上 下
154 / 182

第154話 ダンジョン婚

しおりを挟む
「なにがダメなんだ? まさか、合成人間《キメラヒューマン》は、子供が作れない……とかか?」

 ショックを受けている雪乃だが、フィリアはすぐ手を振って否定した。

「いえ、それはおそらく大丈夫だと思います。ただ、風間様の今のお体は、魔素マナの依存率が高いのです。ロザリンデ様のように、地上で過ごすのは危険を伴うことになるかと……」

「地上にいると、俺、死んじゃうんすか? それなら……ちょっと寂しいっすけど、迷宮ダンジョンで暮らせば問題ないんすよね? 結婚がダメってことはないんじゃないすか?」

 隼人の言に、フィリアはゆっくりと首を横に振る。

「いいえ、風間様はわかっておりません。結婚に必要な大事なものが、この迷宮ダンジョンには足りないのです!」

 隼人も雪乃も、首を傾げる。

「つまり?」

「教会です! 神父様も牧師様もいらっしゃいません! それでは結婚式をおこなうことができないではありませんか!」

 フィリアがなにを言うのかと身構えていたおれたちは、一斉に肩から力が抜けてしまった。

「あのなー、フィリア、アタシたちの国じゃ書類を出せば、それで結婚は成立するんだよ。べつに、結婚式なんか挙げなくても……」

「では、桜井様は挙げたくないのですか!? 結婚式を!?」

「うっ、そ、そりゃ……挙げたくねえわけじゃねーけどよ……」

「そうでしょうとも! わたくしは、兄や姉……他にも親しい方々の結婚式を何度も見てきました。新郎新婦はもちろん、祝福する方々も、みんなとても幸せそうにしておりました。そのような式典を挙げないなんて、わたくしは承服いたしません。結婚には、幸せな祝福が必要なのです!」

「よく言ったわ、フィリア。わたしは賛成よ。やはり結婚式は挙げるべきだわ」

 乗り気のロザリンデに、おれも頷く。

「そうだね。このところ嫌な事件が続いてて、それはまだ続くみたいだけど……ここらでみんなで盛大に祝えるイベントでもやって、リフレッシュしておきたいな。隼人くんも帰ってきたし、制限付きとはいえ長生きできるし、雪乃ちゃんは恋が実るし、こういう良いことはみんなと共有しとかないと」

「実ったのは、アタシのじゃなくて、隼人の恋だろ……!」

「あはは……でも、実際どうするんすか? 神父さんも教会も」

 するとフィリアは胸を張って宣言した。

「これはわたくしの家の家訓なのですが、なければ作ってしまえばよいのです!」

 おれは笑って頷く。

「いいね。教会は宿の一室を改装すればいいし、披露宴は食堂ホールでやれそうだ。いい感じに働いてくれそうな新人もいるし」

「はい。神父様のほうは、冒険者や探索者の中に、資格を持ってる方がいらっしゃらないか探してみましょう。他にもこちらに来ている異世界リンガブルーム人にも、ツテがないか確認してみます」

異世界リンガブルームの神とこちらの神は違うでしょうけれど、まあ、愛し合うふたりに野暮なことを言う神様はいないわよね?」

「ちょちょちょ、ちょっと待てよ」

 興が乗ってきたところで、なぜか雪乃が待ったをかけた。

「どうしたの雪乃ちゃん」

「どうしたもこうしたもねーよ! 隼人が長生きできるんならよ、べ、べつに焦らなくてもいいんじゃねーかなって、気がしてきたっつーか……」

 それを聞いた瞬間、隼人のイヌ耳と尻尾が、しゅんと垂れ下がった。

「あ……そう、っすか……。そうっすよね、はは……っ」

「あっ、そうじゃねーんだ、隼人! 嫌ってわけじゃなくて――」

「怖気づいたのね」

 さらりとロザリンデが口にすると、むぅっ、と雪乃は頬を膨らませた。

「ち、ちげーし! びびってねーし!」

「本当かなぁ? 雪乃ちゃん、意外とそういうところあるからなぁ」

「ほ、本当にちげーし……」

 良い言い訳が出てこないのか、声の調子が弱くなる雪乃である。フィリアは、そんな雪乃の両肩を正面から強く叩いた。

「大丈夫です! 結婚も幸せも、恐くはありません! 桜井様はいつも通りの強気で、祝福をかき集めてしまえばよいのです! おふたりなら、きっと素晴らしい結婚式になります!」

 黄色い綺麗な瞳で見つめられて、雪乃はいよいよ観念したようだ。

「うー、まあ……アタシが言い出したことだし……な。ロゼの言う通り、隼人がどうだろうと気持ちは変わらねえし……うん、いっちょ派手にやるか!」

 赤面しつつ、やけくそ気味に宣言する雪乃だった。

 満足そうにうんうんと頷くフィリア。『花吹雪』のパーティメンバーも、思い思いに賛同を表明する。

 そうして、また合成生物キメラ製造施設を停止させて、第2階層の宿を目指して出発する。

 その間、ロザリンデは上機嫌で歩みも弾むようだった。

「ダンジョン婚、いいわね。わたしもジョージといずれ結婚式を挙げたいわ。叶うかしら」

「いずれなんて言わず、ふたりならすぐにでも挙げていいと思うけど」

「そうね……でも、わたしのほうが少し怖気づいているわ。ユキノのこと言えないわね」

「寿命の差のことか」

「ええ……後悔しないように精一杯やっているつもりだけれど、いつか失う日のことを考えると怖いわ。冗談抜きで、ジョージに合成生物キメラになってもらおうかしら」

「ロゼちゃん……さっきも思ったけど、さすがに禁忌を犯すのは放っておけないよ。ロゼちゃんだって、おぞましいって言って施設を破壊しようとしたじゃないか」

「そうね。でも、好きな人が同じ時間を生き続けてくれる手段があるのなら、考えてしまうわ。この国ではまだ禁忌ではないのだし」

「むぅ……」

 これは耳が痛い。おれも、上級吸血鬼ダスティンを倒すため、ロザリンデと同じ理屈で禁呪を使った。あまり強く言えない。

 そこにフィリアが口を挟む。

「あのロザリンデ様、禁忌はもちろんなのですが……津田様が合成生物キメラになれたとしても、風間様ほどの効果は得られないどころか、かえって寿命が縮んでしまうかもしれません」

「そうなの?」

「はい。風間様は、レベルの上がりやすい――つまり、魔素マナによる体質変化を受けやすいお体でした。それが合成においても、素材との適合率を高める役目を果たし、結果として寿命が伸びたのではないかと考えられるのです」

「あら、そう……。誰にでも同じ効果が出るわけではないのね。残念だわ」

 そっけなく言うが、ロザリンデは本当に残念そうだ。

 しかし、すぐ気を取り直す。

「でも、隼人だけでも長生きできるのはいいことだわ! ダンジョン婚、はりきって成功させましょう。後が続くように」

 フィリアは同意して大きく頷くのだった。

 ――そして準備期間を経て、その結婚式は、あっという間にやってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

二人目の妻に選ばれました

杉本凪咲
恋愛
夫の心の中には、いつまでも前妻の面影が残っていた。 彼は私を前妻と比べ、容赦なく罵倒して、挙句の果てにはメイドと男女の仲になろうとした。 私は抱き合う二人の前に飛び出すと、離婚を宣言する。

カフェノートで二十二年前の君と出会えた奇跡(早乙女のことを思い出して

なかじまあゆこ
青春
カフェの二階でカフェノートを見つけた早乙女。そのノートに書かれている内容が楽しくて読み続けているとそれは二十二年前のカフェノートだった。 そして、何気なくそのノートに書き込みをしてみると返事がきた。 これってどういうこと? 二十二年前の君と早乙女は古いカフェノートで出会った。 ちょっと不思議で切なく笑える青春コメディです。それと父との物語。内容は違いますがわたしの父への思いも込めて書きました。 どうぞよろしくお願いします(^-^)/

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

心が読める令嬢は冷酷非道?な公爵様に溺愛されました

光子
恋愛
亡くなった母の代わりに、後妻としてやって来たお義母様と、連れ子であるお義姉様は、前妻の子である平凡な容姿の私が気に食わなかった。 新しい家族に邪魔者は不要だと、除け者にし、最終的には、お金目当てで、私の結婚を勝手に用意した。 ーー《アレン=ラドリエル》、別名、悪魔の公爵ーー  敵味方関係無く、自分に害があると判断した者に容赦なく罰を与え、ある時は由緒正しい伯爵家を没落させ、ある時は有りもしない罪をでっち上げ牢獄に落とし、ある時は命さえ奪うーーー冷酷非道、血も涙も無い、まるで悪魔のような所業から、悪魔の公爵と呼ばれている。  そんな人が、私の結婚相手。 どうせなら、愛のある結婚をして、幸せな家庭を築いてみたかったけど、それももう、叶わない夢……。 《私の大切な花嫁ーーー世界一、幸せにしよう》 「え……」 だけど、彼の心から聞こえてきた声は、彼の噂とは全く異なる声だった。 死んでしまったお母様しか知らない、私の不思議な力。  ーーー手に触れた相手の心を、読む力ーーー 素直じゃない口下手な私の可愛い旦那様。 旦那様が私を溺愛して下さるなら、私も、旦那様を幸せにしてみせます。 冷酷非道な旦那様、私が理想的な旦那様に生まれ変わらせてみせます。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。魔物もいます。魔法も不思議な力もあります。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

処理中です...