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第15話 居場所がなければ、生きていくには不十分なのです
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「だめか、追いつけなかった!」
大急ぎで迷宮から脱出したが、グリフィンの足跡はそこで途絶えていた。すでに飛び立ってしまったらしい。
速度を緩めることなくゲートを走り抜け、町へ駆ける。
おれが辿り着いたとき、町はすでにグリフィンに襲われていた。
いくつかの家屋は体当たりでもされたのか壁が破壊され、小さい建物などは倒壊してしまっている。
他にも電柱が倒され、周辺は停電している。ちぎれた電線がショートしたのか、木造住宅が燃えている。おれの泊まっていた宿にも火が回っている。
消火活動もできないまま、町内放送は住民の避難を促している。銃を持った冒険者たちがグリフィンに応戦している。
だが空中を飛び回るグリフィンにはほとんど命中しない上に、当たっても効き目はない。
飛行が制限される地下で戦うより遥かに厄介だ。
――ピイイイィィ!
鳴き声とともに急降下してきたグリフィンの突撃に、その冒険者たちは蹴散らされた。
「うわああ! いやだっ、死にたくない!」
ひとり、恐怖に駆られて逃げ出す者がいた。
「まずい! 背中を見せちゃダメだ!」
おれは剣を抜いて、その冒険者に向かって駆けた。
グリフィンは冒険者の背中を追う。前足を伸ばし、冒険者を捕獲しようとする。
その瞬間に、剣を合わせた。前足を斬り裂く。浅い。グリフィンは捕獲を諦め、上昇していった。
「くっ」
追い打ちできない。剣では届かない。
「くそっ、どうにもならねえぞ、こりゃあ!」
荒々しく声を上げたのは、剣とショットガンを持った男だった。おれが情報を売った、自称ベテランの冒険者だ。
おれはその男と合流する。
「銃しか持ってない人たちは足手まといだ。みんな逃したほうがいい!」
「てめえか、一条! 逃がすったって、逃げたら追っかけてくるだろうが!」
「考えがある! 少しだけやつを引きつけてくれ!」
「無茶ぶりかよ、くそ!」
おれは素早くスマホを操作する。
グリフィンが上空を旋回して、再び急降下してくる。
――ピイイイィィ!
おれとベテランは突撃を回避。ベテランはグリフィンの着地の隙を狙い、ショットガンを撃ちながら前進した。接近してからは剣を振るう。闇雲に振り回すだけだが、牽制にはなる。
しかしすぐグリフィンの鋭い嘴がベテランを襲った。なんとか剣で受けるが、弾かれて尻もちをついてしまう。
追撃前に、おれはスマホを操作した。最大ボリューム。ループ再生。
――ピイイイィィ! ピイイイィィ! ピイイイィィ!
グリフィンは驚いて動きを止めた。きょろきょろと周囲を窺い、混乱しつつ上空へ羽ばたいていく。
おれが再生したのは、たった今録音したグリフィンの鳴き声だ。
同族に迫害されたであろうこのグリフィンは、同族の攻撃的な鳴き声に敏感に反応したのだ。それが自分の声だなどと気づかずに。
「今のうちだ! 早くみんなを逃がそう!」
ベテランに先導させ、おれは殿を務める。スマホで鳴き声を流していれば、襲ってはこない。少なくとも今は。
グリフィンは賢い魔物だ。この鳴き声が偽物だということは、きっとすぐに気づく。
撤退の最中、おれの視界の端に、銀色の髪の綺麗な女性が映った。
思わず二度見する。フィリアだ。武装している。
おれは冒険者たちから離れ、フィリアに駆け寄る。
「なにをしているんだ! 避難警報が聞こえないのか!?」
「ですが、わたくしは守らねばならないのです」
「誰か逃げ遅れてるのか!?」
「いいえ。わたくしはただ、あの家を守りたいのです」
「バカ! 家と命、どちらが大切なんだ!?」
「それはまるで、命さえあれば充分だと言っているように聞こえます」
フィリアの真剣な眼差しに、一瞬、声が出なくなる。
「あの魔物がただ命を奪うだけなら素直に逃げます。ですがあれは、町を壊し、わたくしたちの大切なものを奪おうとしているのです」
「家やお金なんかに、命を懸けちゃダメだ」
「いいえ、それらは命と同じくらいかけがえのないものです。一条様なら、おわかりになるはずです。当たり前にあった居場所が急にすべて消えてしまったら、どんなに不安で、悲しくて、怖いことか……」
13年前、異世界に放り出された日を思い出す。そして3年前、日本に帰ってきた日のことも。
どちらでも、おれは急に居場所を失った。不安で、悲しくて、怖かった。
「命が助かったとしても、居場所がなければ、生きていくには不十分なのです! 戦うことで守れるのなら、わたくしは逃げません!」
「……あたしも、そう思います」
声のしたほうを見ると、紗夜がいた。ナイフと拳銃を装備している。覚悟を決めた顔で。
「ここには優しい先生がいて、怖いけど頑張ればその分認めてもらえて……。殴ってくる母も、頑張っても無視する父もいないんです。ここにいていいんだって、初めて思えた場所なんです。壊されるなんて、いやです!」
「紗夜ちゃん……」
「ふん……ガキが生意気言いやがって……」
逃げてくれていたはずのベテランや、何人かの冒険者たちまでが引き返してきてしまった。
「オレたちとおんなじじゃねえか。あっちこっち生きてきて、最後に辿り着いた場所なんだ。やっと、オレの町ってのを見つけたんだ。壊されてたまるかよ!」
ここしかない。ここがいい……。
みんな、そんな想いの籠もった目をしている。
「居場所か……」
彼らの瞳を見ていると、心が震えてくる。懐かしい気持ちが込み上がってくる。
――やっと、帰ってこれた。
異世界ではいつだって、人の想いを守るために戦っていた。
ただ冒険をして、得意なことができればいいわけじゃない。
この力でおれは、誰かの目に宿る光を守りたかった。
そのための戦場に、戻ってきたかったのだ。
それこそが、おれの居場所だから。
ここに居られなかった3年間、ひどく息苦しくて、つらかったから!
「おれも……同じだ。ここがいい。ここじゃなきゃ、嫌だ」
大急ぎで迷宮から脱出したが、グリフィンの足跡はそこで途絶えていた。すでに飛び立ってしまったらしい。
速度を緩めることなくゲートを走り抜け、町へ駆ける。
おれが辿り着いたとき、町はすでにグリフィンに襲われていた。
いくつかの家屋は体当たりでもされたのか壁が破壊され、小さい建物などは倒壊してしまっている。
他にも電柱が倒され、周辺は停電している。ちぎれた電線がショートしたのか、木造住宅が燃えている。おれの泊まっていた宿にも火が回っている。
消火活動もできないまま、町内放送は住民の避難を促している。銃を持った冒険者たちがグリフィンに応戦している。
だが空中を飛び回るグリフィンにはほとんど命中しない上に、当たっても効き目はない。
飛行が制限される地下で戦うより遥かに厄介だ。
――ピイイイィィ!
鳴き声とともに急降下してきたグリフィンの突撃に、その冒険者たちは蹴散らされた。
「うわああ! いやだっ、死にたくない!」
ひとり、恐怖に駆られて逃げ出す者がいた。
「まずい! 背中を見せちゃダメだ!」
おれは剣を抜いて、その冒険者に向かって駆けた。
グリフィンは冒険者の背中を追う。前足を伸ばし、冒険者を捕獲しようとする。
その瞬間に、剣を合わせた。前足を斬り裂く。浅い。グリフィンは捕獲を諦め、上昇していった。
「くっ」
追い打ちできない。剣では届かない。
「くそっ、どうにもならねえぞ、こりゃあ!」
荒々しく声を上げたのは、剣とショットガンを持った男だった。おれが情報を売った、自称ベテランの冒険者だ。
おれはその男と合流する。
「銃しか持ってない人たちは足手まといだ。みんな逃したほうがいい!」
「てめえか、一条! 逃がすったって、逃げたら追っかけてくるだろうが!」
「考えがある! 少しだけやつを引きつけてくれ!」
「無茶ぶりかよ、くそ!」
おれは素早くスマホを操作する。
グリフィンが上空を旋回して、再び急降下してくる。
――ピイイイィィ!
おれとベテランは突撃を回避。ベテランはグリフィンの着地の隙を狙い、ショットガンを撃ちながら前進した。接近してからは剣を振るう。闇雲に振り回すだけだが、牽制にはなる。
しかしすぐグリフィンの鋭い嘴がベテランを襲った。なんとか剣で受けるが、弾かれて尻もちをついてしまう。
追撃前に、おれはスマホを操作した。最大ボリューム。ループ再生。
――ピイイイィィ! ピイイイィィ! ピイイイィィ!
グリフィンは驚いて動きを止めた。きょろきょろと周囲を窺い、混乱しつつ上空へ羽ばたいていく。
おれが再生したのは、たった今録音したグリフィンの鳴き声だ。
同族に迫害されたであろうこのグリフィンは、同族の攻撃的な鳴き声に敏感に反応したのだ。それが自分の声だなどと気づかずに。
「今のうちだ! 早くみんなを逃がそう!」
ベテランに先導させ、おれは殿を務める。スマホで鳴き声を流していれば、襲ってはこない。少なくとも今は。
グリフィンは賢い魔物だ。この鳴き声が偽物だということは、きっとすぐに気づく。
撤退の最中、おれの視界の端に、銀色の髪の綺麗な女性が映った。
思わず二度見する。フィリアだ。武装している。
おれは冒険者たちから離れ、フィリアに駆け寄る。
「なにをしているんだ! 避難警報が聞こえないのか!?」
「ですが、わたくしは守らねばならないのです」
「誰か逃げ遅れてるのか!?」
「いいえ。わたくしはただ、あの家を守りたいのです」
「バカ! 家と命、どちらが大切なんだ!?」
「それはまるで、命さえあれば充分だと言っているように聞こえます」
フィリアの真剣な眼差しに、一瞬、声が出なくなる。
「あの魔物がただ命を奪うだけなら素直に逃げます。ですがあれは、町を壊し、わたくしたちの大切なものを奪おうとしているのです」
「家やお金なんかに、命を懸けちゃダメだ」
「いいえ、それらは命と同じくらいかけがえのないものです。一条様なら、おわかりになるはずです。当たり前にあった居場所が急にすべて消えてしまったら、どんなに不安で、悲しくて、怖いことか……」
13年前、異世界に放り出された日を思い出す。そして3年前、日本に帰ってきた日のことも。
どちらでも、おれは急に居場所を失った。不安で、悲しくて、怖かった。
「命が助かったとしても、居場所がなければ、生きていくには不十分なのです! 戦うことで守れるのなら、わたくしは逃げません!」
「……あたしも、そう思います」
声のしたほうを見ると、紗夜がいた。ナイフと拳銃を装備している。覚悟を決めた顔で。
「ここには優しい先生がいて、怖いけど頑張ればその分認めてもらえて……。殴ってくる母も、頑張っても無視する父もいないんです。ここにいていいんだって、初めて思えた場所なんです。壊されるなんて、いやです!」
「紗夜ちゃん……」
「ふん……ガキが生意気言いやがって……」
逃げてくれていたはずのベテランや、何人かの冒険者たちまでが引き返してきてしまった。
「オレたちとおんなじじゃねえか。あっちこっち生きてきて、最後に辿り着いた場所なんだ。やっと、オレの町ってのを見つけたんだ。壊されてたまるかよ!」
ここしかない。ここがいい……。
みんな、そんな想いの籠もった目をしている。
「居場所か……」
彼らの瞳を見ていると、心が震えてくる。懐かしい気持ちが込み上がってくる。
――やっと、帰ってこれた。
異世界ではいつだって、人の想いを守るために戦っていた。
ただ冒険をして、得意なことができればいいわけじゃない。
この力でおれは、誰かの目に宿る光を守りたかった。
そのための戦場に、戻ってきたかったのだ。
それこそが、おれの居場所だから。
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