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第91話 吸血鬼の中でも良い子なのですね?

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「無理を言って申し訳ない。せっかく恋人ができたのに、さっそく離れ離れにしてしまって」

「いいさ。どうせ迷宮ダンジョン内じゃイチャイチャできないし。周辺警戒の他にやることもなくて暇だったしね」

 そんな軽口を叩きながら、おれは丈二をダスティンを消滅させた魔法の爆心地に案内した。

 地盤が崩落して、第3階層が顔を出してくれているのでは? と期待もしたが、そんなことはなかった。

 空間の歪んだ第2階層だ。ここの地下が第3階層に繋がっているとは限らない。

 おれは存在を信じているが、そもそも第3階層なんて存在しない可能性だってある。

 ともかく、そこにあった廃墟は跡形もなく吹き飛んでおり、地下室の形状をわずかに残したクレーターの上に、瓦礫が積み上がっているだけ。

 その他には、なにもない。

 ――はずだった。

 だが、おれたちの目の前には、大きな箱がある。頑丈そうな、装飾の施された箱だ。

「どこから来たんだ、この箱は……」

「吹き飛ばした廃墟の中にあったのでは?」

「威力を抑えたとはいえ元素破壊魔法核爆発だよ? 耐えられるはずがない」

「では……転移、でしょうか?」

「この迷宮ダンジョンが現れてからの3年間で、何人か転移してきたんだっけか」

「ええ、周期はバラバラでしたが、そろそろ発生してもおかしくない時期でした」

「おれの魔法が転移のきっかけ……だったりするのかな?」

「さあ? それはなんとも」

 おれは警戒しつつ、魔力探査を発動させる。

 超音波で周囲の地形を把握する定位魔法とは違い、こちらは周囲の魔力の波動を探知する魔法だ。地形はわからないが、範囲内にいる魔力を持つ存在の位置は特定できる。

「箱の中に、なにかいる」

「人間ですか?」

魔物モンスターの可能性もある」

「私が開けてみます。一条さんは援護を」

「わかった」

 おれはナイフを抜いた。他の武器はダスティンとの戦闘中に放棄した挙げ句、元素破壊魔法で吹き飛ばしてしまった。これが手元にある最後の武器だ。

 丈二のほうは、今回、魔素マナをまとった武器は持ってきていない。丈二が開けて、おれが援護するのが一番だろう。

 丈二は箱に手をかけ、おれに目で合図する。いつでも踏み込めるように構え、頷きを返す。

 そして箱を開けた丈二は、中身を見て動きを止めてしまった。

「これは……。なぜ、こんなところに少女が……?」

「丈二さん、なにが見つかったんだ?」

「少女です。箱の中に美少女がいます」

「なんだって」

 おれは丈二の背中越しに覗き込む。確かに女の子だ。

 小柄――というより幼い。長い金髪、透き通るような白い肌。人形のように整った顔。ゴシック系の服装で、体を丸めてすやすやと眠っている。

 箱の中は、居心地が良さそうにシーツや枕が備え付けられている。

「丈二さん、箱を閉めるんだ。一旦、出直そう」

「なぜです? 異世界リンガブルーム人なら保護しなければ」

「こんな箱の中で眠るなんて異常だ。こんなことするのは、上級吸血鬼くらいしか考えられない」

 丈二は息をつまらせた。

「……ええ、出直しましょう。万が一のための備えが、今はない」

 丈二はそっと箱を閉めようとした。が、その瞬間、金髪の少女はぱっちりと目を開けた。

 紅い瞳が丈二を見つめる。誘惑テンプテーションとは違うようだ。敵意ある表情ではない。むしろ混乱や不安の色が強い。

「ここは、どこ? あなたは誰?」

 異世界リンガブルーム語だ。おれが通訳しようとしたが、それより早く丈二が口を開いた。

「ここは日本という国です。私は、ジョージ。あなたは?」

 かなり拙いが、異世界リンガブルーム語だった。

「ロザリンデ……。ねえジョージ、わたし、なんでここにいるの? ニホンなんて国、聞いたことない」

「えぇと……すみません、一条さん。これ以上は無理です。通訳をお願いします」

 丈二は日本語でそう言った。おれは頷き、ナイフを鞘に納めてから丈二の隣に立つ。

「やあ、ロザリンデちゃん。おれはタクト。丈二さんは、まだリンガブルーム語を上手く話せないんだ。おれが通訳するよ」

「……うん」

「丈二さん、彼女は、なぜここにいるのか疑問に思ってる。日本って国も知らないってさ」

「では、まずは状況を説明しましょうか。いや、その前に……」

 丈二は緊張感を持って、言葉を選んだ。

「ロザリンデさん、あなたはなぜ箱の中で眠っていたのですか?」

「だって、あれはわたしのベッドだから。ずっと前からのお気に入りだもの」

 おれはふたりの言葉を、極力そのままに通訳する。

「ずっと前から?」

「うん、ずっと前から。あの中にいれば安らげるし……なにより、怖い人たちにも見つからずに済むわ」

「怖い人たちというのは?」

「悪い子を殺す人たちよ。わたしは悪い子じゃないけど、何度も勘違いされたから、いつも隠れていたの。それで気がついたら寝ちゃって、何年も経ってるのよ」

「悪い子というのは、人を襲う吸血鬼ヴァンパイアのことですね?」

 丈二は意を決して、その質問を口にした。

 ロザリンデは気にした風でもなく、あっさりと頷く。

「そうよ。悪い子なら、罰を受けて当然だわ」

「ではあなたは、吸血鬼ヴァンパイアの中でも良い子なのですね?」

「……わかんない。そう言ってくれる人、いたことないから。良い子ってなに?」

「色々ありますが……相手の言葉を尊重し、認め合い、仲良くできる人のことでしょうか」

「ならきっと、わたしは良い子だわ。それにジョージ、あなたも」

 ロザリンデは微笑みをもって丈二を見つめる。

「ねえジョージ、わたし、あなたのことがもっと知りたいわ」

「いいですよ。なにから話しましょうか?」

「言葉は要らないわ。ジョージ、こっちへ来て」

 丈二は言われるまま、ロザリンデのほうへ踏み込む。おれはいつでも動けるよう、ナイフの柄に手をかけておく。

 ロザリンデはおもむろに丈二の額に自分の額を当てた。目をつむって数秒。ロザリンデはハッとまぶたを上げ、怯えに顔を歪めた。

「あなたも怖い人なのねっ。他の吸血鬼ヴァンパイアを――!」

 丈二の記憶を見たらしい。言葉も日本語に変わっていた。

「いえ! あれは、あなたの言う悪い子だったのです。あなたが良い子なら、あのようなことはしません!」

「……本当?」

「本当です。もう一度、私を覗いてみればわかります」

 丈二は黙って目をつむり、額を差し出す。ロザリンデは、恐る恐る、また額をくっつけた。

 するとロザリンデは、やがて安堵したような表情を浮かべた。

「……ありがとう、ジョージ。あなたは誠実で……ロマンティストなのね」

 それから、わずかに頬に赤みが差す。

「わたし、あなたのこと好きだわ」
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