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第69話 おれの杞憂かもしれないんだけど

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 飛び出してきた下級吸血鬼に瞬時に踏み込み、おれは剣を突き出した。

 そいつは翼と一体化した両腕を羽ばたかせ、上空に逃れる。おれを飛び越えて背後へ。すぐ剣を捨て、鞭を手に取り、その背中を狙う。

 だがかわされた。まるで背中に目がついているかのように、動きが読まれている。

「丈二さん、狙われてるぞ!」

 下級吸血鬼は丈二の前に降り立つ。

「くっ!」

 振り下ろされた爪を体を半回転させて避け、回転の勢いを長い脚に乗せて後ろ回し蹴りを放つ。続けて手に持った短槍で薙ぎ払い、頭部めがけて突きを繰り出す。

 見事な三連撃だが、すべてかわされる。

 下級吸血鬼は牙を剥き、丈二の首筋に迫る。

「津田様!」

 側面からフィリアの魔法攻撃。炎の矢だ。

 下級吸血鬼は後方へ飛んで回避。炎の矢は樹木を黒く焦がす。

「速い……! タクト様、この魔物モンスターは!?」

「おれの魔法で動きを鈍らせる! トドメはふたりが刺してくれ!」

 再び下級吸血鬼が攻勢に出る前に、おれは魔力を集中した。

反響定位エコロケーション!」

 掛け声とともに発動。超音波を放ち、その反響によって周囲の地形情報を得る魔法だ。

 耳を通して入ってくる情報は、目に見える地形との齟齬が大きい。

 下級吸血鬼の影響だ。やつも同様の方法で周囲を探知している。やつの超音波のせいで、こちらの超音波の反響を正確に受け取れないのだ。

 だが、それは相手も同じこと。

 弱い視力を補い、死角のなく周囲を把握できるその力は、今は激しく乱されている。

 下級吸血鬼は、丈二を狙っているつもりか、爪を何度も振り下ろし、牙を突き立てようとするが、そのすべてはあらぬ方向へとおこなわれている。

 こうなっては高い反射神経も、素早い身体能力も役には立たない。

「今だ、ふたりとも!」

「せぇい!」

 裂帛の気合とともに、丈二の短槍が下級吸血鬼の下顎を捉えた。突きを入れ、すぐ引く。武道の動き。さらに首、胸部へも素早く刃を通す。

 人の形に近い下級吸血鬼の急所は、人体とほぼ同じ。脳、気管、心臓への正確な三連突きを受けてはひとたまりもない。

 フィリアも手に魔力を集中させていたが、もはや出番はなかった。

 倒れた敵にも、油断なく短槍を向け続ける丈二。やがて相手の死を確信して、ゆっくりと構えを解いた。その残心は、洗練された武道の美しさすらあった。

 こういった技量は、ステータスカードに記されない。

「……ふー、強敵でしたね」

「大した腕前だ、丈二さん。やっぱり武道家は人型に強いね。おれの見込んだとおりだよ」

「いえ、私もフィリアさんの援護が無ければ危うかった。ありがとうございます、フィリアさん」

「いえいえ、わたくしは外してしまいました。有効だったのはタクト様の魔法です。しかしなぜ探査に使う魔法で、あのような効果が?」

「やつも超音波で周囲を探知してたからだよ、コウモリみたいにね。こっちも超音波を出せば、位置情報が狂って、ああなるんだ。それより、ふたりとも怪我はない?」

「わたくしは大丈夫です」

「ええ、私も無傷です」

「本当の本当に無傷かい? よく確認してくれ。かすり傷ひとつでも見逃しちゃダメだ!」

 強く言うと、ふたりは若干引きながらも頷いて、自分の体を確認してくれる。そのあとは、3人で互いの体を確認。本当に、かすり傷ひとつなかった。

 ほっと一息。

「こいつは、吸血鬼ヴァンパイアなんだ」

「これが吸血鬼ヴァンパイア? ドラキュラのような、もっと知的な存在かと思っていましたが」

「わたくしのイメージも、そうでした。おとぎ話で聞いていたものとは違っているように思いますが……」

「ふたりが言ってるのは、上級吸血鬼のほうだよ。こいつは下級吸血鬼。どっちも吸血鬼ヴァンパイアだけど、下級はほとんど獣だよ。同じなのは血を吸うってところだけかも」

「なるほど……。では、やはり、私は血を吸われかけたわけですか」

「血を吸われるだけなら大した問題じゃないんだけど……牙や爪には毒もあってね。少量でも、相手を狂わせる。周囲のものを見境なく襲うようになる上に、最後には死んじゃうんだ」

「それでタクト様は、念入りに傷が無いか確認してくださったのですね」

「うん。解毒魔法もあるけど、発症してからの治療だと、おれの腕前じゃ治すまで数時間――下手したら半日かかる。やられたとしても、すぐ対処したかったんだ」

「厄介ですね。単純な戦闘力も高いのに」

「さっきみたいにやれば倒すのは難しくない。定位魔法は、反響した超音波の情報を読み取るのが難しいけど、超音波出すだけなら難易度は基礎魔法と同じくらいだ。それができなくても、スマホとか機械で超音波を再生すればいい」

「あとは毒への対処ですね。牙や爪、毒腺などを持ち帰ります。研究所に解毒薬を作らせましょう」

「そうしよう。解体はおれがやるよ。間違って毒に触れたら大変だからね」

「では資料として、その様子を撮影いたしますね」

 丈二がスマホを構える。おれは頷いて、作業を開始する。

 その作業中、おれはひとつの疑念に囚われていた。

 こいつは野良だったのだろうか? それとも……?

 異世界リンガブルームで、吸血鬼ヴァンパイアに支配された国を解放するために戦っていたとき、上級吸血鬼は、よく下級吸血鬼を使役していた。

 ショックを受けると思ってふたりには黙っていたが、下級吸血鬼は上級吸血鬼によって作られる。主に、人間を材料にして。

 あの戦いで、人間を害する上級吸血鬼はほとんどいなくなったし、下級吸血鬼は支配から逃れて散っていった。おれの時代でも、あのあと下級吸血鬼と遭遇したことはほとんどない。

 フィリアは下級吸血鬼の存在を初めて知った様子だったから、彼女の時代ではさらに希少種となっているのだろう。

 それが、ここにいた。

 吸血鬼ヴァンパイアとの戦いに明け暮れた日々の記憶が、強く警告している。

 下級吸血鬼のそばには、それを作った上級吸血鬼もいるはずだ、と。

 おれはそっとフィリアを見やる。

 緊張が解けたからか、少し眠たそうにしている。そんな表情でさえ、綺麗で目を奪われる。

 もし上級吸血鬼がいるなら、彼女のような美しい女性が狙われやすい。

 そして、今のおれたちに上級吸血鬼を倒す術はない。

「……ふたりとも、これはおれの杞憂かもしれないんだけど聞いてくれ」

 おれは下級吸血鬼の正体を隠したことを詫び、素直に不安を吐露した。

 翌日からは、上級吸血鬼の痕跡の有無も、調査の対象となった。
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