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第二幕
7.ラッコですら石に執着するのに①
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茹でたほうれん草を、水で冷やして絞って、それから包丁で切っていく。
料理は得意じゃないから、簡単なものだけ。
家庭科の調理実習レベルの料理の知識でも、ネットのレシピを見ながらその通りにやれば、それなりのものは作れる。庄助は、親元を離れ東京に来てそれを学んだ。
野菜室で元気をなくしていたニンジンとキャベツを雑に切って、豚肉と炒めたものに焼肉のタレで味付けをしたら、主菜は完成する。
「おいカゲ、これテーブル持ってって」
大皿に盛られた野菜炒めを景虎に手渡す。ついでにコップも並べろと、曲がりなりにもこの部屋の主を顎で使う。
皿といえば、庄助が最初この家に住み始めたときのことだ。
景虎の家の食器は、茶碗とタンブラー、それに箸が一揃いずつしかなく、食器がなさすぎることに庄助はドン引きした。
景虎は普段、食器を使わない菓子パンや惣菜パンをメインに食べていたらしい。
でかい図体の男が、6本入りのチョコチップパンなどを、モサモサと食べている姿を想像して、庄助は少し悲しくなった。慌てて、景虎と一緒に食器を買いに走ったのだった。
生活感がなかった景虎の部屋が、二人で暮らし始めて数ヶ月で、今や庄助のものでとっ散らかってしまった。自分以外の誰かが部屋を汚し、勝手に冷蔵庫の中の物を食い、生活している。景虎は未だにそのことを不思議に思う。
「ボサッとしてんと、お箸持っていってや~」
味噌汁を椀に注ぎながら、庄助は言う。
あ、なんか今の言い方オカンみたいやったな……。と、少し恥ずかしくなった。
言いつけどおりに、リビングのローテーブルに食器を並べている景虎の、シャツの上からでもわかる筋肉質な背中を見る。ガタイはいいが、普通にしていれば大人しい性質は、ヤクザだとは到底思えない。
野菜炒め、ほうれん草のおひたし、豆腐と玉ねぎの味噌汁。それらをテーブルに並べてしまうと、朝昼兼ねての簡単な料理だけど頑張ったほうだ、野菜をいっぱい使った、と庄助は得意げな顔をした。
「いただきます」
景虎は料理を前に、正座をして手を合わせた。こういうところはちゃんとしている。極道の世界は、上下関係が厳しいからだろうか。
庄助は、白いご飯の上に野菜炒めを乗せ、バウンドさせてから口に入れた。
「肉、ちょっと辛い?」
「辛い? 辛くはない」
「あ、ちゃうねん。この場合の辛いっていうのは、関西弁で塩っ辛い? って意味で、唐辛子とかの辛さとちゃうねん」
「ん……? ああ、味が濃いかってことか? 俺は味が濃いほうが好きだ。美味しい」
今までの景虎の食生活を鑑みれば、調理された肉や野菜が日常的に食卓に並ぶことすら珍しいことだ。こうして、愛おしい存在が料理を作ってくれて、それを一緒に食べているというのは、未だに信じがたいことでもある。
やはりどう考えても、これ以上の幸せはないのではないかと景虎は思う。昨日の夜、抱いたばかりの庄助の身体のぬくもりや震えを思い出すと、冷たい指先にじわりと血が巡る気がする。
「あのな、カゲ」
口の脇に米粒をつけて、庄助は切り出した。
「もうちょっとだけ、向田さんの仕事についていってもいい?」
珍しい。まるで叱られる前の子供のしおらしさだ。景虎によく思われていないのがわかっているのであろう。
「……俺が、一度でもダメだと言ったか?」
「や、言うてないけど……。カゲ、イヤかなって」
「イヤに決まってるだろう。お前が他の人間とつるむのも、ヤクザの仕事をするのも」
景虎は当然のように即答した。
「ただ、まあ……国枝さんにも言われたからな。庄助が納得いってないのに押さえ付けても、反発するだけだって。一理あると思った」
「国枝さん~……!」
あんな胡散臭いナリして、天使やん! さすが大人の男、話が分かる。好き……!
あんな怖い人なのに、自分のことを庇ってくれるものなんだ、いい人だ、と庄助は感動した。
「ただし、庄助の籍はユニバーサルインテリアにある。向田にはあくまでお前を貸してやってるだけだ。忘れるな」
景虎はほうれん草を箸で挟みながら、野菜炒めの中の大きめのニンジンを除け気味に食べている庄助を、じっと真っ直ぐ見つめた。
「うん、わかった。あんな、向田さんがな……」
向田との仕事のことを、真面目な顔でぽつぽつと語り始めた庄助の口の端には、まだ米粒がついている。
取れるどころか二粒に増えていたので、景虎は『真剣な話をしているのに、顔に米粒をつけている有り様は面白いんだな』という感想を抱いた。
料理は得意じゃないから、簡単なものだけ。
家庭科の調理実習レベルの料理の知識でも、ネットのレシピを見ながらその通りにやれば、それなりのものは作れる。庄助は、親元を離れ東京に来てそれを学んだ。
野菜室で元気をなくしていたニンジンとキャベツを雑に切って、豚肉と炒めたものに焼肉のタレで味付けをしたら、主菜は完成する。
「おいカゲ、これテーブル持ってって」
大皿に盛られた野菜炒めを景虎に手渡す。ついでにコップも並べろと、曲がりなりにもこの部屋の主を顎で使う。
皿といえば、庄助が最初この家に住み始めたときのことだ。
景虎の家の食器は、茶碗とタンブラー、それに箸が一揃いずつしかなく、食器がなさすぎることに庄助はドン引きした。
景虎は普段、食器を使わない菓子パンや惣菜パンをメインに食べていたらしい。
でかい図体の男が、6本入りのチョコチップパンなどを、モサモサと食べている姿を想像して、庄助は少し悲しくなった。慌てて、景虎と一緒に食器を買いに走ったのだった。
生活感がなかった景虎の部屋が、二人で暮らし始めて数ヶ月で、今や庄助のものでとっ散らかってしまった。自分以外の誰かが部屋を汚し、勝手に冷蔵庫の中の物を食い、生活している。景虎は未だにそのことを不思議に思う。
「ボサッとしてんと、お箸持っていってや~」
味噌汁を椀に注ぎながら、庄助は言う。
あ、なんか今の言い方オカンみたいやったな……。と、少し恥ずかしくなった。
言いつけどおりに、リビングのローテーブルに食器を並べている景虎の、シャツの上からでもわかる筋肉質な背中を見る。ガタイはいいが、普通にしていれば大人しい性質は、ヤクザだとは到底思えない。
野菜炒め、ほうれん草のおひたし、豆腐と玉ねぎの味噌汁。それらをテーブルに並べてしまうと、朝昼兼ねての簡単な料理だけど頑張ったほうだ、野菜をいっぱい使った、と庄助は得意げな顔をした。
「いただきます」
景虎は料理を前に、正座をして手を合わせた。こういうところはちゃんとしている。極道の世界は、上下関係が厳しいからだろうか。
庄助は、白いご飯の上に野菜炒めを乗せ、バウンドさせてから口に入れた。
「肉、ちょっと辛い?」
「辛い? 辛くはない」
「あ、ちゃうねん。この場合の辛いっていうのは、関西弁で塩っ辛い? って意味で、唐辛子とかの辛さとちゃうねん」
「ん……? ああ、味が濃いかってことか? 俺は味が濃いほうが好きだ。美味しい」
今までの景虎の食生活を鑑みれば、調理された肉や野菜が日常的に食卓に並ぶことすら珍しいことだ。こうして、愛おしい存在が料理を作ってくれて、それを一緒に食べているというのは、未だに信じがたいことでもある。
やはりどう考えても、これ以上の幸せはないのではないかと景虎は思う。昨日の夜、抱いたばかりの庄助の身体のぬくもりや震えを思い出すと、冷たい指先にじわりと血が巡る気がする。
「あのな、カゲ」
口の脇に米粒をつけて、庄助は切り出した。
「もうちょっとだけ、向田さんの仕事についていってもいい?」
珍しい。まるで叱られる前の子供のしおらしさだ。景虎によく思われていないのがわかっているのであろう。
「……俺が、一度でもダメだと言ったか?」
「や、言うてないけど……。カゲ、イヤかなって」
「イヤに決まってるだろう。お前が他の人間とつるむのも、ヤクザの仕事をするのも」
景虎は当然のように即答した。
「ただ、まあ……国枝さんにも言われたからな。庄助が納得いってないのに押さえ付けても、反発するだけだって。一理あると思った」
「国枝さん~……!」
あんな胡散臭いナリして、天使やん! さすが大人の男、話が分かる。好き……!
あんな怖い人なのに、自分のことを庇ってくれるものなんだ、いい人だ、と庄助は感動した。
「ただし、庄助の籍はユニバーサルインテリアにある。向田にはあくまでお前を貸してやってるだけだ。忘れるな」
景虎はほうれん草を箸で挟みながら、野菜炒めの中の大きめのニンジンを除け気味に食べている庄助を、じっと真っ直ぐ見つめた。
「うん、わかった。あんな、向田さんがな……」
向田との仕事のことを、真面目な顔でぽつぽつと語り始めた庄助の口の端には、まだ米粒がついている。
取れるどころか二粒に増えていたので、景虎は『真剣な話をしているのに、顔に米粒をつけている有り様は面白いんだな』という感想を抱いた。
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