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屍人の王とキョンシー娘

幕間2

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「悪趣味だな……ん?」

テンは大剣から目を離して、サイドテーブルに注目した。
酒と煙草と一緒に裏返しになった写真立てが置いてある。
何気なく彼女はそれを手に取り、写真を確認してみた。
写真立ての中には、少量の血がつき、くしゃくしゃにしたであろう折り目がついて、色褪せた写真が入っている。
白黒の写真に映っているのはどこにでもいそうな細身の青年と、ドレスを着た美人な女だ。
2人とも幸せそうに笑っている。

「誰だろうこの人たち?フェスターの友達かな?」

テンは写真を置き直して、フェスターの部屋をじろじろと見回す。
ほかにはこれといって面白そうな物はない。
そう思っていたが、部屋の隅にある棺桶に目を奪われた。
どうしてここに棺桶などあるのか?
テンの好奇心は復活して、さっそく蓋を開けてみようと思った。

「なんで棺桶があるんだろう?まさかその日の気分でフェスターがこの中で寝てるとか?」

下らない自分の妄想にクスッと笑ったテンは、棺桶に触れようとした。

「おい……」

後ろから声をかけられてテンはビクッと体を震わせた。
振り返った彼女は、こちらを睨みつけているフェスターを見て弁明する。

「あ、ごめん勝手に入って。ねぇこの棺桶……」

テンが言い終わる前に、フェスターは彼女に近づき、その細い首を片手で掴んだ。
そして足が浮くほど持ち上げて、テンの体を壁に叩きつける。

「ぐはっ!」

いきなり暴力を振るわれたテンは、訳もわからず唾液を吐き出した。
喉がかなり激しく締め付けられる。
テンは足をバタバタさせながら、自分を掴んでいるフェスターの手を握って振り解こうとする。
しかしそれは叶わなかった。
フェスターの目を見て怯えたからだ。
無気力で虚な瞳しか見せなかった彼の目に殺意を感じたのだ。
眉間に濃い皺を刻み、憎悪と表現できるような黒い眼差しだ。
テンは頭が真っ白になり、抵抗もできなくなった。

「2度と俺の部屋に入るな……いいな?」
「わ、わかった」

フェスターは首から手を離した。
落下したテンは尻もちをつき、けほけほと咳き込む。
じっと見下ろすフェスターの視線が耐えられず、訳も聞かずにテンは部屋から逃げ出した。
怖かったのだ、彼の表情、目つき、殺意が全て怖かった。
自分がどんな間違いを犯したかわからぬまま、テンは当てもなく館の中を彷徨う。
1人になりたくて、彼女は食糧庫の中に入った。
食糧庫と呼んではいるがここにはロクに食べ物などない。
酒と煙草が乱雑に置かれているだけだ。
テンは木箱の上に座り、ため息を吐いた。

「なんであんなに怒ったんだろう……」

テンが落ち込んでいると、心配したアンデッドたちが続々と食糧庫の中に入ってきた。
彼らは慰めるようにテンに触れたり、ぎこちないダンスを踊ったりする。

「ありがとう。私は大丈夫だよ」

無理に微笑んでテンは言った。
アンデッドたちはテンのまわりに腰を下ろす。
一体のアンデッドがテンに酒と煙草を差し出した。
彼女は首を振って丁重に断る。

「フェスターに悪いことしちゃったかな?」

マッチをする音がして、煙が舞い始める。
アンデッドたちが一斉に煙草を吸い始めたのだ。
肌がないガイコツのアンデッドは、吸ったそばから骨の間を煙が抜けていく。

「あなたたち味なんかわかるの?」

クスクスと笑ったテンは、背筋を伸ばして天井を見た。
気持ちはブルーで、なんだか眠たくなってきている。

「友達か……」

テンはうつらうつらとなって、ついに瞼を閉じてしまった。
意識が霞んでいく。
そしてすぐに彼女は眠ってしまった。
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