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第7話 しっかりお支払いします!

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 おれが接近すると、エッジラビットたちは耳を立ててこちらを振り向いた。

 それで何匹かは退散し、何匹かは向かってくる。

 同時に3匹がピョンと飛びかかってきた。その軌道はおれの首元に向かっている。

 エッジラビットは、普通のウサギに鋭い爪が生えたような魔物モンスターだ。その跳躍力は高く、数メートルにも達すことがある。

 おれはその場でしゃがみ込み、剣をウサギのジャンプ軌道に割り込ませた。容易く1匹目を斬り裂く。

 残りの2匹は無事着地。すぐにまた飛びかかってくる。

 同じ要領で2匹目も撃破。

 最後の1匹は着地後、一瞬硬直してから、すぐ退散していった。

 ほんの10秒にも満たない戦闘だった。

「大丈夫?」

 右手で剣を保持したまま、腰が抜けてしまっている女の子に左手を差し伸べる。

「えっ、あの……あ、はい……」

 見たところ10代後半。高校生くらいか。

 黒髪おさげで、メガネをかけている。町で売られてる防刃ジャケットを着込み、武装は拳銃のみ。大きめなリュックを背負っている。

 手を取った感じでは、明らかに鍛えられていない。やはり迷宮ダンジョン初心者だ。

「今の魔物モンスターには大きい音を出さないほうがいい。それほど凶暴なやつじゃないんだけど、不快な音を出す対象を見つけると、首元にジャンプして、後ろ足の鋭い爪で喉を掻き切って黙らせる習性があるんだ」

 女の子はゾッとした顔で、自分の喉をさする。

「じ、じゃああたし、今、死ぬところだったんだ……」

「いや、あいつはトドメを刺してはこない。黙らせるだけ。怖いのは、それで瀕死になった獲物を、他の魔物モンスターが襲いに来ることだ。こんな風にね」

 おれは剣で上方を払った。手応えあり。

 ぼとり、と猫型の魔物モンスターの死骸が床に転がった。

 ステルスキャット。迷宮ダンジョンの天井に張り付いて音もなく移動し、獲物の真上から飛びかかって襲う魔物モンスターだ。

「ひゃあっ」

 女の子はステルスキャットの死体に驚いて、身をこわばらせた。

 おれは周囲の安全を確認してから剣を鞘に納める。

 代わりにナイフを取り出して、3匹の魔物モンスターから討伐証明になる箇所を切り取っていく。ついでに装備の素材になりそうな部分も剥ぎ取って、バックパックに詰めていく。

 女の子は息を呑みつつ、おれの作業を見つめていた。

「あ……あの、あたし、ちゃんと銃を当てたんです。なのに全然効かなくて……なのに、どうしてその剣は効くんですか?」

「ああ、それはね――」

「軽々しく答えてしまって、良いのですか?」

「えっ?」

 第三者の声に振り向いてみると、見知った顔があった。

「フィリアさん? ここでなにしてんの?」

 おれと同じく魔物モンスター素材の装備で身を固めたフィリアがいた。

「はい、迷宮ダンジョンでも少々稼いでみようかと……。それにしても一条様、またこうしてわたくしの行く先に現れるなんて……やはりけていらっしゃるのですか? 変質者ですか?」

 女の子が目を丸くして、おれから距離を取る。

「へ、変質者? ストーカー?」

「他の子がいるときにそんな冗談やめてよ! 君が色んな仕事に手を出しすぎなんだってば」

「はい、冗談です。少し意地悪でした」

 くすりと笑ってから、フィリアは神妙な顔に戻る。

「しかし一条様、昨日もお話ししたとおり、それは大金で売ってもいい情報です。軽々しく話してしまっては商機を逃してしまいますよ?」

「そうかもだけど、こんな迷宮ダンジョン初心者からお金取るのもなぁ……」

 女の子は、おずおずと戻ってくる。弱々しい印象だが、瞳だけはしっかりおれを見つめていた。

「あ、あのあたし、葛城かつらぎ紗夜さよと言います。迷宮ダンジョンは今日が初めてですけれど、ここで生計を立てていきたいって思っているんです。だから、お金ならちゃんと払います! ぜひ教えてください!」

 真剣な眼差しだ。自分に投資して、上を目指そうという強い気概を感じる。

「そこまで言うなら、わかったよ。じゃあ、えぇと……初心者価格ってことで、10……いや、5万円? いやもっと安いほうがいいかな?」

「いえ! きっちり10万円、しっかりお支払いします!」

「いいのかい?」

「はい、あの、でも……。あたし、この装備買うのにも少し無理をしていて……半分はすぐお支払いしますが、残りは後払いさせてもらえると……」

「オーケイ、じゃあそうしとこう。期限は決めない。払えるときに払ってくれればいい」

「ありがとうございます!」

 紗夜はリュックを下ろし、中からスマホを取り出す。

「今は現金が無いので、QRコードで送金します。って、あっ、ダメ。圏外でした」

「なら一旦外に出てからにしようか」

 と、そのときだった。

「このクソがぁあ!」

 また誰かの野太い叫びが聞こえた。

 ドゥン! と、拳銃よりずっと重い音が響いてくる。

 音のしたほうを睨みつける。激しい足音も聞こえる。おそらくエッジラビットなんかよりずっと大きい魔物モンスターを相手にしている。

「まずいな。あれじゃウサギにも囲まれる。フィリアさん、君、やれるかい?」

 声をかけるとフィリアは胸を張って、腰の剣を軽く叩いた。

「はい、実家でひと通りの訓練は受けております」

「なら手伝ってくれ。紗夜ちゃんは、これを」

 おれは紗夜に予備のナイフを差し出す。

「あの、これは?」

「身を守るために使うといい。拳銃はもう使っちゃダメだ」

「わ、わかりました」

 紗夜が両手でしっかりとナイフを握るのを確認して、おれとフィリアは戦闘の音のほうへ走り出した。
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