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善人だけの世界

少女たちの過去3

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「コトネ、気を抜かないで。何かおかしい」
「僕が気を抜いたことがあるか?必ず守るよ」

妖たちは飛び上がり、一斉にミユたちに襲いかかってきた。
コトネは1体ずつ丁寧に、ミユに近づく妖を切り伏せていった。
磨き上げられた剣術は、的確に妖の首を刎ねていく。
ミユもお札に力を込め、それを妖に投げつける。
数は多いが、幸い妖の力は弱い。
彼女たちは手際よく倒していく。
順調に倒していると、ピタッと妖たちの動きが止まった。
ミユとコトネは互いに背中を預け、妖たちの動向に気を配る。

「退く気か?」
「……違うと思う。何かを待ってるんだ」
「……何を?」
 
妖たちは一斉に鳴き始めた。
それと同時に島全体が揺れ出した。
いきなりの地震に、ミユとコトネは狼狽える。

「お、おい……ミユ」
「……まずい」

ミユは感じ取ってしまった。
島から溢れてくる妖の気配を。
今までは隠れていたのだ……時が経つのを待っていた。
この島に潜む何かが目覚める。
妖たちはそれを知って、海を渡ってやってきたのだ。
島に潜んでいた妖の目覚めを祝うために……

「コトネ!結界を!」
「あ、ああ!」

コトネは刀の先で地面に結界を描いた。
ヤマト特有の紋章で、これは一時的に巫女の力を増大させる効果がある。
ミユはその結界の中で正座し、両手を絡ませて目を瞑り祈った。

「美華姫ノ神様、私にお力をお貸しください。荒狂う妖を鎮めるお力を……どうか私の祈りをお聞きください。私に戦う力を、魔を祓う術をお授けください」

ミユは必死に祝詞を読んだ。
揺れはどんどん大きくなっていく。
それでも彼女は逃げることもせず、神への呼びかけを続けた。
妖たちは歓喜の叫びをあげる。
メキメキと音がして、地面にヒビが入っていく。
そして大規模な地割れが起き、その割れ目から深い青色の巨大な手が現れた。
割れ目の縁に手を置いて、その妖は顔を出す。
ズルズルと果てしなく続く胴を動かして、地面に肌をつけた。
ミユたちの前に現れたのは、胴体の長さ数百メートルはあろう大蛇の妖だった。
胴体からは獣のような手足が無数に生えている。
コトネは絶句した。
想像を遥かに超える怪物の登場に、身動き1つ取れなくなる。
だがミユは必死に祝詞を唱え続けていた。
大蛇は品定めするようにミユに顔を近づけて、金色の瞳で見つめる。
何度も舌を出し入れして、じっとその顔に視線をぶつけているのだ。
コトネは声も出せないほど恐怖し、直立している。
大蛇はミユから目を離し、その場で大きく飛び上がった。
空を舞い、そして噴水のような水飛沫を上げて海に飛び込む。

「ダメ!」

ミユは叫んだ。
島の妖たちはこぞって大蛇の後を追い海に飛び込む。
取り残されたミユたちは唖然として、その場にいることしかできなかった。

「なんだあれ……あんなのがいるなんて聞いてないぞ……」
「眠ってたんだよ……今日までずっと……気配も出さずに眠ってた」
「ど、どうしよう」
「……町に向かってる。急いで追わないと」
「馬鹿言うなよ!あんな化け物どうにかできるわけない!」
「でもこのままじゃ大きな被害が出るよ!お願い……」

ミユの身を案じているコトネからすれば、町になど戻りたくなかった。
だがミユの真剣さに心を打たれ、2人は山をおりて乗ってきた小舟に乗り込む。
急いで向こう岸の海岸に戻り、馬に乗って町に向かって進んだ。
その間ずっとミユは祈っていた。
町の人たちの無事を……
大蛇が通って荒れ果てた道を進み、ようやく彼女たちは町にたどり着いた。
そしてミユは涙を流す。
あれだけ活気があり、笑い声に包まれていた町から火の手があがっていたからだ。
その有り様はまるで阿鼻叫喚の地獄だった。
町人たちは逃げ惑い、妖に襲われて命を落とす。
大蛇はその体で這うだけで町のほとんどを破壊していく。
数多の死体と無惨なほど崩れた町の光景を見たミユは、馬からおりて大蛇を追おうとした。

「やめろ!もう無理だって!」
「酷すぎるよこんなの!まだ生きてる人もいる!助けないと!」
「僕たちにできることは何もない!逃げるんだ!」

人が絶命する前の叫びが、そこら中からミユの耳に入る。
彼女は自分の使命を果たしたかった。
コトネの腕の中でもがきながら、ミユは救えなかった人々に向かって叫び続けた。




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