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第73話 間違いない。上級吸血鬼だ

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「お待ちください、葛城様! その先は第2階層です! 危険です!」

 フィリアは必死に呼びかけるが、紗夜は止まらない。

 魔素マナによる強化もあってフィリアのほうが足は速い。加速すれば捕まえられそうなのに、いま一歩のところで魔物モンスターの邪魔が入る。

魔物モンスター除けのお陰で襲ってはこないにしても、進行を邪魔されて減速せざるを得ない。

 その間に紗夜は第2階層へ向かってしまう。

「葛城様! く……っ」

 フィリアはその手前で立ち止まる。

 拓斗からは、上級吸血鬼の件で強く言われている。それらしき異変があれば、すぐ引き返して報告するように……と。

 それは第2階層を想定してのことだが、紗夜の様子を見る限り、これは引き返すべき案件だ。

 わかってはいるが、目の前で大事な友達がなにかに巻き込まれている。

 フィリアは、紗夜がなぜ冒険者を目指して迷宮ダンジョンに来たのか詳しくは知らない。

 ただ彼女が、新たな居場所を見つけて、充足した日々を送っていることを知っている。幸せそうな愛らしい笑顔を知っている。

 捨て置くことなどできない。きっと、拓斗だってそなはずだ。

 大丈夫。第2階層のより濃い魔素マナなら、フィリアと紗夜の能力差は大きくなる。より速くなった足で追いつける。

 そしたらすぐに連れ帰る。荒っぽい手段を使ってでも。

「フィリア、さん……!」

 結衣が追いついてくる。

「今井様はそこでお待ちを! すぐ連れ戻してきます!」

 返事も聞かないうちに、フィリアは覚悟を決めて再び駆け出した。

「待って、ユイも……!」

 結衣がなにか言っていたようだが、今は聞いている暇はない。一刻も早く紗夜を連れ戻さなければならなかった。


   ◇


 おれと丈二が、第2階層に入ってしばらく。

 封魔銀ディマナントの鉱脈目指し、戦闘を避けつつ順調に進んでいたときだった。

 ――ゲキョキョー!

 興奮したフレイムチキンの鳴き声が聞こえた。

 すぐ戦闘態勢に入るが、どうやらおれたちに対する威嚇じゃない。

 何者かと戦闘しているらしい。縄張りに踏み込んだ他の魔物モンスターと争っているのかと思ったが、それも違った。

「ニワトリが生意気に火ぃ吹くんじゃねえ!」

 その声には聞き覚えがあった。

 戦闘の現場へ駆けつけると、そこには見知ったベテラン冒険者の姿があった。

「吾郎さん、なんでここにいる!?」

 吾郎は戦闘に集中していてこちらに気づかない。

 素早いフレイムチキンの動きを見極め、吾郎はある基礎魔法を発動させた。

 それは地面を一部、少しだけ隆起させるものだ。発展すれば、土を敵の足に張り付けて動きを阻害する魔法や、隆起の勢いで敵を遠くへ弾き飛ばす魔法にもなる。

 この状況では、少しの隆起で充分だった。フレイムチキンは、ほんの少し盛り上がった地面に足を引っ掛け、バランスを崩した。

 それを見越してすでに前傾姿勢となっていた吾郎は、勢いの乗った体当たりをぶちかます。

 転倒したフレイムチキンに馬乗りになり素早くナイフを抜いた。首を掻き切る。

 鮮血を撒き散らし、やがてフレイムチキンは絶命した。

 吾郎は、その死体の上で、ぐったりと体を横倒しになる。

「はあ、はあ……くそ……」

 おれはもう一度呼びかける。

「吾郎さん、なんでここにいるんだ? いや、それより怪我してるのか!?」

 吾郎はゆっくりと顔を上げる。憔悴しきった表情を、わずかに明るくする。

「一条、か……。癪なもんだが……地獄に仏って言うべきか……」

「手当する。しばらく動かないでくれ」

 周囲の警戒は丈二に任せ、おれは吾郎の怪我の具合を確かめる。あちこちに切り傷や打撲はあるが、それらは大したことない。

 問題なのは脇腹の傷だ。自分で包帯を巻いて手当てしたようだが、よほどの深手らしく血が溢れて止まらない。

「なんで第2階層に、それもひとりで来たんだ! 学習したんじゃなかったのか!? お腹にこんな穴を開けることになるなんて!」

 声を荒げつつも、治療魔法を発動する。あまり得意ではないが、第2階層の魔素マナ濃度なら充分な時間使える。この重傷も、時間をかければ回復できる。

「今日は、ざまあみろとか言うなよ……。オレだって、好きでこんなとこに、ひとりで来たわけじゃねえ」

「……なにがあったんだ?」

 おれが尋ねると、吾郎は頭を抱えた。

「それが、わけがわからねえんだ……」

「わかってることを、順番に話してくれればいい」

「……いつものことだがな、今日もうちの若えのを鍛えてやってたんだ。あいつら、文句ばかり言うけどよ、結構使えるようになってきててよ、それはそれで良かったんだが……急に知らねえやつに声をかけられてよ……」

「……どんなやつだ?」

「奇妙なやつだ。オレたちと同じ冒険者だとか言ってたが、絶対に違う。武器も防具も、バックパックさえ背負ってなかった。それに、あんな見た目のやつがいたら、このオレが知らねえわけがねえ」

「その見た目というのは?」

「はっきり言って、美形すぎた。男――だと思ったんだがな、女かもしれねえ。異常なほど肌が白くてよ、その上、やけに色気がありやがる」

 その特徴に、背筋が震えた。心当たりがある。

「まさか……」

「あいつは仲間が欲しいとか言ってやがってよ。やたらとオレたちを褒めてやがった。チャラ男にはビッグになる才能があるだとか、無気力には人の上に立つ才能があるだとかおだてやがってよ……オレも、悪い気はしてなかった」

「それで、第2階層に連れてこられた?」

「いや。そもそもソロのやつが迷宮ダンジョンにいること自体が変だって気づいてな、それを指摘したら攻撃された」

「秀樹くんと孝太郎くんはどうなった?」

「オレがやられてても知らねえふりだった……。嫌われてるとは思ってたが、それはさすがに異常だろう? そのまま第2階層に行っちまったからよ、連れ戻してやろうと思って、追いかけてきたんだが……」

「そこでおれたちと出会ったわけか……」

 治療を終えて、おれは立ち上がる。

「吾郎さん、第1階層までは護衛する。そのあとはひとりで戻ってくれ。おれたちは、一刻も早く封魔銀ディマナントを採ってこなくちゃならない」

 丈二も険しい顔で頷く。

「一条さん、今の話はやはり……」

「間違いない。上級吸血鬼だ」
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