」
 冷たく制すると、肩を竦める。その仕草はいつも通りの国枝だ。庄助の緊張は一気に緩和して、体中にじわじわと痛みが広がってきた。

「……その格好はなんだ、庄助」
 怒りを含んだ声。景虎の殺気が、ふと庄助に向けられた。
 見ているだけで震えが来るような、冥界の入口を想起させる昏い色。本当に怒っている時の景虎の目だ。
「こ……これは事故っ! 無理矢理や!」
 備え付けのドレッサーに映る自分の姿をチラリと見てから、庄助は震える両腕で、なぜか胸を隠した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ヤンデレでも好きだよ!

はな
BL
春山玲にはヤンデレの恋人がいる。だが、その恋人のヤンデレは自分には発動しないようで…? 他の女の子にヤンデレを発揮する恋人に玲は限界を感じていた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき(藤吉めぐみ)
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

処理中です...