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第160話 他国からすれば喉から手が出るほど欲しい人間でしょう

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「事情は私から説明しましょう」

 黒服のひとりがミリアムに代わって返事をして、進み出てくる。

 おれは不審に思ったが、隣で丈二は警戒を解いていた。

「……丈二さんの同僚の人かい?」

「正確には違いますが、まあ、似たようなものです。味方なのは間違いないですよ」

「それなら安心だけど……」

 ちらりと倒れているふたりの男を見やる。地味な服装だが、争ったのか少し乱れている。

「そいつらは、海外のスパイです」

 黒服は特に感情も込めず淡々と口にした。

 もうひとりの黒服が、手際よく結束バンドで手足を縛っていく。

「日本人に見えるけど……」

「日系のスパイはいます。なんなら、日本国籍を持った他国のスパイも珍しくはありません。この島に入ることも難しくはないのです」

「そうなのか。それで、こいつらはなにをしたんだ?」

「ミリアムさんと早見さんを拉致しようとしたのです」

「なんだって?」

「この前までは闇冒険者を使って情報を探っていたようですが、例の斎川梨央が漏らした情報はよほど興味深かったのでしょう。それらについて詳しい者、技術を持つ者を直接的に狙ってきたようです」

 ミリアムは魔物モンスター素材の有効活用法をよく知る人物であるし、敬介はダンジョンルーターやアプリの開発者だ。

 彼女らを押さえられ、その知識や技術を奪われたら大変なことになる。

 魔力回路や魔法的な道具、それに魔力石が揃えば、これまでにない武器や道具を作れる。

 もし、ならず者国家や、そこを経由して国際テロリストなどに渡ったりしたら? 世界が変わってしまう。武力による現状変更を考える国だってあるだろう。

「あなたたちは、ふたりを守ってくれたのか。ありがとう」

 ミリアムは異世界リンガブルーム育ちだし、敬介はレベル2冒険者だ。魔素マナが満ちていればよほどの相手でもなければ問題ないが、地上ではなすすべはなかっただろう。

 守ってくれて、本当にありがたい。

「それが我々の任務です。関係者には全員、ガードがついております。存在を悟らせないため、外国絡みでもなければ動けませんが……」

「関係者っていうと、華子婆さんや、おれのじいちゃんも?」

「もちろん。人質にでもされては、あなたがた重要人物が操られる可能性もありますから」

「それなら安心だけど……」

「ただ、私たちは迷宮ダンジョンには立ち入れません。スパイが冒険者として迷宮ダンジョンに入り込んでいたりしたら、対処できません」

「そんなやつ、いるのかな……。みんな経歴は様々だけど、外国に関わっているような人はいなかったと思うけど」

「10年や20年、問題ない日本人として潜伏し続ける者もいる。全員が問題ないとは言えないでしょう」

「そこまで疑うものなのか……」

「ええ。特にあなたたちは、非常に目立っている。他国からすれば喉から手が出るほど欲しい人間でしょう。地上では我々がお守りしますが、迷宮ダンジョンでは充分に注意してください」

 では、と短く挨拶して黒服たちは、拘束した男たちを担いで出て行った。すぐ車が走り去る音が聞こえた。

 姿は見えないが、おそらく他の要員がもう交代しているのだろう。

「今の話、他のみんなにも……特に隼人くんには伝えないとね」

「ええ、彼は合成人間《キメラヒューマン》ですからね。言ってみれば未知の技術の塊です。ファルコン隊の志願者は、もっと詳しく洗ったほうが良さそうです」

「わたくしもですが、ミリアム様も、風間様も、この島から出てしまえば亡くなってしまいますのに……。いっそ、この情報だけでも流してしまっては? 少しは抑制できるかもしれません」

「彼らが、それを知らずにやっているのか、なにか対策があってやっているのか次第ですね。少なくとも、その情報を流しても、風間さんに関しては、死んでも解剖すればいいと考えるでしょう。抑制になるかどうか……」

「ひとまず連絡はしておこう。まあ迷宮ダンジョンの中で彼に敵うやつなんていないだろうけど……」

「人質を取られたりと、搦手からめてでくることもありますからね。ロザリンデさんにも、それとなく見守ってもらうよう伝えておきます」

 とかやっていると、やがてミリアムが口を開いた。

「ところでさー、君たち、うちになんか用があって来たんじゃないの?」

「もちろんそうなのですが、こんなことがあったのですし、今日のところは……」

「えっ、サボっていいの? 仕事しなくていい?」

 不安そうなフィリアに対し、ミリアムはあっけらかんとおどけてみせた。

「はい……。今日は仕方ないかと」

 するとミリアムはため息をついた。

「もー、調子狂うなぁ。フィリアなら、遠慮しつつ働けって言いそうなのに」

「わたくしだって、そこまで鬼ではありません。ミリアム様こそ、無理をなさらなくても……」

 ミリアムはからからと笑った。

「無理なんてしてないよー。久々でちょっとびっくりしたけどさー、物作りしてたら、たまにはこういうこともあるからさー」

「いったい、どんな物作りをしてたらそうなるんだ……?」

「新技術開発とかかなー。欲しがる人いっぱいいてさ。いやー、アタシは師匠の手伝いしてただけなのに、巻き込まれて大変だったよー。こっちは平和で良かったんだけどねー」

 いったい、異世界リンガブルームでどんな生活をしていたのだろう……。

「まー、そういうわけだから、気にせず言っておくれよ」

「そこまで仰られるなら……」

 おれたちは第5階層に生息するドラゴンに対抗するために、強力な武具が必要なことを伝えた。

「素材として、アダマントと竜の鱗や牙、骨も取ってきてる。これらを加工するのは難しいって聞くけど……できるかな?」

「うん、できるできる」

「ん?」

「うん? なに?」

 あまりにもあっさり答えるので、ミリアムが本当にわかっているのか不安になってしまう。良い腕なのは知ってはいるが……。

「えっと、わかってる……よね? あの最強魔物モンスターと名高いドラゴンを倒せる武器だよ?」

「へーきへーき、わかってる。竜殺しの剣ドラゴンバスターの作り方なら、師匠の見て、ばっちり盗んできてるから」

 自信満々にVサインするミリアム。

 もしかしたら彼女は、思っていたよりすごい技術者なのかもしれない。
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