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第77話 甘い血液をすするほどに

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「でもよ、なんで二手に別れる必要があるんだ? 戦力は集中させといたほうが良くねえか?」

 吾郎の質問はもっともだ。おれはきちんと説明することにする。

「上級吸血鬼を倒すには封魔銀ディマナントがあれば、充分だと思ってたけど、それはおれの考え違いだった。今の環境下じゃ、もう一手必要になる。その一手には大量の魔力石が必要なんだけど、封魔銀ディマナントのそばにいたら、ただの石になっちゃうから」

「なるほどな。集めるにしても、使うにしても、別行動が必要になるわけか」

「モンスレさん、どんな作戦……ですか?」

「大筋は簡単だよ。加工した封魔銀ディマナントで攻撃して弱らせる。そのあとは用意した大量の魔力石を使って、完全消滅まで追い込む」

 丈二は少し考えてから、問いかけてきた。

「なぜ封魔銀ディマナントだけでは殺せないのですか?」

「上級吸血鬼の体は、魔素マナで構成されてるからだよ。おれたちみたいな肉体がないんだ。だから、封魔銀ディマナント魔素マナを遠ざけても、魔物モンスターみたいに弱ったり死んだりしない。あくまで体が拡散するだけなんだ」

「霧になるように、ですか?」

「その通り。でも、自分の意志で霧になるのとは違って、封魔銀ディマナントで拡散させられたら無力になる。やつらはそれを防ぐために、必死に人の形を維持しようとするはずだ。力のほとんどが割かれて、少なくとも、特殊能力は封じられる」

「そこで魔力石の出番ですか?」

「いやまだ早い。人の形が維持できなくなるまで追撃しなきゃならない。そしたら魔素マナの人格部分――人格パーソナル魔素マナが逃げ出すはずだ。拡散した魔素マナを集めて復活しようと、ね。それを追いかけて、消し去る。魔力石が必要になるのはそのときだ」

 吾郎はふんっ、と鼻を鳴らした。

「大筋だけなら、本当に簡単だな。封魔銀ディマナントで弱らせて、魔力石で吹っ飛ばす」

「地上でなら、魔力石で吹っ飛ばす必要もないんだけどね……」

 封魔銀ディマナントで作った武器を上級吸血鬼の体内で爆発させれば、人格パーソナル魔素マナごと、四散させられる。

 それが地上でなら、その魔素マナは風に流され、波にさらわれ、世界中に拡散することだろう。

 そうなれば魔素マナが再集結して人格を復活させるまで、数百年はかかる。その上、記憶もリセットされる。善良な吸血鬼ヴァンパイアとして生まれ変わるかもしれないのだ。倒したと言っても差し支えないだろう。

 けれど今回、おれたちは迷宮ダンジョン内で戦う。第2階層は地下空間としては広いが、地上世界と比べれば極小の空間だ。

 ここで爆散させても数日――下手したら数時間で、魔素マナを再結集させて復活するだろう。きっと記憶も維持して。

 脅威を確実に排除するには、完全消滅させる必要がある。

「その役目は、おれにしかできない。魔力石集めもおれが担当するよ」

 補足説明のあと、おれはそう宣言した。

 結衣が強い眼差しでおれを見上げる。

「なら……ユイも、一緒にやります。紗夜ちゃんを、助けるためにも……少しでも強くなっておきたいから……!」

「ひたすら魔物モンスターと戦うことになる。かなり過酷だよ?」

「覚悟の上、です!」

「わかった。一緒にやろう」

 おれは結衣に頷いてみせてから、続いて丈二に目を向ける。

「丈二さんと吾郎さんは、封魔銀ディマナントの加工と、迷宮ダンジョンの一時封鎖の手配を頼むよ」

「承ります。が、封魔銀ディマナントはどう加工すれば?」

「それはミリアムさんに話をつけてある。鍛冶場も貸してくれる約束だ。本人の手は借りられないけど、リモートで作り方は教えてくれるはずだよ」

「なら作業はオレがやってやる。短いが、金属加工業にいたこともある。DIYも得意だ」

「よろしく、吾郎さん。ただ、くれぐれもミリアムさんに封魔銀ディマナントを近づけないように注意してくれ」

「なんでだ?」

 ミリアムが異世界リンガブルーム人で、魔素マナがなければ死んでしまうのだと言うわけにはいかない。その存在は、まだ機密のはずだ。

 すると丈二が代わりに答えてくれる。

「彼女はちょっと特殊な金属アレルギーなんです。下手をすると命に関わるので」

「ふぅん、それでリモートか。わかった」

「よし、話は決まったね? 上級吸血鬼ダスティンを倒すのはともかく、フィリアさんたちを助けられるかは、どれだけ早く動けるかにかかってる。急ぐよ、みんな」


   ◇


 紗夜の意識は、過去にあった。

 ――お姉ちゃん……。

 姉は優等生だった。

 両親の期待にいつだって応えていた。紗夜にはいつも優しかった。

 そんな姉に近づきたくて努力した。結果が出たときには、姉はいつも大袈裟なくらい喜んで褒めてくれていた。

 そんなささやかな幸せな日々は、姉の事故死で、すべてが変わってしまった。

「どうしてこんなこともできないの? あの子なら、簡単にできたのに」

 テストがあれば、満点に足りない分だけ母に殴られた。

「なんだ……3位か。意味がないな」

 部活の大会で入賞しても、父は無関心だった。

 姉を失った悲しみから、両親が姉を見続けているのはわかっていた。

 紗夜は姉ほど優秀ではなかったが、それでも認められるように努力した。

 テストで満点を取れば殴られない。大会で優勝すれば褒めてくれる。そして両親は、姉だけじゃなく、自分もいるということを思い出してくれるはずだ、と。

 でもそれは間違いだった。

「あの子が同じだけ努力をしたなら、もっとすごい結果だったはずだわ」

「なんであの子なんだ。紗夜ではなく、なんであの子が……」

 高校卒業を前にして、紗夜は反抗を試みた。独断で資格を取り、卒業後の進路に危険な冒険者を志望したのだ。

 両親が止めてくれることを期待していた。それは叶わなかった。

 母は好きにしろと言った。父は無言だった。

 ――お姉ちゃん……。会いたいよ。一緒にいてよ。前みたいに、家族一緒に……。

「そうか、つらかったね紗夜……」

 ――お姉ちゃん?

「いいよ。一緒にいてあげる」

 ――本当に? 本当に、一緒なの?

「そうだよ。だからもう苦しまなくていい。私にすべてを委ねて、家族になろう。昨日までの紗夜にさよならをしよう」

 ――うん、お姉ちゃん!


   ◇


 上級吸血鬼ダスティンは、紗夜の顔から邪魔なメガネを外して捨てた。

 無感情にメガネを踏み潰し、紗夜の首筋に鋭い牙を突き立てる。

 甘い血液をすするほどに、紗夜の心はダスティンの物になっていった。
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