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第二幕
4.よいこにヤクザは難しい③
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エントランスのアースカラーの施釉タイルの壁は、ところどころひび割れていて、マンションの古さを物語っている。
まだらに塗り直されたペンキのエレベータードアが開くと、庄助と向田は二人してそれに乗り込んだ。4人乗りの狭いエレベーターは、ぐわんぐわんと不穏な音を立てて上昇し、妙な揺れ方をしながら3階に着いた。
「よう、ヒカリ。元気してるか?」
部屋を開けると、むわっと甘臭い匂いが漂ってきた。女の使う整髪料やフレグランスの匂いと、腐った食品が混ざったような臭いだ。
向田と懇意にしている女の部屋だという。さすがの庄助といえども、いきなり知らない女性の家に入るのは躊躇ったが、向田が来いと言うなら仕方ない。
とりあえず、女物の靴が放りっぱなしの玄関から、見える範囲の家の中を観察した。
「ネンジくん、おはよう。ちょっとだけ、待ってね……頭ボサボサだから」
リビングの磨りガラスが嵌ったドアの向こうから、眠そうな女の声が聞こえる。まあ上がれや、と言われ、庄助は改めて足元を見た。
サンダルにムートンブーツ、スニーカーなど、季節感の統一なく脱ぎ捨てられた靴は、いずれも整えられず横倒しになっている。
玄関脇の縦型洗濯機の上には下着が放置されていて、庄助は思わず目を背けた。
どうぞ、と言われて中に入ると、Tシャツに学生時代の体操着であろうハーフパンツを履いた若い女が、ローテーブルに置いた小さなスタンドミラーの前にちょこんと座って、前髪を整えていた。
「あ。どうぞ、座って……」
ヒカリと呼ばれた女は、庄助の姿を見つけると、ウサギのキャラクターのイラストがプリントされた座椅子をだるそうに手で指した。会釈して腰を下ろそうと触れた座椅子の布は、何故かしっとりと湿っていて、生理的に嫌な気持ちになった。
「どうだい、景気は」
向田はリビングのドアにもたれて、胸ポケットを探っている。
「まあまあかな……あ、お茶いれるね。コーヒーがいい?」
どこか舌っ足らずな調子で、ヒカリは庄助に尋ねた。肩下くらいまでの黒いミディアムヘアの、線の細く背の小さな女だった。化粧をしていないせいか、垢抜けていない印象だ。
「あっ俺、俺は……早坂です。あっお茶で……」
「お世話になってます」
ヒカリは庄助に向かって深く頭を下げてからキッチンへ立つと、そこらに置いてあった常温のペットボトルのお茶を、紙コップに注いで庄助に差し出した。
挨拶の丁寧さと、お茶の入れ方の適当さの差に庄助はちょっと驚いた。が、女の子の家でお茶を出してもらうなんていつぶりだろう。庄助は久々の感覚に少しドキドキした。
紙コップを受け取って、踵を返したヒカリの小さな背中を見る。
今度は食器棚から出したグラスに、向田の分であろうコンビニのプライベートブランドのアイスコーヒーを注いでいる。
ヒカリは、お疲れ様でした、と立ったままの向田にグラスを恭しく両手で差し出している。
「あのね、あの~。さっき言わなかったけど……ちょっと足りません」
向田が口をつけるのを確認してから、気まずそうにそう言った。
「あそ、いくらくらい足りないの」
「5万円……はち、8万円? 今月、生理が長引いてしんどくて……」
「で、どうすんの」
まだらに塗り直されたペンキのエレベータードアが開くと、庄助と向田は二人してそれに乗り込んだ。4人乗りの狭いエレベーターは、ぐわんぐわんと不穏な音を立てて上昇し、妙な揺れ方をしながら3階に着いた。
「よう、ヒカリ。元気してるか?」
部屋を開けると、むわっと甘臭い匂いが漂ってきた。女の使う整髪料やフレグランスの匂いと、腐った食品が混ざったような臭いだ。
向田と懇意にしている女の部屋だという。さすがの庄助といえども、いきなり知らない女性の家に入るのは躊躇ったが、向田が来いと言うなら仕方ない。
とりあえず、女物の靴が放りっぱなしの玄関から、見える範囲の家の中を観察した。
「ネンジくん、おはよう。ちょっとだけ、待ってね……頭ボサボサだから」
リビングの磨りガラスが嵌ったドアの向こうから、眠そうな女の声が聞こえる。まあ上がれや、と言われ、庄助は改めて足元を見た。
サンダルにムートンブーツ、スニーカーなど、季節感の統一なく脱ぎ捨てられた靴は、いずれも整えられず横倒しになっている。
玄関脇の縦型洗濯機の上には下着が放置されていて、庄助は思わず目を背けた。
どうぞ、と言われて中に入ると、Tシャツに学生時代の体操着であろうハーフパンツを履いた若い女が、ローテーブルに置いた小さなスタンドミラーの前にちょこんと座って、前髪を整えていた。
「あ。どうぞ、座って……」
ヒカリと呼ばれた女は、庄助の姿を見つけると、ウサギのキャラクターのイラストがプリントされた座椅子をだるそうに手で指した。会釈して腰を下ろそうと触れた座椅子の布は、何故かしっとりと湿っていて、生理的に嫌な気持ちになった。
「どうだい、景気は」
向田はリビングのドアにもたれて、胸ポケットを探っている。
「まあまあかな……あ、お茶いれるね。コーヒーがいい?」
どこか舌っ足らずな調子で、ヒカリは庄助に尋ねた。肩下くらいまでの黒いミディアムヘアの、線の細く背の小さな女だった。化粧をしていないせいか、垢抜けていない印象だ。
「あっ俺、俺は……早坂です。あっお茶で……」
「お世話になってます」
ヒカリは庄助に向かって深く頭を下げてからキッチンへ立つと、そこらに置いてあった常温のペットボトルのお茶を、紙コップに注いで庄助に差し出した。
挨拶の丁寧さと、お茶の入れ方の適当さの差に庄助はちょっと驚いた。が、女の子の家でお茶を出してもらうなんていつぶりだろう。庄助は久々の感覚に少しドキドキした。
紙コップを受け取って、踵を返したヒカリの小さな背中を見る。
今度は食器棚から出したグラスに、向田の分であろうコンビニのプライベートブランドのアイスコーヒーを注いでいる。
ヒカリは、お疲れ様でした、と立ったままの向田にグラスを恭しく両手で差し出している。
「あのね、あの~。さっき言わなかったけど……ちょっと足りません」
向田が口をつけるのを確認してから、気まずそうにそう言った。
「あそ、いくらくらい足りないの」
「5万円……はち、8万円? 今月、生理が長引いてしんどくて……」
「で、どうすんの」
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