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第142話 ここが合成生物の製造場所か

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 第4階層を進んでいくうちに、探索方向によって合成生物キメラ出現の頻度に違いがあることがわかった。

 どうやらある地点に近づくほどに、頻度が高くなっているようだ。

 その地点を目的地として探索して、もう数日が経過している。

 幸いなことに人工的な迷宮ダンジョンだ。ときには部屋があり、大抵は魔物モンスターの巣となっているが、それさえ全滅させれば安全地帯になる。扉が開かないように細工もすれば完璧だ。

 このお陰で、体力的にはずいぶんと楽だった。苦労したのは食料のほうだ。

 奥に進むにつれて合成生物キメラしか現れなくなってしまったのだ。合成生物キメラを食べるには、口にしたら食中毒を起こすような生物が合成されていないか念入りに調べる必要がある。結果捨てるしかない場合も多いし、食べられるにしても調理方法を工夫しなければならなかったりもする。

 安全地帯があるだけマシだが、本来探索に当てられる時間をこれに費やさねばならないのは痛い。

 唯一飲み水に関しては、合成生物キメラたちの維持に必要なのか、あちこちに水場が作られていて本当に助かった。

 また、探索に時間がかかっているのは、食糧問題だけが原因じゃない。

 目的地への道が見つからなかったのだ。

 ここまで記録してきた地図を見ても、その空間のみが白紙となってしまっている。周辺の道はすでに網羅しており、経路がないこと明らかだ。

「……残念ですが、今回はもう引き返して、次は第3階層から入れる道がないか調べてみてはいかがでしょう?」

 みんなで一緒に地図を眺めていたところ、やや疲れた顔で丈二が提案する。

 ロザリンデも両手で頬杖をついて、ため息をつく。

「妙なところね。道はないのに、その場所に近づけないよう合成生物キメラが守っててるなんて」

「いえ、守らせているからには、道はどこかにはあるのだと思います。わたくしたちが、なにか見落としていたのかもしれません」

「見落としか……」

 フィリアの言葉に、おれはこれまでの軌跡を思い起こしてみる。

「それらしきものはなかったと思うけど、隠し通路の仕掛けを見落としてたかもしれないな」

 おれは改めて地図を注視して、過去に攻略してきた多くの人工迷宮ダンジョンの構造と照らし合わせる。そして数ヶ所、印をつけていく。

「疲れが溜まってきてるところ悪いんだけど、最後にこの地点を再確認させて欲しい。できれば今回のうちに、手がかりを見つけたいんだ」

「タクト様、焦っていらっしゃるのですか?」

「うん……。もし本当に隼人くんなら、早く迎えに行ってあげなきゃだから……ね」

「そういうことなら、もう少し頑張りましょう、ジョージ?」

「ええ、もちろん」

 それから夜を明かして翌日、さっそく印をつけた地点を回った。3ヶ所目で、ようやく仕掛けを見つけた。

「ずいぶん念入りに隠してあったけど、これでやっと先に進めるよ」

 仕掛けを起動すると、近くの壁の一部が下方へ落ちる。それに遮られていた通路が現れた。

「さて、なにが出るかしら」

 勇んで先頭を歩いていくロザリンデだったが、やがて「うっ」と呻いて歩を止めた。

 目の前に広がる光景に、フィリアも丈二も顔をしかめ、目を逸らさざるを得ない。

「やっぱり、ここが合成生物キメラの製造場所か……」

 それは一種の研究所や、工場のようでもあった。

 どこから捕獲してきたのか、ウルフベアやエッジラビットといった多種多様な魔物モンスターの肉体が、薬液に満たされて保存されている。

 複雑な魔力回路により、製造工程は自動化されているらしい。

 2台の手術台にそれぞれ乗せられたふたつの生物が、切り刻まれていく。ベースとなる一方は死なない程度に。もう一方は、バラバラに。そしてベースのほうに、バラバラになった肉片を移植していく。

 それらの肉体・肉片には魔法的な処理がなされているらしく、移植されると異なる肉同士が容易に繋がり、異形になっていく。

「なんておぞましい……」

 ロザリンデは嫌悪感を顔に滲ませながら、手のひらに魔力を集中し、炎の玉を作り出す。

「焼き尽くしましょう。こんなもの、存在してはいけないわ」

「いえ、おぞましいことには同意ですが、調査が先です」

「ジョージ……」

 不満そうに口をつぐむロザリンデだが、おれも丈二には賛成だ。

「ロゼちゃん、丈二さんの言うとおりだ。おれたちは手がかりを探しに来たんだ。それに……もしものときは、ここの施設を利用させてもらうかもしれない」

「タクト……あなたも合成生物キメラを作りたいの?」

「逆だよ。作れるなら、戻せるかもしれない。必要になるとは言い切れないけど、その可能性を失くしたくないんだ」

「ロザリンデ様、お気持ちはみんな一緒ですが、今はまだその時ではないのです」

「……そう、そうね。きっと、その通りね。でも、こんなものが、唯一の希望になるかもしれないなんて不愉快だわ」

 そう言いつつも、ロザリンデは積極的に調査に手を貸してくれる。

 製造施設内では、徘徊する合成生物キメラとも遭遇した。しかし襲ってはこない。おそらく戦闘で設備が壊されるのを避けるためだろう。ただ、ずっと尾けてはくる。

 設備に近づくと、警告するように唸る。おそらく、合成生物キメラ製造の邪魔をしたり、破壊工作をしようとしたら襲うように作られている。

 施設を観察すればするほど、おれの記憶と合致する点が多い。

「そうか。秘密結社ウィズダムのプラントがまだ生きてて、転移してきたのか……」

「ウィズダム?」

 丈二の他、異世界リンガブルーム人であるフィリアとロザリンデさえも首を傾げる。知らなくて当然だろう。200年以上も前に滅びた秘密結社なのだから。

「この前話した仲間、『吼拳士』ライラと一緒に叩き潰した組織のひとつだよ。合成生物キメラを悪用する組織の中では最大規模だった」

 ウィズダムは、素材となる生物を、捕獲専用の合成生物キメラを用いて集めていたと聞いたことがある。それがどんなものかまでは知らなかったが、もしかしたら……。

 そのとき背後で物音。ちょうど薬液のプールに、新たな素材が投げ落とされる。

 運んできたのは、巨大なミミズのような合成生物キメラだ。きっと雪乃が見たのは、あいつと同種だろう。

「あっ、見てください、あれを」

 フィリアがなにかを見つけて、そちらへ駆け寄っていく。拾い上げたそれは、誰もが見覚えがあった。

「ファルコン様の、覆面です」

 やはり隼人は、ここに連れてこられていたのだ。
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