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第二幕
11.悪の吼える夜④*
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首も、腕も、腹も、男二人で押さえられて歯が立たない。
「そうそういい子だね。噛んだら殺すからね~」
「ン゙っ……むぅ~~!」
亀頭ごと先走りを顎や唇に塗りつけられて、とうとう涙が流れた。楽しむようにゆっくりと、それが口の中に押し入ってこようとする。
景虎以外の人間に、身体の中に侵入されたくないと、庄助は強く思った。
それは、倫理や貞操観念などの理性の及ぶ範囲の話ではなく、もっと極めて生理的で、原始的な領域のものだった。
伝った悔し涙が耳介に入り込んでくる、と同時に、先程聞いた小さな電子音が聞こえた。
ルームキーによって、施錠が解かれる音だ。
「おい、ヒカリ! チェーンかけろ」
焦ったように向田が言った。
「……え、はいっ」
ヒカリは反射的に立ち上がったが、押さえつけられる庄助と目が合って、ほんの一瞬だけ逡巡した。
その瞬きほどの間に、古くさく重たいばかりの扉が、壁面に当たって跳ね返るほどの勢いで開かれた。地震のように、部屋全体がガタンと揺れた気がした。
扉の前に立っていたら、ただでは済まなかったであろう。ヒカリはその場にヘナヘナと腰を抜かして崩れ落ちた。
ドアはまた錆びた音を立ててゆっくりと閉まり、何者かが部屋の中に入ってきた足音とともに、勝手に施錠された。レバー型のドアノブが取れて、壁にめりこんでいた。
「どぉも~。ユニバーサルインテリアです」
間延びした男の声が聞こえた。庄助は必死で首を伸ばしそちらに目を遣ったが、腹に乗り上げた向田の身体が邪魔で何も見えなかった。
……見えはしないが、肌がひりつくような殺気を入口の方から感じる。抜き身の刀のような、暗くて鋭くて静かで、なおかつ明確な気配だ。
「カ……っ」
庄助は、その殺気の持ち主を誰よりも近くで知っている。新たな、しかし別の種類の涙が溢れた。
「許可をください、国枝さん」
地を這うような低い虎の唸り声が、我慢できないとばかりに震えて響いた。
「こいつら全員、殺していいと言ってください」
ひ、と誰かの息を呑む音が聞こえた。庄助を陵辱せんと鎌首をもたげていた男のペニスは、一瞬にして縮み上がって、ズボンの布の中に隠れてしまった。
「国枝ァ! 何しにきやがった! どうやってここが……」
向田が叫んで、ベッドから飛び降りた。バスルームの前によく見知った男二人が立っているのを見つけると、まだ何も終わっていないのに、庄助の胸に急速に安堵が広がった。
「駄目に決まってんでしょ。人ひとり消すのに、どれだけコストかかると思ってんの」
向田の言葉を無視して、国枝は困った顔を作った。二人とも作業員のようなツナギを着ているし、国枝は片手に工具箱まで持っている。何かの仕事のついでに来たのだろうか、と庄助は思った。
「おい、無視してんじゃねえぞ!」
国枝に掴みかかろうとした向田の顔面を、景虎の長い腕が薙いだ。目に見えないような速さの裏拳が、音も立てず急所を捉えようとする。
向田は咄嗟に顔を引いたが、景虎の手背がサングラスを掠め、ノーズパッドが鼻の根にめり込んだ。
「そうそういい子だね。噛んだら殺すからね~」
「ン゙っ……むぅ~~!」
亀頭ごと先走りを顎や唇に塗りつけられて、とうとう涙が流れた。楽しむようにゆっくりと、それが口の中に押し入ってこようとする。
景虎以外の人間に、身体の中に侵入されたくないと、庄助は強く思った。
それは、倫理や貞操観念などの理性の及ぶ範囲の話ではなく、もっと極めて生理的で、原始的な領域のものだった。
伝った悔し涙が耳介に入り込んでくる、と同時に、先程聞いた小さな電子音が聞こえた。
ルームキーによって、施錠が解かれる音だ。
「おい、ヒカリ! チェーンかけろ」
焦ったように向田が言った。
「……え、はいっ」
ヒカリは反射的に立ち上がったが、押さえつけられる庄助と目が合って、ほんの一瞬だけ逡巡した。
その瞬きほどの間に、古くさく重たいばかりの扉が、壁面に当たって跳ね返るほどの勢いで開かれた。地震のように、部屋全体がガタンと揺れた気がした。
扉の前に立っていたら、ただでは済まなかったであろう。ヒカリはその場にヘナヘナと腰を抜かして崩れ落ちた。
ドアはまた錆びた音を立ててゆっくりと閉まり、何者かが部屋の中に入ってきた足音とともに、勝手に施錠された。レバー型のドアノブが取れて、壁にめりこんでいた。
「どぉも~。ユニバーサルインテリアです」
間延びした男の声が聞こえた。庄助は必死で首を伸ばしそちらに目を遣ったが、腹に乗り上げた向田の身体が邪魔で何も見えなかった。
……見えはしないが、肌がひりつくような殺気を入口の方から感じる。抜き身の刀のような、暗くて鋭くて静かで、なおかつ明確な気配だ。
「カ……っ」
庄助は、その殺気の持ち主を誰よりも近くで知っている。新たな、しかし別の種類の涙が溢れた。
「許可をください、国枝さん」
地を這うような低い虎の唸り声が、我慢できないとばかりに震えて響いた。
「こいつら全員、殺していいと言ってください」
ひ、と誰かの息を呑む音が聞こえた。庄助を陵辱せんと鎌首をもたげていた男のペニスは、一瞬にして縮み上がって、ズボンの布の中に隠れてしまった。
「国枝ァ! 何しにきやがった! どうやってここが……」
向田が叫んで、ベッドから飛び降りた。バスルームの前によく見知った男二人が立っているのを見つけると、まだ何も終わっていないのに、庄助の胸に急速に安堵が広がった。
「駄目に決まってんでしょ。人ひとり消すのに、どれだけコストかかると思ってんの」
向田の言葉を無視して、国枝は困った顔を作った。二人とも作業員のようなツナギを着ているし、国枝は片手に工具箱まで持っている。何かの仕事のついでに来たのだろうか、と庄助は思った。
「おい、無視してんじゃねえぞ!」
国枝に掴みかかろうとした向田の顔面を、景虎の長い腕が薙いだ。目に見えないような速さの裏拳が、音も立てず急所を捉えようとする。
向田は咄嗟に顔を引いたが、景虎の手背がサングラスを掠め、ノーズパッドが鼻の根にめり込んだ。
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