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魔女狩りの日

暴走2

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「……え?」

テンは呆気に取られ、呟いた。
赤子や子供の笑い声や泣き声が聞こえてきたからだ。
幻聴かと疑った。
しかし……実際に聞こえている。
薄気味悪い甲高い声がテンの体を包み込んでいる

「なに……これ?」

ひたりと冷たい何かが、テンの首を触った。
そして次々と……その何かが彼女の腹や背中、腰、ふともも、肩、体の至るところを触りだす。

「……嘘でしょ」

彼女の肌を触っていたのは、彼女の体から生えてきた黒い手だった。
その手は小さく、果てしなく冷たい。
だが不思議と彼女に嫌悪や恐怖はなかった。
不気味さと冷たさとは裏腹に、この手からは悪意は感じなかったのだ。

「変だ……力が湧いてくる」

テンは自身の体の変調に戸惑った。
体が異様に熱くなり、気力と体力が回復し、エネルギーが体の底から湧き上がってくるのだ。
ケラケラと笑う声がまだ聞こえてくる。
黒い手たちは影のように伸び、そして弾き飛ばされたテンの手足を握った。
そしてテンの体にくっつけ直す。
テンは元通りになった脚で立ち上がり、肩をクルクルと回す。
体の調子はすこぶるいい……

「この黒い手……私の味方してくれてるの?」

自分の体に起こった現象を、もちろんテンは理解していない。
この黒い手がなんなのか分からないし、体の異変だってわからない。
だが今のテンに考えている暇などない。
動けるようになった、それだけで十分だ。

「今行くよフェスター!!」

テンは校舎の屋根から飛び降りた。
とてつもない高さから落下し、テンは地上に足をつける。
地面に亀裂は走ったが、アンデッドのテンに大した痛みはなかった。
テンは走り、暴れまわっているフェスターに近づこうとした。

「フェスター!私だよ!テンだよ!分からないの!?」

テンは彼に呼びかけた。
フェスターはしっかりとテンを見て、威嚇する。
口からダラダラと泥状の液体を垂れ流しながら……
目の焦点も合っていないフェスターは手のひらをテンに向けて炎魔法を放つ。
あたり一体を焼き尽くすほど広範囲で高威力な魔法だ。
その炎をテンはまともにくらってしまう。

「うぅ……熱い。けど!」

テンの体は十分動く。
彼女は駆け出し、燃え盛る炎から飛び出した。
しかし今度は横方向から飛んで家屋を避けられず、直撃してしまう。
完全にテンは家屋に押しつぶされた。

「まだだよ!」

テンは家屋の壁を粉砕して飛び出した。
一直線にフェスターに向かって走る。
フェスターは様々な魔法を駆使し、テンを排除しようとした。
だが彼女は諦めずにそれらを掻い潜り、ついにフェスターに手の届く場所まで辿り着く。
テンは彼に手を伸ばす。
攻撃されると思ったフェスターは怯えるように両腕を顔の前で交差させて守りを固めた。

「フェスター……私がわかる?」

テンは彼を殴ることも蹴ることもしなかった。
ただ助けが必要な彼を、ギュッと抱きしめた。

「分かる?テンだよ……もう終わりにしてよこんなこと。あなたはそんなに弱くないでしょ?」

語りかけるようなテンの穏やかな声を聞いても、フェスターは正気に戻らない。
彼はテンの肩を掴み、雷魔法を流しこんだ。
普通なら即死の威力、だがテンは動じない。

「聞こえてるんでしょ?フェスター……」

フェスターは手の中に氷の剣を握り込んだ。
そしてテンの腹に突き立てる。
それでも彼女は死ななかった。
生者のような赤い血を垂らしながらも、命は潰えない……

「お願い……目を覚まして!」

テンは泣きながら叫んだ。
その意思に応えるように、テンの体から伸びる黒い手が、フェスターの体を掴む。
そしてテンも黒い手に頭を掴まれた。
2人は影のような手によって、互いに額を合わせられる。
コツンと小さな衝撃がテンの頭を刺激した。
その瞬間、テンは意識を失った。
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