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第1話 無職のホームレスにクラスチェンジしていた
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「魔法が、使えなくなってる……!?」
気づいたのは、異世界から帰ってきて数分のことだった。
現代日本に帰ってきたのはいいが、現在地がわからない。ひとまず空中から周囲を確認しようと飛行魔法を発動させたのだが、体が浮いたのはほんの数秒だけ。ろくに上昇もできないまま、魔力は尽きてしまった。
「そうか……こっちの世界には魔素がないから……。って、じゃあ、まさか!?」
おれは飛行魔法の代わりに、全力で垂直跳びしてみた。
本当なら数メートルの高さまで跳べるはずだ。それが、数十センチメートル程度で終わってしまう。
向こうで強化されたはずの身体能力も失われてしまった。あの怪力で知られる一ツ目巨人にも殴り勝てるほどに鍛えていたのに……。
「そんな……足で調べるしかないのか……」
仕方なく周辺を歩いてみると、実家の近所だ。ずいぶんと様変わりしているが、道はさほど変わらない。
10年ぶりに我が家に帰れる。父さんも母さんも元気だろうか。
けれど見つけた実家は、売地となっていた。
近所の人に尋ねてみると、信じられない事実が語られた。
「あら、一条さんなら、もう3年も前かしら? おふたりとも亡くなったのよ。なんでも息子さんが行方不明になって、ずっと探していたみたいなのだけど……心労がたたったのかしらね……?」
おれはその場でへたり込む。
「……嘘だろ。おれ、なんのために帰ってきたんだよ……」
おれに残されたのは、あらゆる魔物を倒せる知識と、数多くの迷宮を踏破してきた経験。魔法に関するノウハウ。それに異世界言語能力。
魔物も迷宮も存在せず、魔法を使うための魔素もない現代日本では、どれも無用の長物だ。
異世界で過ごした10年間。おれは現代日本で受けるはずだった教育も受けられず、両親はすでに亡く、住む家も無い。仕事だってあるはずない。
異世界では名の通った英雄だったおれは、気づけば無職のホームレスにクラスチェンジしていたのだ。
◇
「拓斗? 本当に拓斗なんか!? 生きとったんじゃなお前!」
「……じいちゃんは、生きててくれたんだね」
一縷の望みをかけて、500Km離れた地を尋ねてみれば、祖父が驚きながらも出迎えてくれた。
両親の死を教えてくれた近所のおばさんは、おれが行方不明だった一条拓斗であると知ると、同情してお金を貸してくれたのだ。そのお陰で、ここまで来れた。
「10年もどこでなにを――いや、そんなことよりまず風呂に入れ! その間に飯の支度もしちゃる」
祖父は温かい寝床と食事を用意してくれた。
久しぶりの日本食の味に、涙が止まらなかった。
落ち着いてから事情を話すと、祖父は首を傾げながら聞いていた。
「ふ~む、そのリンガブルームっちゅう国にさらわれて、ようやく帰ってこられたわけか」
「……まあそんなところだよ」
祖父は異世界のことを、どこかの国と勘違いしていたようだが、おれは訂正しなかった。いくら訂正したところで、どうせ信じない。
異世界でも、おれが別の世界から来たことを信じた人間なんてごく少数だけだったのだ。
「それで拓斗、お前、住むところないだろう? 仕事もアテがないんだろう? うちの会社で働かんか?」
「でもじいちゃん、おれ、勉強できないよ。勉強どころか、今の日本の常識だって怪しいくらいなんだ。きっと迷惑をかけるよ」
「そんなもん、若えのが気にすんな! 勉強も常識もこれから覚えていきゃあいいんだよ!」
豪快に笑って受け入れてくれたじいちゃんのことは、本当に感謝している。
死亡扱いになっていた戸籍の訂正処理だとか、印鑑登録だとか、銀行口座の開設だとか、日本で生きていくための処理を一緒にやってくれた。
あとから知ったことだが、現代日本では、身分証明も住所もない人間が仕事に就くのはほぼ不可能らしい。祖父がいなければ、どうなっていたのか想像もつかない。
ただ、これで良かったのかは分からない。
祖父の会社で仕事を覚えながら、社会人としての常識も学び、少しずつ現代日本に馴染んでいけていたとは思う。
安定していて、危険もなく、平穏無事に終わる毎日だ。
仕事は慣れれば難しくはないが、面白くもなく、時間を無駄にしている気がしてくる。
こんなことで生きる糧をもらっていいのかと不安になるほどに。
だからだろうか。現代日本に慣れれば慣れるほど、馴染めない思いばかりが強くなっていった。
おれの居場所はここじゃない……。
なのに、どうしておれはここにいる?
どうして依頼を受け、迷宮を探索し、魔物を狩っていないのだろう?
どうして本来の能力を振るえないのだろう?
どうしてこんなにも息苦しいのだろう?
そんな日々だったから、そのニュースを見た時は本当に嬉しかったのだ。
『――太平洋沖の輪宮島に、突如巨大な洞窟が出現し、見たこともない凶暴な動物が発見されました』
「あれは、ウルフベア……?」
休憩時間、事務室のテレビに映ったその生物は、異世界で数え切れないほど狩ってきた魔物だったのだ。
気づいたのは、異世界から帰ってきて数分のことだった。
現代日本に帰ってきたのはいいが、現在地がわからない。ひとまず空中から周囲を確認しようと飛行魔法を発動させたのだが、体が浮いたのはほんの数秒だけ。ろくに上昇もできないまま、魔力は尽きてしまった。
「そうか……こっちの世界には魔素がないから……。って、じゃあ、まさか!?」
おれは飛行魔法の代わりに、全力で垂直跳びしてみた。
本当なら数メートルの高さまで跳べるはずだ。それが、数十センチメートル程度で終わってしまう。
向こうで強化されたはずの身体能力も失われてしまった。あの怪力で知られる一ツ目巨人にも殴り勝てるほどに鍛えていたのに……。
「そんな……足で調べるしかないのか……」
仕方なく周辺を歩いてみると、実家の近所だ。ずいぶんと様変わりしているが、道はさほど変わらない。
10年ぶりに我が家に帰れる。父さんも母さんも元気だろうか。
けれど見つけた実家は、売地となっていた。
近所の人に尋ねてみると、信じられない事実が語られた。
「あら、一条さんなら、もう3年も前かしら? おふたりとも亡くなったのよ。なんでも息子さんが行方不明になって、ずっと探していたみたいなのだけど……心労がたたったのかしらね……?」
おれはその場でへたり込む。
「……嘘だろ。おれ、なんのために帰ってきたんだよ……」
おれに残されたのは、あらゆる魔物を倒せる知識と、数多くの迷宮を踏破してきた経験。魔法に関するノウハウ。それに異世界言語能力。
魔物も迷宮も存在せず、魔法を使うための魔素もない現代日本では、どれも無用の長物だ。
異世界で過ごした10年間。おれは現代日本で受けるはずだった教育も受けられず、両親はすでに亡く、住む家も無い。仕事だってあるはずない。
異世界では名の通った英雄だったおれは、気づけば無職のホームレスにクラスチェンジしていたのだ。
◇
「拓斗? 本当に拓斗なんか!? 生きとったんじゃなお前!」
「……じいちゃんは、生きててくれたんだね」
一縷の望みをかけて、500Km離れた地を尋ねてみれば、祖父が驚きながらも出迎えてくれた。
両親の死を教えてくれた近所のおばさんは、おれが行方不明だった一条拓斗であると知ると、同情してお金を貸してくれたのだ。そのお陰で、ここまで来れた。
「10年もどこでなにを――いや、そんなことよりまず風呂に入れ! その間に飯の支度もしちゃる」
祖父は温かい寝床と食事を用意してくれた。
久しぶりの日本食の味に、涙が止まらなかった。
落ち着いてから事情を話すと、祖父は首を傾げながら聞いていた。
「ふ~む、そのリンガブルームっちゅう国にさらわれて、ようやく帰ってこられたわけか」
「……まあそんなところだよ」
祖父は異世界のことを、どこかの国と勘違いしていたようだが、おれは訂正しなかった。いくら訂正したところで、どうせ信じない。
異世界でも、おれが別の世界から来たことを信じた人間なんてごく少数だけだったのだ。
「それで拓斗、お前、住むところないだろう? 仕事もアテがないんだろう? うちの会社で働かんか?」
「でもじいちゃん、おれ、勉強できないよ。勉強どころか、今の日本の常識だって怪しいくらいなんだ。きっと迷惑をかけるよ」
「そんなもん、若えのが気にすんな! 勉強も常識もこれから覚えていきゃあいいんだよ!」
豪快に笑って受け入れてくれたじいちゃんのことは、本当に感謝している。
死亡扱いになっていた戸籍の訂正処理だとか、印鑑登録だとか、銀行口座の開設だとか、日本で生きていくための処理を一緒にやってくれた。
あとから知ったことだが、現代日本では、身分証明も住所もない人間が仕事に就くのはほぼ不可能らしい。祖父がいなければ、どうなっていたのか想像もつかない。
ただ、これで良かったのかは分からない。
祖父の会社で仕事を覚えながら、社会人としての常識も学び、少しずつ現代日本に馴染んでいけていたとは思う。
安定していて、危険もなく、平穏無事に終わる毎日だ。
仕事は慣れれば難しくはないが、面白くもなく、時間を無駄にしている気がしてくる。
こんなことで生きる糧をもらっていいのかと不安になるほどに。
だからだろうか。現代日本に慣れれば慣れるほど、馴染めない思いばかりが強くなっていった。
おれの居場所はここじゃない……。
なのに、どうしておれはここにいる?
どうして依頼を受け、迷宮を探索し、魔物を狩っていないのだろう?
どうして本来の能力を振るえないのだろう?
どうしてこんなにも息苦しいのだろう?
そんな日々だったから、そのニュースを見た時は本当に嬉しかったのだ。
『――太平洋沖の輪宮島に、突如巨大な洞窟が出現し、見たこともない凶暴な動物が発見されました』
「あれは、ウルフベア……?」
休憩時間、事務室のテレビに映ったその生物は、異世界で数え切れないほど狩ってきた魔物だったのだ。
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