上 下
49 / 52
14.いざっ!

しおりを挟む
「ユイ、大丈夫? めちゃくちゃ緊張してるみたいだけど」
「だだだ大丈夫。ちちちちょっと震えが止まらなくなってるだけだから」
「いや、それ大丈夫じゃないでしょ」

 となりに立つエマちゃんが、あきれた顔でわたしを見てる。

 えーっと、今、わたしたちがどういう状況にあるのかというと――。

「それじゃあ、エマ、ユイ、そろそろ撮影はじめるわよ」
「はーい! ――ほらっ、行くよ」

 エマちゃんに腕を引かれ、ぎぎぎと油の切れたロボットみたいにぎこちなく歩いていく。

「もしピン表紙なんかだったら、ユイ気絶してるんじゃない?」

 うん。その自信しかない。

 そう。なんと実はわたし、エマちゃんといっしょに表紙デビューすることになったの!
 今でも信じられないよ。

 マネージャーさんから連絡をもらったときは、驚きすぎて、うれしすぎて、涙が止まらなくなっちゃって。
 そんなわたしにつられたのか、マネージャーさんまで涙声になってたっけ。

 そのとき、どんな話をしたのか正直あまりよくは覚えていないんだけど、泣きながら「ざぐらいぐんに、ざづえいのどぎにぎでもらっでもいいでずが(桜井くんに、撮影のときに来てもらってもいいですか)?」って聞いたのだけはよく覚えてる。

 早く桜井くんに知らせたい。桜井くんにもわたしの晴れ舞台を見てほしいって。
 頭の中にはそれしかなかった。

「おい、ユイ!」

 おそるおそる振り向くと、怖い顔をした桜井くんが大股で近づいてきていた。

 わわわわたしがヘタレすぎて、おおお怒られる……!

「ががががんばるからっ! ううううしろで見てて!」

 わたしの言葉なんかおかまいなしに、ずんずん近づいてきた桜井くんが、わたしの目の前で立ち止まる。

「がんばったご褒美に、大好きなグッズ、毎回買ってるんだろ?」
「? う、うん……」

 たしか前に、エマちゃんにはその話をした覚えがある。
 けど、突然なんで?

 エマちゃんの方を振り向くと、エマちゃんが桜井くんの方を指さした。
 わたしが再び桜井くんの方を見ると――。

「あぁっ! それは予約限定のクマ吉アクリルフィギュア(大)! わたしが買いそびれたやつ!!」

 桜井くんの方に手を伸ばそうとしたら、桜井くんが、すっとそれを頭上に掲げた。

「へぇ、そうだったんだー。偶然だなー。劇場版のプロモーションの仕事が入ったおかげで、またもらっちゃってさー。これ、どうしよっかなー」
 ワザとらしく棒読みで桜井くんが言う。

「わたし、がんばってくるね! さあ行くよ、エマちゃん!」
 わたしは意気揚々とエマちゃんの腕を引いて、撮影スペースへと向かった。

 今回は十二月号の表紙撮影っていうことで、わたしもエマちゃんも白のフワフワニットに、耳元にはゆらゆら揺られるシルバーのイヤリングをつけている。

「季節感、マジで狂うよねー」ってエマちゃんが着替えながら言っていたのも当然で、撮影日の今日はまだ九月。
 スタジオ内は、空調をガンガンに効かせているおかげで、この格好でもなんとかいられるけど、屋外は夏の名残を思わせる強い陽射しが降り注いでいて、まだまだ厳しい暑さが続いている。


 順調に撮影が進みはじめたとき、入り口から誰かが入ってくるのに気がついた。

 ひぇぇっ、雪乃さんだ。

「ユイ、どうした? 笑顔が固いよ」
 すぐにカメラマンさんから注意が飛んでくる。

 そんなわたしのことを、雪乃さんが黙ったままじーっと見つめてくる。

 落ち着け、わたし。

 軽く目を閉じると、深く息を吐いてから、ゆっくりと吸い込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...