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吸血鬼姉妹

満月に照らされて1

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「いけない子ね」

城の屋根をつたって逃げようとしていたコトネの前に、宙に浮かぶクロエが現れた。
コトネはサーベルを握り直し、敵と対峙する。

「あの鐘に……ベタベタ触ったんでしょう?」
「なに?」
「あれは私たちの物よ。あなた如きが汚い手で触っちゃいけないの」
「外道が!何を言ってる!?」
「わからない?あなただけは殺すって言ってるの」

そう言ったクロエの顔は憤懣で満ちていた。
余裕ぶった態度すらない、正真正銘の殺意を抱いている。
クロエは空を飛びながらコトネに襲いかかる。
嵐のような拳の連打を放ち、コトネのサーベルを殴り続けた。

「くっ!」

コトネは横方向にローリングして、パンチから逃れる。
そして剣を横に振った。
クロエはその刃を蹴り上げて防ぎ、両手をがっちりとコトネの首にかける。
息ができなくなった彼女の肩に、クロエは噛み付く。
肉を貫かれる痛みを感じて、コトネは思わず叫んだ。

「や、やめろ!うっ!」

血が吸われていくのが自分でも分かる。
コトネはだんだん体の力が抜けていった。
強靭な精神力を以て、サーベルを彼女の腹に刺そうとしたが手で掴まれて止められる。

「く、くそ……」

万事休す……
コトネの脳裏にその言葉が浮かんだ。

「うぐっ!」

呻き声をあげて体をよろけさせたクロエを見て、コトネは心を奮い立たせる。
左手でクロエを押して距離を離し、右手に持ったサーベルで体を斬り上げた。
クロエの胴体から赤い血が溢れる。

「なに……?」

狼狽えるクロエの頭に、またレンガがぶつかった。
その後に続くように、多数のレンガが彼女に向かって飛んでくる。
クロエはそれを防ぐことを強いられた。

「おう、まだ生きてるか?」

空から屋根に降ってきたフェスターは、開口一番そう言った。

「フェスター!遅いぞ!何してた!?」
「留置所で酒飲んでた」
「ふざけるな!僕たちがどれたけ危険な目にあったか分かっているのか!?」
「『フェスターさん助かりました、ありがとうございます』のひと言も言えねぇのか。まっそれだけ喚けりゃ大丈夫だろう」
「まったく僕が合図を送ったらすぐに飛んでこい!」
「で?ネックレスは?」
「……クロエが持ってる」
「そこの吸血鬼がか?なんでクロエが持ってんだ?」
「……盗んだところを見つかったからだ」
「大した隠密スキルだな」
「うるさい!」

2人が言い争っていると、町の方で眩い光が発生した。

「ミユの魔法だ!よかった、逃げられたんだな」
「あれも合図か。じゃあずらかるか」

クロエは憎々しげにフェスターとコトネを睨みつけている。

「あれを退治したって金は入らない。逃げるぞ」

フェスターはコトネを小脇に抱えた。
そして魔法で屋根を壊し、その破片をクロエに飛ばす。
彼の攻撃に苦戦しているクロエを、フェスターは炎で焼いた。
その後屋根の破片の上に乗り、空を飛んで城から離れる。
クロエは破片を全て叩き落とした後、去っていく彼らを黙って見送った。

「……ふふ」

かすかに笑ったクロエは、重々しい足取りで城の中に戻っていく……
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