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3.なにも知らない
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会計を終えてスーパーを出ると、「じゃあ、先に家に帰ってるから」という鮫島さんと別れて、佐治くんと一緒に大通り沿いを歩きはじめた。
佐治くんは、いつも通り黙ったまま――でも、今日は珍しくわたしの隣を歩いている。
その横顔を、ちらっと盗み見る。
じっと前を見つめ、たまに左右に気を配る。
きっと、周りに危険がないか、確かめながら歩いているんだ。
「なにか用?」
ふっと佐治くんがわたしの方を見た。
やばっ。見てたの、バレちゃった。
「いや、えーっと……」
「ああ。さっきの人か。鮫島さんは、俺の同居人だよ。ボディガードの心得なんかもあの人に教わったから、俺の師匠でもある。かなりの悪人ヅラだけど、警察にも顔が利く人だから、本当に心配しなくて大丈夫だよ」
悪人ヅラって!
思わずぷっと吹き出しちゃったじゃない。
佐治くん、真面目な顔でそんなこと言わないでよ。
「悪人ヅラだなんて言ったら、鮫島さんに怒られちゃうよ?」
そう言いながらも、なんだかツボに入ったみたいに笑いが止まらない。
笑いすぎて目の縁にたまった涙を拭うわたしを見て、佐治くんもちょっとだけ口元をほころばせている。
一旦笑いが収まると、また沈黙のときが続いた。
そういえばわたし、佐治くんのこと、なにも知らない。
佐治くんは、わたしのこと、いろいろ知ってるみたいなのに。
鮫島さんと一緒に暮らしてるってことは、お父さんとお母さんとは離れて暮らしてるってことだよね?
ひょっとして、この仕事のため?
そもそも、どうして子どもなのに、こんな危ない仕事をしているんだろう?
聞きたいことはいっぱいあるのに、どれもなんだか聞いちゃいけないような気がして、口にすることもできない。
そのまま大通りから住宅街へと入ってしばらくすると、道端に小さなネコちゃんがうずくまっているのを見つけた。
どうしたんだろ?
よく見ると、一生懸命前足を舐めている。
ひょっとして、足をケガしてるの?
「ごめんね、佐治くん。ちょっと待っててもらえる?」
佐治くんに断ってから、わたしはネコちゃんにそっと近づいた。
「大丈夫だよ」
わたしが近づいても、しっぽを立てて毛を逆立たせはしたものの、逃げ出す気配がない。
やっぱり。今、治してあげるからね。
前足に右手をかざしてしばらくすると、ネコちゃんは緊張させていたしっぽを地面におろし、ゆっくりと立ちあがった。
「どう?」
わたしがたずねると、ネコちゃんは、ゆっくりとしっぽを左右に振った。
ふふっ。『もう痛くないよ』って返事をしてくれているみたい。
くるりと向きを変え、去っていくネコちゃんをしゃがんだまま見送っていると、
「いつもそんなことをしているのか?」
と、佐治くんの声が降ってきた。
「さすがに、人間にはしないから安心して。ハトとかネコとか、動物限定だよ。こんな能力があるなんて知られたら、気持ち悪がられるだけだってわかってるし」
そういえば、一回だけ知らない男の子のケガを治してあげたことがあったっけ。
あのあとすぐに引っ越す予定だったし、もう会うこともないだろうって思ったから。
あの子、「こんなの平気。いつものこと」って言ってたけど、それって……。
泣くのを我慢しているみたいに、ずっと唇を引き結んでた。
あの子、どうしてるかな。
心の傷まで治してあげられないのがもどかしいって思ったのは、あのときがはじめて。
しょせんわたしにできるのは、表面的なことだけだから。
「それでも、自分にできることがあるなら、なんとかしてあげたいって思っちゃうんだよね」
「俺はただ、篠崎を守れればそれでいいと思ってる。他のヤツはどうだっていい」
「へ⁉」
いつもと変わらぬ淡々とした口調で、ネコが去っていった方をじっと見つめたまま佐治くんが言う。
ねえ、他の子にそんな言い方したら、勘ちがいされちゃうよ?
わたしはちゃんとわかってるけどね。わたしを守るのが仕事だからって意味だって。
それしかないに決まってるじゃない。
大丈夫。わかってるよ。
早鐘のように打つ心臓をなんとか鎮めようと、何度も自分にそう言い聞かせた。
佐治くんは、いつも通り黙ったまま――でも、今日は珍しくわたしの隣を歩いている。
その横顔を、ちらっと盗み見る。
じっと前を見つめ、たまに左右に気を配る。
きっと、周りに危険がないか、確かめながら歩いているんだ。
「なにか用?」
ふっと佐治くんがわたしの方を見た。
やばっ。見てたの、バレちゃった。
「いや、えーっと……」
「ああ。さっきの人か。鮫島さんは、俺の同居人だよ。ボディガードの心得なんかもあの人に教わったから、俺の師匠でもある。かなりの悪人ヅラだけど、警察にも顔が利く人だから、本当に心配しなくて大丈夫だよ」
悪人ヅラって!
思わずぷっと吹き出しちゃったじゃない。
佐治くん、真面目な顔でそんなこと言わないでよ。
「悪人ヅラだなんて言ったら、鮫島さんに怒られちゃうよ?」
そう言いながらも、なんだかツボに入ったみたいに笑いが止まらない。
笑いすぎて目の縁にたまった涙を拭うわたしを見て、佐治くんもちょっとだけ口元をほころばせている。
一旦笑いが収まると、また沈黙のときが続いた。
そういえばわたし、佐治くんのこと、なにも知らない。
佐治くんは、わたしのこと、いろいろ知ってるみたいなのに。
鮫島さんと一緒に暮らしてるってことは、お父さんとお母さんとは離れて暮らしてるってことだよね?
ひょっとして、この仕事のため?
そもそも、どうして子どもなのに、こんな危ない仕事をしているんだろう?
聞きたいことはいっぱいあるのに、どれもなんだか聞いちゃいけないような気がして、口にすることもできない。
そのまま大通りから住宅街へと入ってしばらくすると、道端に小さなネコちゃんがうずくまっているのを見つけた。
どうしたんだろ?
よく見ると、一生懸命前足を舐めている。
ひょっとして、足をケガしてるの?
「ごめんね、佐治くん。ちょっと待っててもらえる?」
佐治くんに断ってから、わたしはネコちゃんにそっと近づいた。
「大丈夫だよ」
わたしが近づいても、しっぽを立てて毛を逆立たせはしたものの、逃げ出す気配がない。
やっぱり。今、治してあげるからね。
前足に右手をかざしてしばらくすると、ネコちゃんは緊張させていたしっぽを地面におろし、ゆっくりと立ちあがった。
「どう?」
わたしがたずねると、ネコちゃんは、ゆっくりとしっぽを左右に振った。
ふふっ。『もう痛くないよ』って返事をしてくれているみたい。
くるりと向きを変え、去っていくネコちゃんをしゃがんだまま見送っていると、
「いつもそんなことをしているのか?」
と、佐治くんの声が降ってきた。
「さすがに、人間にはしないから安心して。ハトとかネコとか、動物限定だよ。こんな能力があるなんて知られたら、気持ち悪がられるだけだってわかってるし」
そういえば、一回だけ知らない男の子のケガを治してあげたことがあったっけ。
あのあとすぐに引っ越す予定だったし、もう会うこともないだろうって思ったから。
あの子、「こんなの平気。いつものこと」って言ってたけど、それって……。
泣くのを我慢しているみたいに、ずっと唇を引き結んでた。
あの子、どうしてるかな。
心の傷まで治してあげられないのがもどかしいって思ったのは、あのときがはじめて。
しょせんわたしにできるのは、表面的なことだけだから。
「それでも、自分にできることがあるなら、なんとかしてあげたいって思っちゃうんだよね」
「俺はただ、篠崎を守れればそれでいいと思ってる。他のヤツはどうだっていい」
「へ⁉」
いつもと変わらぬ淡々とした口調で、ネコが去っていった方をじっと見つめたまま佐治くんが言う。
ねえ、他の子にそんな言い方したら、勘ちがいされちゃうよ?
わたしはちゃんとわかってるけどね。わたしを守るのが仕事だからって意味だって。
それしかないに決まってるじゃない。
大丈夫。わかってるよ。
早鐘のように打つ心臓をなんとか鎮めようと、何度も自分にそう言い聞かせた。
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