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第二幕
1.ハッピーさんとワナビーくん③
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「……俺は反対です」
地獄の底から響くような声で、景虎はそれだけ言った。否定された庄助は、反射のように歯を剥き出しにする。
「なんでやねんっ!」
「まあまあ。庄助は景虎の家に住まわせてもらってんだから、言い分くらいちゃんと聞きなよ」
国枝が宥めるが、よほど景虎の態度が気に入らないのか、庄助は口をとがらせてそっぽを向いた。
なんでやねん。お前は、俺の相棒とちゃうんか。俺だけ正式に組に入られへんとか、ハミゴにされたみたいでめっちゃ腹立つ。
庄助は先程の、海老の真薯の入っていた椀の中に残る餡を、手持ちぶさたに割り箸でつんつんとつついた。
「今どき盃なんて、交わしてる人間のほうが少ない。ヤクザと縁深くなるメリットが、なにもないからだ」
「なんでメリットとかそんなもん、お前が決めんねん」
ヤクザの盃とは、組長と交わす親子盃、兄貴分と交わす兄弟盃などがあるが、もともとは繋がりのない他人同士を結ぶ、家父長制に基づいた家族の契りのようなものだ。
一昔前なら、自分は◯◯組の盃を受けた者だと公言することで、その威光を振るうことができたものだが、暴対法の施行により、ヤクザが大っぴらにヤクザの看板を掲げることが禁止になり、シノギもやりにくくなった今、正式な構成員として活動する旨味はほぼないと言える。
かつて暴走族や不良の受け皿として勢力を拡大していた極道は、今や斜陽も斜陽の業種なのだ。
矢野が嘆いている、若者が少ないというのもそういうことだ。
「まあなんというかさ~。盃を受けてヤクザの組員を名乗るってことが、どういうことなのかってのをね。庄助はもうちょっと、ちゃんとメリットとデメリットを調べて考えたほうがいいんじゃない?」
現役のヤクザである国枝に、心配そうに言われてしまって、庄助は愕然とした。
普通こういうのって、判断のつかないうちにハイハイ仲間になろうね~みたいに、騙して悪の道に引きずり込むんとちゃうんか?
それを小学生の自由研究みたいに、ちゃんと調べろなんて。俺は騙す価値もない足手まといってことか?
馬鹿にしやがって。模造紙に『ヤクザになるメリット・デメリット』をまとめて夏休み明けに発表したろか。
庄助は、悔しくて涙が出そうだった。
国枝さんやったら、俺の味方してくれると思っとったのに裏切りですよ、とブツブツ言っていると、なにが? と呆れたような声が返ってきた。
「そのウニ食べないならくれよ」
矢野は庄助が手をつけていない小鉢の、ウニのクラゲ和えを箸で指した。ウニが苦手な庄助が、どうぞと小鉢を差し出すと、矢野はニヤリと笑った。
「なあ、仔猿ちゃんは国枝の会社の、営業のエースなんだってな? わかるわ。若いし愛想いいし、礼儀や言葉遣いはなってなくても、そこが可愛いわけだァなあ……」
矢野はクラゲの身を、コリコリと奥歯で噛み潰しながら頷いている。
「さっきも言ったが、もちろんウチは若いのは大歓迎だ。なんせ仔猿ちゃんはフレッシュなニュー……ニュータイプっつーの?」
「ニューフェイス」
国枝が耳打ちした。
「そう、そのニューフェイス。誰にでも可愛がられるってのは、ヤクザとしても大事な才能だよ。ただよォ……今は昔みてェに、派手なドンパチやるわけじゃねえ。とはいえ、危険な仕事なのに変わりはねえし、誰も褒めちゃくれねぇ。それどころか世間様の鼻つまみ者になるんだぜ。その覚悟はあンのかい?」
にこやかに細められた瞼の奥から、力強い目が庄助を捉えていた。
ここで怯んだら負けだと、庄助は真っすぐに矢野を見つめ返した。正座の太腿の上で握っていた指先は、いつの間にか少し震えて汗をかいている。
「俺は、ヤクザやるために大阪から来たんです。ずっと憧れてて……この道でしか、成せないようなことをしたくて。だから」
「……本当に?」
加齢で薄くなった矢野の目の色は、光の加減でうっすら青く見える。射竦めるようなくすんだ眼光に、庄助は蛇に睨まれた蛙よろしく縮み上がった。
「あんた、本当に憧れだけでスジモンになりたいのかい」
地獄の底から響くような声で、景虎はそれだけ言った。否定された庄助は、反射のように歯を剥き出しにする。
「なんでやねんっ!」
「まあまあ。庄助は景虎の家に住まわせてもらってんだから、言い分くらいちゃんと聞きなよ」
国枝が宥めるが、よほど景虎の態度が気に入らないのか、庄助は口をとがらせてそっぽを向いた。
なんでやねん。お前は、俺の相棒とちゃうんか。俺だけ正式に組に入られへんとか、ハミゴにされたみたいでめっちゃ腹立つ。
庄助は先程の、海老の真薯の入っていた椀の中に残る餡を、手持ちぶさたに割り箸でつんつんとつついた。
「今どき盃なんて、交わしてる人間のほうが少ない。ヤクザと縁深くなるメリットが、なにもないからだ」
「なんでメリットとかそんなもん、お前が決めんねん」
ヤクザの盃とは、組長と交わす親子盃、兄貴分と交わす兄弟盃などがあるが、もともとは繋がりのない他人同士を結ぶ、家父長制に基づいた家族の契りのようなものだ。
一昔前なら、自分は◯◯組の盃を受けた者だと公言することで、その威光を振るうことができたものだが、暴対法の施行により、ヤクザが大っぴらにヤクザの看板を掲げることが禁止になり、シノギもやりにくくなった今、正式な構成員として活動する旨味はほぼないと言える。
かつて暴走族や不良の受け皿として勢力を拡大していた極道は、今や斜陽も斜陽の業種なのだ。
矢野が嘆いている、若者が少ないというのもそういうことだ。
「まあなんというかさ~。盃を受けてヤクザの組員を名乗るってことが、どういうことなのかってのをね。庄助はもうちょっと、ちゃんとメリットとデメリットを調べて考えたほうがいいんじゃない?」
現役のヤクザである国枝に、心配そうに言われてしまって、庄助は愕然とした。
普通こういうのって、判断のつかないうちにハイハイ仲間になろうね~みたいに、騙して悪の道に引きずり込むんとちゃうんか?
それを小学生の自由研究みたいに、ちゃんと調べろなんて。俺は騙す価値もない足手まといってことか?
馬鹿にしやがって。模造紙に『ヤクザになるメリット・デメリット』をまとめて夏休み明けに発表したろか。
庄助は、悔しくて涙が出そうだった。
国枝さんやったら、俺の味方してくれると思っとったのに裏切りですよ、とブツブツ言っていると、なにが? と呆れたような声が返ってきた。
「そのウニ食べないならくれよ」
矢野は庄助が手をつけていない小鉢の、ウニのクラゲ和えを箸で指した。ウニが苦手な庄助が、どうぞと小鉢を差し出すと、矢野はニヤリと笑った。
「なあ、仔猿ちゃんは国枝の会社の、営業のエースなんだってな? わかるわ。若いし愛想いいし、礼儀や言葉遣いはなってなくても、そこが可愛いわけだァなあ……」
矢野はクラゲの身を、コリコリと奥歯で噛み潰しながら頷いている。
「さっきも言ったが、もちろんウチは若いのは大歓迎だ。なんせ仔猿ちゃんはフレッシュなニュー……ニュータイプっつーの?」
「ニューフェイス」
国枝が耳打ちした。
「そう、そのニューフェイス。誰にでも可愛がられるってのは、ヤクザとしても大事な才能だよ。ただよォ……今は昔みてェに、派手なドンパチやるわけじゃねえ。とはいえ、危険な仕事なのに変わりはねえし、誰も褒めちゃくれねぇ。それどころか世間様の鼻つまみ者になるんだぜ。その覚悟はあンのかい?」
にこやかに細められた瞼の奥から、力強い目が庄助を捉えていた。
ここで怯んだら負けだと、庄助は真っすぐに矢野を見つめ返した。正座の太腿の上で握っていた指先は、いつの間にか少し震えて汗をかいている。
「俺は、ヤクザやるために大阪から来たんです。ずっと憧れてて……この道でしか、成せないようなことをしたくて。だから」
「……本当に?」
加齢で薄くなった矢野の目の色は、光の加減でうっすら青く見える。射竦めるようなくすんだ眼光に、庄助は蛇に睨まれた蛙よろしく縮み上がった。
「あんた、本当に憧れだけでスジモンになりたいのかい」
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