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第131話 ボコボコに痛めつけてやるべきだと思うんですよ

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「やっぱり、これしかないのかな……」

「ん? なんの話っすか?」

 独り言を聞かれていたらしく、ある新人冒険者に声をかけられた。

 名前は、風間かざま隼人はやと

 背は平均より低く、雪乃と同じくらい。高校卒業して間もないらしく、紗夜と同い年。つまりまだ10代で、冒険者の中でも最年少組だ。年相応に若々しい顔つきで、朗らかに笑う様子が見ていて気持ちのいい新人だ。

「ちょっとね。闇サイトの件で考え事しててさ」

「ああ、例の……。俺も聞いてて腹立つっすよ。なんのために迷宮ダンジョンに来たんだよ、って! しかも女性を狙うなんて許せねえっすよ!」

「狙われるのが男でも女でも、許しちゃいけないことだよ」

「そりゃそうっすけど、地上じゃ女性のほうが弱いですし……。あの、一条先生、雪乃先生も襲われたって……本当なんですか?」

「悪いけど、答えられない。本当に誰かが襲われてたとしても、それは個人情報だからね。だからって本人に直接聞くのもダメだよ? 本当に襲われてたら、そのときのことを思い出させて苦しめることになるから」

「あ……そ、そうっすよね、すみません……。でも俺、雪乃先生が本当に心配で……」

「わかってる。君、いつもは真面目なのに、雪乃ちゃんのときだけ集中できてないらしいじゃないか」

「へっ? それ、雪乃先生から聞いたんすか?」

「うん。訓練生にひとり、妙にへなちょこなやつがいるって言っててさ。こっちじゃ優等生の隼人くんのこととは思わなかったよ」

 隼人はでれっとだらしない笑みを浮かべた。

「へ、へへへっ、雪乃先生が俺のこと話してたんすね。へへへ……っ」

「嬉しそうだなぁ。ま、雪乃ちゃん、ちょっと言葉遣いが乱暴だけど、結構かわいいところあるもんね」

「そうなんすよねー。講義のときとか緊張してるの、強がって隠してるのが――って、前から思ってたんすけど、一条先生、馴れ馴れしくないっすか? なんすかって」

「え? 友達だし、普通じゃない?」

「普通じゃないっすよー。なんなんすか、一条先生。色んな女の子と仲良くて、しかもみんな美人で羨ましいっすよ!」

「でもおれ、フィリアさん一筋だし」

「そんな先生に質問ですけど、雪乃先生って彼氏いますかね?」

「知らないよ。それは自分で聞いていいんじゃない?」

「あーいやでもほら……それはちょっと照れるっていうか~……。報酬出すんで、依頼してもいいっすか?」

「だーめ。冒険者なんだから、それくらいの冒険は自分でこなさなきゃ」

「うっ、うー……っす」

 隼人はうなだれて、小さく返事をするのみだった。

 が、数秒後、がばっと顔を上げた。元気だなぁ。

「そ、その話は置いといてですね! 闇サイトっすよ、闇サイト。一条先生、あいつら警察なんかに任せてていいんすか? 俺たち正義の冒険者の出番じゃないっすか?」

「正義って……」

 耳にするのも久しい言葉に、つい苦笑してしまう。

 しかし隼人は大真面目に、びしっ、と親指で自分を指し示す。

「俺、勇者目指してるんで! いつか後輩ができたときに『ハヤトさんならそうする』とか言われる人間になりたいんですよ」

「まんまヒンメルじゃん。あのアニメ、面白かったよね。憧れるのもわかるよ」

「あ、先生もフリーレン見てました? ならわかると思いますけど、俺、あのアニメに出てくる魔族みたいな人間も普通にいると思うんすよ」

「言葉は通じるのに、話が通じないって意味?」

「そうっす。言葉を話すだけの魔物モンスター……。人をどんなに傷つけても、全然平気でいられる。血も涙もない、怪物みたいな人間です」

「同感だよ。おれも魔物モンスターにしか思えない人間に会ったことはある」

「そんなやつらは、二度とこっちに手出ししたくなくなるくらいボコボコに痛めつけてやるべきだと思うんですよ。さらに、それを見せしめにすれば、他の連中もびびって手を出さなくなるんじゃないっすかね」

 隼人の口から「見せしめ」の言葉が出て、おれは思わず彼の目を見た。

 ただ純真な正義感が、瞳に輝いている。

 隼人は真面目で素直で、物覚えもいい優等生だ。その反面、不真面目な訓練生を注意して、言い争いになる事が何度もあった。

 彼の正義感は、その純真さゆえに、危うさも感じさせる。

 考えていることはおれと同じだが、おれとは違って、理屈ではなく、正義感という感情で判断している。

 感情はときに暴走する。正義感の暴走が起こす残虐行為を、おれは異世界リンガブルームで見たことがある。あれはひどいものだ。

 痛めつけるだけでは済まない。見せしめに、惨たらしく殺すかもしれない。

 追い詰められた相手は、彼を殺すしかないと判断するかもしれない。

 極端な例ではあるが、どちらにしても危険だ。

 今の隼人の実力では、危険な目に遭うのは彼のほうだろうが……。

「……一理ある」

 おれは自分と同意見なのもあって否定はできず、かといって強く賛成して増長させるわけにもいかず、そう答えるだけで精一杯だった。

「ですよねっ!」

 大げさに喜んで、隼人は歯を見せて笑う。

「やるときはぜひ声をかけてくださいよ! 俺、絶対手伝いますから!」

「君はまずパーティメンバーを探さなきゃだよ。でなきゃ、舞台が迷宮ダンジョンになったら呼びたくても呼べない」

 訓練生たちの多くは、すでに気の合う相手を見つけてパーティを組んでいたが、隼人はまだだった。

 迷宮ダンジョンには、2人以上のパーティでないと入れない決まりがあるが、新人の訓練期間、『初心者の館』までに限り、単独での進行が許されている。

「じゃあ一条先生のパーティに入れてください!」

「ダメ。おれたちとはレベル差がありすぎるよ」

「なら……ゆ、雪乃先生のパーティなら、どうっすかね?」

「さあ? 聞いてみたら? 彼氏がいるか聞くよりはハードルは低いだろうけど……でも、最低でもレベル2はないと話にもならないよ」

 すると隼人は、にかっと笑った。

「実はもうレベル2っす~」

 と言いつつ、ステータスカードを見せてくれる。

 おれは息を呑んだ。

 ステータスの合計値は、レベル2の目安である60を余裕で超えていた。

 いくら真面目に訓練していたとはいえ、あまりに早すぎる。

 これまで気づかなかったが、魔素マナによる体質変化の速さには個人差があるのかもしれない。

 紗夜に魔法の才能があったように、隼人にも、レベルが上がりやすいという特別な才能があるのかもしれない。

「驚いたな……」

 隼人の成長はその後も著しかった。闇サイトを利用した冒険者――略して『闇冒険者』を警察が検挙し始めた頃、彼はレベル3に到達しようとしていた。
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