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第71話 最低限の調査はできた

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「いくら歩いても端っこに着かないわけだよ。空間が歪んでるんだ」

「まさかループしているとは思いませんでした。ゲームでもそんなダンジョンはありますが、実際に体験するとこうも厄介なのですね」

 丈二はしみじみと言いながら、日誌に記録している。

「それにしても、先ほどのタクト様の様子には少々驚きました」

「それは言わないでよー……。人がいた痕跡があれば、上級吸血鬼だと思って焦るじゃん」

 探索していたら、人間の足跡や焚き火のあとを見つけたのだ。それでおれは大慌てで、その足跡の行き先や、残留物などを調べに走った。あくまで慎重に、気配を殺しつつ。

 が、どうにも見覚えのある痕跡であり、やがてそれらが、自分たちのものであったと気づいた。おれたちが今いるのが、フレイムチキンと初めて遭遇した地点であることも。

 これまで作成してきた地図や、周辺の様子などなどを再確認して、おれたちはループしていることを結論づけた。

 おそらく空間の歪みが原因だ。球体の上をまっすぐ歩き続ければ、いずれ同じ場所に辿り着く。この第2階層では同様なことが起こされている。

 そもそもこの迷宮ダンジョン自体が、次元を貫いてこの世界に現れたものだ。これくらいの現象は起こり得るだろう。

「入口に似た遺跡を見かけたときに、気づければ良かったんだけど」

「あの辺りで足跡を見つけて、それを追うのを優先してここまで来てしまいましたからね。私たちも同意してのことです。一条さんが気にすることはないでしょう」

「でもなんか、あれだけ騒いで結果がこれだと、ちょっと恥ずかしいな……」

「いいえ。タクト様は、安全確保の面から、当然のおこないをしてくださいました。冒険者かくあるべし、です」

「そう言ってくれると嬉しいけどさ」

 日誌に記録を終えた丈二が顔を上げる。

「これからどうします? 最低限の調査はできたと思いますが」

「んー、本当はもっと長居するつもりだったんだけど……念のためにも上級吸血鬼対策は早めに作っておきたいし、出口も近いことだし、予定を繰り上げて戻ろうか? ふたりはどう思う?」

「わたくしは賛成です。戻れるときには戻っておくのも大事と、父が言っておりました」

「私も賛成です。充分な成果は得られていますし、今回の成果を共有して調査パーティを増やすほうが効率も上がるでしょう」

「オーケイ。じゃあ帰還しよう」

 おれたちは来た道を引き返し、第2階層と第1階層を繋ぐ地下遺跡に足を踏み入れる。

「――!?」

 その瞬間、おれは振り返った。嫌な寒気を感じた。……気がする。

「どうしました、タクト様?」

「ああ、いや……誰かに見られてるような気がして」

 すぐ丈二が双眼鏡で周囲を確認してくれる。

「グリフィンがやや近い位置にいますね」

「……グリフィンだけ?」

「はい。こちらを見ているのは、それだけです」

「そっか……。やっぱりおれ、過敏になりすぎてるのかも」

「帰ったらゆっくりお休みしましょう。それできっと、調子も戻ります」

 こうしておれたちは第2階層をあとにした。やがて第1階層へ戻ってきたところ……。

 さっそく聞き慣れた声が響いてきた。

「いや、ダメ! やっぱりダメ! こんな格好恥ずかしいよぉ!」

「でも、着てくれたんだし……。せっかくだから、ね? 動画撮ろ? ね? はぁはぁ」

 鼻息を荒くしているのは結衣だ。そして、もう一方は……。

「紗夜ちゃん?」

 おれが声を上げると、「ぎゃあ!」とばかりに紗夜は衝撃を受けた。

 その姿は、カラフルでひらひらだった。袖やスカートの丈は短く、けれど露出が多くならないよう、イブニンググローブやニーハイソックスを着用している。

 可愛いことは可愛いのだが、なんというか……。

「紗夜ちゃん、魔法少女になったんだ……」

 だだだだだっ! と紗夜はすごい勢いで駆け寄ってきた。涙目だ。

「違うんです違うんです違うんです、騙されたんです、そそのかされたんです!」

「わかってるわかってる。結衣ちゃーん? 迷宮ダンジョンでこんな格好させるのはまずいよ。防御力がないでしょ。魔物モンスター除けがあっても、万が一のこともあるんだからね?」

「防御力の問題じゃないです……」

 紗夜は恥ずかしそうに、両手で衣装を隠そうとする。しかしその仕草がむしろ可愛らしい。

 結衣も、嬉しそうな笑みを浮かべながらやってきた。前髪の左側だけ髪留めで上げている。きっと紗夜と一緒に買いに行った物だろう。片目は相変わらず隠れがちだが、片方だけでも露わになっていて、愛らしさが増している。

「えへへ、防御力なら大丈夫、です。ミリアムさんの特製、なので……」

「ミリアムさん、なにやってんの……」

「ユイがお願いしてみたら、面白そうだから……って、最優先で、やってくれました。すごく丈夫、です」

 それを聞いて、フィリアは呆れてため息をついた。

「ミリアム様には、お説教が必要かもしれません……」

 一方、丈二はご満悦だ。

「とてもよくお似合いです。葛城さん、写真1枚よろしいですか?」

「絶対嫌ですぅ! っていうか、津田さんが撮った写真のせいで結衣ちゃんが血迷っちゃったんですからね! 責任取ってくださいぃ!」

「そう言わずに。一条さんの秘蔵動画をお見せしますから。すごいですよ、これは」

「えっ、先生のすごい秘蔵動画ですか?」

 急に興味津々に目を輝かせる紗夜である。

 おれは丈二の肩を強めに掴んだ。

「怒るよ?」

「ははは、冗談ですよ。一条さん」

「えー、見せてくれないんですかー……?」

「やだよ、恥ずかしい!」

「えっ!?」

 と、今度はフィリアが反応した。

「わたくしは、恥ずかしいことをしていたのですか……? タクト様、本当は、嫌でしたか……?」

「いやいやいや! すごくありがたかったよ! ただ人に見られたくないっていうか」

「津田様は良いのですか?」

「本当はダメなんだけど、油断してたっていうか、迂闊だったっていうか……」

「ふたりきりが、良かった……と?」

「うん、まあ……」

「では……次はそのときに、ですね。他の方には、秘密です」

 フィリアはいつものように、唇に人差し指を立てる。

「……う、うん」

 次があるの? 本当に? それは嬉しい!

 つい顔がほころんでしまう。

 とかやっていると、丈二は紗夜と結衣に声をかけていた。

「あのふたり、どう思います?」

「はやく付き合っちゃえばいいのに」

「でも、見守るには一番いい時期……かもです」

「き、君ら、なに言ってんのっ」


   ◇


「拓斗ちゃんは、いつフィリアちゃんと一緒になるのかしら?」

 休暇中のある日。家で休んでいると家主の華子婆さんにまで言われて、おれは苦笑した。

「えーっと……」

「好きって伝えないの?」
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